食材から辿る / 旧大陸

玉ねぎ 素材 時期 C検証済

成立年代 前4000〜

玉ねぎが、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。

3ゲート

食材入手ゲート
栽培化(野生原種未同定・中央アジア〜西アジア原産・A. vavilovii 近縁)
調理技術ゲート
生食/加熱で可食化=食材入手と同年
場ゲート
食用成立=食材入手と同年

玉ねぎはどこから広がったか

玉ねぎ(Allium cepa)のふるさとは、中央アジアから西アジアにかけての一帯——いまのトルクメニスタンからアフガニスタン、イランの山地あたりだと考えられている。イラン方面では紀元前3000年ごろにはすでに人の育てる作物になっていた。ただし、この作物には他の野菜と違うところがある。野生の原種が見つかっていないのである。畑にある姿しか知られておらず、近縁のどの野生種から育てられたのか、遺伝子を読み解く研究(2021年の系統ゲノム解析)をもってしても決め手が出ていない。どこで、いつ人の手に入ったのかは、原産地の見当がついているだけで、細かいところは定まらないままである。

メソポタミアからナイルへ

記録に姿を現すのは、原産地よりも先に、その西の平野である。メソポタミアでは紀元前2500年ごろのシュメールの文書に玉ねぎが記され、地中海東岸のレバント一帯を経て、エジプトには紀元前1600年ごろに届いた。乾いた気候でよく育ち、球根のまま長く貯蔵でき、皮を剥けばどこでも同じように使える。麦やナツメヤシと並んで、玉ねぎは古代の都市が日々食べる野菜のひとつになった。

叙事詩と博物誌に載る

ギリシアでは紀元前700年ごろ、ホメロスの『イリアス』第11歌に玉ねぎが出てくる。ネストルの天幕でふるまわれる場面に、酒の肴として添えられているのである。ローマ期になると、大プリニウスが77年ごろに書き上げた『博物誌』の第19巻が、玉ねぎの品種をいくつも書き分けている。品種を論じられるほど、この野菜は当時の地中海世界でありふれていた。

インドでも、紀元後200年までには玉ねぎが知られていた。サンスクリットの古典はこれをパラーンドゥ(palāṇḍu)と呼び、『マヌ法典』はニンニクやきのこと並べて、上位カーストの食べてはならないものに数えている。禁じられているという事実そのものが、その土地に玉ねぎが広く出回っていたことを語っている。

菜園の草から船の食糧へ

西ヨーロッパでは、カール大帝が800年前後に発した『御料地令』が、王領の菜園で育てるべき植物としてネギ・エシャロットとともに玉ねぎ(cepas)を挙げている。中世の農村で、玉ねぎは菜園の常連だった。

やがて球根は船にも積まれる。グダンスク沖に沈んだ15世紀の交易船からは、玉ねぎとニンニクの球根が見つかっている(バドゥーラらの2013年の報告)。1408年前後のバルト海で、玉ねぎが船乗りの食糧として運ばれていた証拠である。乾かせば数か月もつこの野菜は、長い航海に向いていた。バルト海沿岸一帯には16世紀ごろまでに広く行き渡り、フランスの台所でも遅くとも17世紀半ばには当たり前の材料になっている。

海を越えた先の畑

アメリカ大陸には玉ねぎは無かった。スペイン人が旧大陸の作物と家畜を船で運び込んだのが始まりで、ペルーの太平洋岸には1535年ごろ、チリには1541年ごろに種が渡っている。熱帯アフリカに育つ玉ねぎも、大陸の自生ではない。南のエジプトから遡る道と、インドからスーダンを経て中部・西アフリカへ入る道と、二つの経路で持ち込まれた在来品種群だと考えられている。

日本の畑に玉ねぎが根づくのは、ずいぶん遅い。1871年、北海道の開拓使が札幌の官園で試作し、1878年には札幌農学校のブルックス教授が栽培を手がけ、1880年から元村で本格的な栽培が始まった。これがのちに札幌黄と呼ばれる品種になる。原種の分からないこの球根は、中央アジアの山地から五千年をかけて、世界じゅうの台所の下ごしらえの第一歩になったのである。

各地への伝来 16

各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。

  • 前3500〜前3000頃 イラン 在来
  • 前2500頃 イラク 交易路
  • 前2500〜前1600頃 レバント 交易路
  • 前1600頃 エジプト 交易路
  • 前700頃 ギリシャ 交易路
  • 77頃 イタリア 交易路
  • 200頃 南アジア 交易路在地栽培
  • 800頃 西欧 交易路
  • 1408頃 ポーランド 交易路
  • 1500頃 バルト三国 交易路在地栽培
  • 1532〜1600頃 ペルー太平洋岸 新大陸交換流通
  • 1541〜1600頃 チリ 新大陸交換
  • 1871〜1880頃 日本 日本開国在地栽培
  • 時期不明 フランス 交易路在地栽培
  • 時期不明 東アフリカ 交易路
  • 時期不明 西アフリカ 交易路

玉ねぎの到来が成立を縛った料理 3

玉ねぎが届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。

玉ねぎを使う料理 177

成立年不明 22

成立の下限(いつ以降か)が史料から決まらない料理。年代順には置けないのでここへ分けた ── いちばん古いという意味ではない。 「遅くとも◯年までに」はその年までに存在したことが押さえられているという意味で、その年に成立したという意味ではない。

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