一覧 / 西欧

ザッハトルテ 時期 B起源説 B検証済

確度は2軸: 時期=成立時期の固さ/起源説=発祥譚(説)の固さ(A〜Dの4段階・別々に持つ)。

オーストリア・ウィーン ・ 19C前半(1832 ウィーン) ・ 成立年代 1832–1840 ・ 主役食材 カカオ

記章(DB由来の作図・装飾/監修・認証ではない)|起源説確度B・検証済B記章(DB由来の作図・装飾)

3ゲート

食材入手ゲート
カカオ(チョコレート)は新大陸食材で欧州製菓への定着が物理的下限。小麦・砂糖・卵は在来
調理技術ゲート
チョコレートスポンジ生地の製菓技術+チョコレートグレーズ掛けとアンズジャム層
場ゲート
ウィーン宮廷菓子文化(メッテルニヒ侯の宮廷)→ザッハーホテルのカフェ文化

成立年代と成立ゲート

主役食材の到来データが未登録(不明)のため、到来による下限(縦線)は表示していない。帯は成立年代を示す。

成立年代と成立ゲート成立 1832–184018241848

検証メモ: 楔C狙い。要検証: ザッハー/デメル訴訟の経緯とオリジナルレシピの差(ジャム層の位置)

起源説

定説

1832年フランツ・ザッハー考案・ホテルザッハー本家説(定説) B

1832年、メッテルニヒ侯の宮廷で見習いのフランツ・ザッハー(15-16歳)が考案。子エドゥアルトがホテル・ザッハーを1876年創業し看板菓子に。1954年提訴の法廷論争(7年)を経て1963年に裁判所はホテル・ザッハーに『Original Sacher-Torte』の名称権(=本家帰属)を認めた。ジャム層は生地中央と表面の二層が正統とされる。

諸説併記

デメル本家説(エドゥアルト・ザッハー由来・諸説併記) C

エドゥアルト・ザッハー(子)が経済危機下でレシピを老舗デメルに売却、デメルは1934年に単層版を『Eduard Sacher-Torte』として販売。デメルはレシピの正統な継承を主張したが、1963年判決で『Original』の名称はホテル側に帰属。デメルはジャム層を表面直下の一層とする点で勝訴。本家帰属としては退けられたが正統な異形として併存。

検証ログ 追記専用の監査証跡

日付結果確度主張 / 出典更新者
2026-06-27 08:51:24 支持 C→B
1832年フランツ・ザッハー考案・ホテルザッハーが本家(1963年判決でOriginalの名称権を取得)
出典: Sachertorte - Wikipedia 重み1
Wikipedia(百科)+TasteAtlas(報道)で1832年メッテルニヒ宮廷考案・1954年提訴/1963年判決の経緯を確認。法廷で帰属が決着した documented dispute のため起源説C→Bへ昇格。
executor
2026-06-27 08:51:24 支持 C→C
デメルはエドゥアルト・ザッハー由来のレシピを正統と主張するが本家帰属としては退けられ正統な異形として併存(ジャム一層で勝訴)
1934年デメルがEduard Sacher-Torte販売、1963年判決でOriginal名称はホテル側、層数はデメル側。本家帰属の対立説として併記。
executor

完了定義(DoD)

✅ 充足(3ゲート/2確度/C・D対立併記/C・D出典≥1/ゲート整合)

このページの誤り・修正を報告

関連する料理

近い料理 食材・年代・地域の重なり