食材から辿る / 在来
砂糖 素材 時期 C検証済
砂糖が、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。
5世紀ごろインドで結晶糖(砂糖)の製法成立。原料サトウキビの栽培化(ニューギニア前4000)は前史
3ゲート
- 食材入手ゲート
- サトウキビ栽培(原料入手。ニューギニア原産・前4000の栽培化は前史/インドで結晶糖の原料に)
- 調理技術ゲート
- 製糖・結晶化(汁を煮つめ精製して結晶糖にする製法)
- 場ゲート
- 結晶糖の製造・利用(グプタ朝インド 5世紀ごろ)=加工成立の場
砂糖はどこから広がったか
砂糖は、甘い植物の伝播と、その汁を煮つめて結晶にする技術の到来という、二つの別々の歩みが重なって世界に広がった。甘味の源であるサトウキビ(Saccharum officinarum)が人の手に入ったのは古い。遺伝学と言語学からの推定では、およそ紀元前4000年ごろ、ニューギニアの島々で野生の近縁種から育てられ始めたとされる(デナムの2011年の研究)。ただしこの段階のサトウキビは、茎をかじって甘い汁を味わう「噛む甘蔗」であって、私たちの言う砂糖――煮つめ、精製した結晶――ではなかった。甘い茎が広まったことと、砂糖という結晶が生まれたことは、千年をこえて隔たった別々の出来事である。この二つを取り違えないことが、砂糖の歩みを読むうえで肝心になる。
インドで「砂糖」が生まれる
結晶としての砂糖が姿を現すのは、インドにおいてだった。サトウキビの汁を煮つめて固めた結晶糖の製法が確立したのは、グプタ朝の栄えた五世紀ごろと伝えられる。この結晶はサンスクリットで「カンダ(khanda)」と呼ばれ、これが英語のキャンディー(candy)の語源にあたる。甘い茎はそれ以前から各地にあったが、それを結晶に変える手立てがここで整い、はじめて「砂糖」という品物が世界に生まれた。ただしこの五世紀という年代はグプタ朝期をめぐる後代の文献からの推定にもとづくもので、同時代の一次史料との細かな照合は今後の課題として残されている。
イスラーム世界を西へ
製糖の技術は、インドから西へと運ばれていった。六世紀にはサーサーン朝ペルシアに製糖が伝わり、七世紀にアラブがペルシアを収めると、その知識はイスラーム圏へと橋渡しされた。八世紀から十世紀にかけて、灌漑と作物栽培の広まりとともに、エジプトや近東に製糖が根を下ろす。とりわけエジプトは中世を通じて精製糖の一大産地となった。さらに九世紀から十世紀には、地中海のシチリア島やイベリア半島にもサトウキビ栽培と製糖が北上し、ヨーロッパへの砂糖生産の足がかりが築かれた。これらイスラーム期の伝播は、ワトソンが1983年にまとめた研究が古典的な見取り図を与えている。
十字軍と地中海のプランテーション
十二世紀、十字軍の時代のレバント――地中海東岸のティルス近郊――では、ヴェネツィアの商人が製糖のプランテーションを営んでいた。その製糖施設の跡は考古学によって確かめられており、ここで作られた精製糖は奢侈品としてヨーロッパへと運ばれた(『エンシェント・ニア・イースト・トゥデイ』のレバント製糖考古の報告による)。当時の砂糖はまだ薬や香辛料に近い高価な品で、王侯貴族の食卓を飾る贅沢な白い結晶だった。
大西洋へ
やがて砂糖づくりは地中海を離れ、大西洋の島々へと移っていく。十六世紀初め、ポルトガルは大西洋の交易網に沿って製糖を広げていった(1502年ごろ)。地中海で培われたサトウキビ栽培と製糖の技術は、こうして大西洋世界へと持ち出され、のちの大規模なプランテーションの土台となる。ニューギニアの島で人の手に入ったひとくきの甘い茎は、五千年をこえる長い道のりを経て、世界を動かす白い結晶へと姿を変えたのである。
各地への伝来 22
各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。
- 前6000〜前4000頃 ニューギニア 在来
- 350〜500頃 インド 交易路加工
- 400頃 ハワイ 在来
- 500〜650頃 イラン 交易路加工
- 647頃 中国 交易路加工
- 700〜900頃 エジプト 交易路加工
- 825頃 日本 交易路流通
- 900〜1050頃 シチリア 交易路在地栽培
- 900〜1100頃 モロッコ 交易路
- 900〜1832頃 東アフリカ 交易路
- 1100〜1300頃 レバント 交易路在地栽培
- 1265頃 英国 交易路流通
- 1300〜1500頃 ドイツ 交易路流通
- 1337〜1346頃 アイルランド 交易路流通
- 1450〜1550頃 ポルトガル 植民地交易流通
- 1516〜1550頃 ブラジル 植民地交易在地栽培
- 1652〜1700頃 南アフリカ 植民地交易流通
- 1718〜1795頃 ルイジアナ 植民地交易
- 1735〜1745頃 モーリシャス 植民地交易
- 1750〜1820頃 カナダ 植民地交易
- 1770〜1850頃 スウェーデン 植民地交易
- 1811〜1840頃 フランス 技術発明流通
砂糖の到来が成立を縛った料理 16
砂糖が届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。
- ハルヴァ エジプト750年ごろ
- カッサータ イタリア950年ごろ
- カアブ・エル・ガザル モロッコ1000年ごろ
- マジパン ドイツ1400年ごろ
- オヴォシュ・モーレシュ・デ・アヴェイロ ポルトガル・アヴェイロ1500年ごろ
- ドセ・デ・レイテ ブラジル1550年ごろ
- クックシスター 南アフリカ1652年ごろ
- 長崎角煮(卓袱料理) 日本・長崎1689年ごろ
- ボロ・デ・フバ ブラジル1700年ごろ
- プラリネ アメリカ1718年ごろ
- ガトー・ナポリテーヌ モーリシャス1740年ごろ
- ニシンの酢漬け スウェーデン1780年ごろ
- サーモンキャンディ 米国1850年ごろ
- クイニーアマン フランス1860年ごろ
- バタータルト カナダ1880年ごろ
- マルヴァ・プディング 南アフリカ・ケープ1924年ごろ
砂糖を使う料理 39
- ヤツマタ団子 徳島
- ハウピア ハワイ400年ごろ
- ゴラブジャムン インド亜大陸1300年ごろ
- グラブラックス スウェーデン1400年ごろ
- ジャレビ 北インド1450年ごろ
- ズヌード・エル・シット レバノン1450年ごろ
- セルロティ ネパール1500年ごろ
- パスティラ モロッコ1500年ごろ
- バーゼル・レッカリー スイス1550年ごろ
- カシャータ 東アフリカ1600年ごろ
- クルムカーケ ノルウェー1600年ごろ
- コカーダ コロンビア1600年ごろ
- 照り焼き 日本1697年ごろ
- カポナータ シチリア1700年ごろ
- カンブーロ ソマリア1700年ごろ
- バームブラック アイルランド1700年ごろ
- パステル・デ・ナタ ポルトガル・リスボン1700年ごろ
- 卵焼き 日本1770年ごろ
- アタヤ セネガル1800年ごろ
- クナーファ レバント1800年ごろ
- サングリア スペイン1800年ごろ
- ドゥルセ・デ・レチェ アルゼンチン1800年ごろ
- マンダジ 東アフリカ1800年ごろ
- ドーナツ 米国1809年ごろ
- ザッハトルテ オーストリア・ウィーン1832年ごろ
- プッラ フィンランド1850年ごろ
- ラスグッラ ベンガル地方1850年ごろ
- 米国式テリヤキ 米国1868年ごろ
- コルヴァプースティ フィンランド1880年ごろ
- 叉焼包 中国1880年ごろ
- ブラウニー 米国・シカゴ1899年ごろ
- フォーチュンクッキー 米国カリフォルニア1900年ごろ
- ピスコサワー ペルー1916年ごろ
- エッグタルト 香港1920年ごろ
- プルコギ 朝鮮半島1920年ごろ
- パブロバ オーストラリア1926年ごろ
- ニューヨークチーズケーキ 米国・ニューヨーク1929年ごろ
- サコレ(フルーツアイス) ブラジル1958年ごろ
- ジェネラルツォチキン(左宗棠鶏) 米国ニューヨーク1970年ごろ