食の「いつ・どこで・誰が」を、
出典で確かめる。
Meshinomy(メシノミー)は、料理がいつ成立したかを 3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・追記式の検証ログで 記録する、検証可能な「食の成立学」データベース。俗説も、その反証も読み物にする。
全1862品の一覧 ・ 年表で俯瞰 ・ 世界の食文化圏の地図
1862検証済
76食文化圏
10034出典
15788検証ログ
有名なのに、起源は一つではない
誰もが知る料理ほど、発祥には諸説がある。王妃命名説や三日月伝説のように 反証された「創られた伝統」も。俗説と判定を出典で確かめる。
検証ストーリー
俗説をどう検証し、何が分かったか。出典と検証ログでたどる読み物。
起源説 C
南部せんべい
日本・青森麦粉に胡麻を振って鉄の型で焼く南部せんべいは、南朝の天皇ゆかりの菓子とも、武士が戦に携えた保存食だったとも語られる。だが南朝ゆかりの由緒が書物に現れるのは、いま見つかっている記録では昭和15年(1940)からで、文献で名前をたどれるのは明治35年(1902)の八戸の記録からである。
起源説 B
福神漬
日本福神漬は、大根や茄子などの野菜を食べやすい大きさに切り、醤油ベースの漬けダレに漬けた漬物で、東京・上野池之端の漬物屋、酒悦が売り出したものとして知られる。明治25年(1892年)の商工業者の名簿に酒悦が「初祖 福神漬製造販賣元」として載っており、遅くともこの頃には売られていたが、誰がいつ作り始めたのか、名がどこから来たのかは決められない。
起源説 B
守口漬
日本守口漬は、細く長い守口大根を塩で漬けてから酒粕に漬け替えて作る漬物で、いまは愛知県の木曽川沿いが守口大根の主な産地になっている。名は河内国の守口という土地に由来し、正徳2年(1712年)の自序をもつ百科事典『和漢三才図会』に、守口から出る細い大根の香の物として名が見えるが、いつ誰が始めたのかを示す記録は見つかっていない。
起源説 B
しば漬
日本しば漬は、刻んだ茄子を赤紫蘇と塩で漬けた京都・大原の漬物である。大原に隠れ住んだ建礼門院が名付けたという言い伝えがよく知られるが、平安時代の終わりの当時の記録は見つかっていない。大原の漬物として紫葉漬の名が記録に現れるのは明治30年(1897年)の紀行文で、そこでは建礼門院とは結びつけられず、かつてある帝の御意にかなってから毎年奉献されてきた品とされている。
起源説 B
奈良漬
日本奈良漬は、塩漬けにした瓜を酒粕に漬け替えて作る漬物である。奈良時代の長屋王邸跡の木簡に見える瓜の粕漬がその始まりだとよく紹介されるが、その粕漬は今の奈良漬とは違うものらしい。奈良漬という名の品は、室町時代の後期に公家の日記などに現れる。
起源説 B
べったら漬
日本べったら漬は、塩で下漬けした大根を麹と砂糖の甘い床に漬けた東京の漬物で、日本橋のべったら市の名物である。市の名は、浅漬の大根を買った者が人に麹や糠をつけるいたずらから起こったと言い伝えられるが、この話を書いた本は、国立国会図書館がデジタル化した資料を全文検索できる範囲では、大正14年(1925年)の百科事典と昭和2年(1927年)の歳時記が最も古い。