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ハヤシライス 時期 B起源説 B検証済

確度は2軸: 時期=成立時期の固さ/起源説=発祥譚(説)の固さ(A〜Dの4段階・別々に持つ)。確度とは?→

暴かれた通説あり出典で反証された通説を抱える料理です(真の起源は未確定のことが多い)。

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日本 ・ 明治期の洋食として成立。1888年(明治21)『軽便西洋料理法指南』に英国式 hashed beef の転写「ハヤシビフ」が載り(冷えたローストビーフの薄切りを玉葱・牛酪で炒め、ソップとスチウのソースで煮て揚げパンを添える形。飯は用いない)、飯にかける形は増補註釈版『食道楽』続編冬の巻(刊行年は未確定・遅くとも1913年まで)の「牛肉のハイシライス」に現れる ・ 成立年代 1872–1913 ・ 主役食材 牛肉

記章(DB由来の作図・装飾/監修・認証ではない)|起源説確度B・検証済B記章(DB由来の作図・装飾)

細切りの牛肉と玉葱を褐色のソースで煮て、飯にかけた和製洋食。名前は丸善の創業者、早矢仕有的にちなむと広く語られてきたが、明治の日本語で「ハヤシ」は人名と関わりのない普通の言葉で、英語の hash(刻んだ肉)を写したものだった。

ハヤシライスの実写写真
実写(装飾) 出典: Wikimedia Commons(Hashed Beef & Rice, Renga-Tei, Ginza (6639260429).jpg)(CC BY・Naotake Murayama from San Francisco, CA, USA, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons)

史料が示すこと 起源・発祥は?

俗説「丸善の創業者 早矢仕有的(1837-1901)が、訪ねてきた友人に有り合わせの肉と野菜のごった煮に飯を添えて振る舞ったのが起こりで、その名が料理…」は、史料の検証で退けられている。

ハヤシは英語 hash/hashed(細かく刻む・刻んだ肉)の転写で、人名ではない。(1) 日本での初出は1888年(明治21)『軽便西洋料理法指南』の「ハヤシビフ」で、ロースビフ(冷えたローストビーフ)を薄く切り玉葱と牛酪で炒め、ソップを沢山とスチウのソースを少し入れて煮、揚げたパンを載せて出す=英国の hashed beef そのもののレシピ。同書はメンチビフ・ビフステーキ・ロースビフと英語料理名の転写が並ぶ西洋料理教本で、ハヤシビフもその系列にある。(2) その英国側の原型は18-19世紀の cold meat cookery で、1747年 Hannah Glasse の59頁に、冷えたマトンを薄く刻んで煮直す「To Hash Mutton like Venison」の末尾「Hash Beef the same Way」(牛肉も同じやり方でハッシュにせよ)がある。直前の「To Hash Cold Mutton」は焼いたパンを三角に切って皿に並べ、その上にハッシュを注ぐ。1861年 Beeton には印刷頁292にレシピ628「HASHED BEEF (Cold Meat Cookery)」(冷えたローストビーフの薄切り+肉から取っておいたグレービー+みじん玉葱+小麦粉のとろみ、焼いたパンを添える)がある。1888年の日本語レシピが揚げパンを載せるのは、この焼いたパンを添える作法と同じ。(3) ハヤシが一般語だった証拠として、1902年『新訳英和辞典』は動詞 Mince(細かく切る)の訳語に「ハヤス」を挙げ、同じ項の名詞 Mince-meat に「剉砕肉,ハヤシ肉」を当てる。1912年『実用和英商業辞典』は minced meat にハヤシ肉を当てる。1898年『和清西洋料理法自在』の「ドライハヤシ」、1910年『軍隊料理法』の「ドライド、ハツシビーフ(乾煮刻肉)」は英語の料理名の写しで、人名では説明できない。(4) 同時代の外来語辞典が語源を名指しする。1932年『外来新語辞典』は「ハイシライス〔名〕hash and rice(英)」、1935年『万国新語大辞典』は「ハイシ (Hash) 肉やキヤベツ等をこま切りにして煮た料理でハイシライス及びハイシビーフ等がある」「ハイシライス ハヤシライスと同じ」と記し、別項でも「ハッシ・ビーフ (Hashed beef)…普通一般に言ふハヤシ・ビーフと同じもの」「ハヤシ・ライス (Hashed rice)」と、ハイシ/ハッシ/ハヤシの三つの表記をどれも英語 hash に当てて同じものとしている。(5) 言語学者 楳垣実『日本外来語の研究』(1943)は、hashed beef and rice とでも呼んだものが省略されてハッシ・ライス、ハイシ・ライスとなり、細かく刻む意の和語「はやす」から「はやし肉」が生まれて「ハヤシ・ライス」になったのだろう、と推定の形で述べる。飯にかける形の記録としては、増補註釈版『食道楽』続編冬の巻(村井弦斎)の244-245頁に、炒め煮の「牛肉のハイシ」に続けて、同じ順序で炒めて小麦粉でとろみを付け「炊き立ての温い御飯へかけて出します」という「牛肉のハイシライス」が載る。この巻の刊行年は確定しておらず(国立国会図書館の書誌は7冊組全体で1903〜1913年)、言えるのは遅くとも1913年までに飯にかける形があったことまでである。褐色ソースは初出時点から用いられており、日本ではのちにドミグラスソースとして濃厚化した。 なお「早矢仕有的(丸善創業者)の名に由来するという説」という通説は一次史料・学術文献で退けられている。

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3ゲート

食材入手ゲート
牛肉(明治の肉食解禁1872年)。玉葱は1880年頃から流通、小麦粉・牛酪も明治の洋食化とともに入手可
調理技術ゲート
西洋料理の褐色ソース(小麦粉と油脂のルー)技法の移入。のちドミグラスソースとして濃厚化
場ゲート
西洋料理教本と洋食店を通じて都市大衆へ。1913年には飯にかける形が家庭向け料理書に載る

成立年代と成立ゲート

食材入手と調理技術の各ゲートを同じ時間軸に並べた(流通は独立ゲートでなく食材入手の経路として内包し、場ゲートは年に乗らない構造ゲートなので図には出さない)。最も遅い食材入手ゲート(1872年・在地/到来・牛肉)が律速=成立の物理的な下限で、太線で示す。それより早い要因はその時点で既に充足していた(細線)。成立年代の帯は律速以降にある。

成立年代と成立ゲート成立 1872–1913食材入手 前1000(在地/到来/米)調理技術 1870(西洋料理技法)食材入手 1871(在地/到来/玉ねぎ)食材入手・律速 1872(在地/到来/牛肉)前12912204
  • 食材入手(流通/在地/加工の経路を内包)
  • 調理技術
  • 太線=律速(最も遅い=成立を縛る)
  • 細線=既に充足
  • 場ゲートは年に乗らない構造ゲート(図外)

検証メモ: 細切りの牛肉と玉葱を褐色のソースで煮込み、飯にかけた和製洋食。名前のハヤシは人名ではなく、英語の hash/hashed(細かく刻む・刻んだ肉)の写しである。明治期の日本語ではハヤシが「細かく切る」ことにまつわる一般語として辞書に載っており(1902年『新訳英和辞典』は動詞 Mince の訳語に「ハヤス」、名詞 Mince-meat に「ハヤシ肉」を当て、1912年『実用和英商業辞典』は minced meat にハヤシ肉を当てる)、料理書には英語 dry hash の写しである「ドライハヤシ」が並んでいた(1898年『和清西洋料理法自在』)。日本での初出は1888年(明治21)の西洋料理教本『軽便西洋料理法指南』の「ハヤシビフ」で、冷えたローストビーフを薄く切って玉葱と牛酪で炒め、ソップとスチウのソースで煮て、揚げたパンを載せて出す。これは18世紀以来の英国の残り肉料理そのもので、1747年のハナ・グラスに「ビーフも同じやり方でハッシュにせよ」とあり、1861年のビートン夫人には冷肉料理としての「ハッシュト・ビーフ」の一項がある。グラスが焼いたパンを皿に並べるのと、1888年の日本語レシピが揚げパンを載せるのは同じ作法である。飯にかける形は、増補註釈版『食道楽』続編冬の巻に載る。そこでは炒め煮の「牛肉のハイシ」と、それを小麦粉でとろませて炊き立ての飯にかける「牛肉のハイシライス」が続けて並ぶ。この巻の刊行年は定まっておらず、遅くとも1913年までに出ている。日本では褐色ソースがのちにドミグラスソースとして濃厚化し、現在ハッシュドビーフと呼ばれるものは同じ料理の別表記である(1935年『万国新語大辞典』は「ハイシ (Hash)」の項を立て、「ハイシライス ハヤシライスと同じ」「ハッシ・ビーフ…普通一般に言ふハヤシ・ビーフと同じもの」と記す)。丸善創業者 早矢仕有的の名に由来するという説と、上野精養軒のコック林の賄いに由来するという説は、いずれも同時代の裏づけを欠く後付けの人名語源譚で、1943年の言語学者 楳垣実も、横浜の林某にまつわる同型の伝説を「作り話」として退けている。似た見た目のビーフストロガノフとは系統が別で、ハヤシの側は18世紀英国の残り肉料理から、ストロガノフの側は19世紀ロシアのサワークリーム煮込みから来ており、両者を結ぶ史料は無い。

起源説

定説

英語 hash(hashed beef)の転訛 — 明治の西洋料理受容で入った英国式「残り肉の煮直し」が飯にかかって和製洋食になった B

ハヤシは英語 hash/hashed(細かく刻む・刻んだ肉)の転写で、人名ではない。(1) 日本での初出は1888年(明治21)『軽便西洋料理法指南』の「ハヤシビフ」で、ロースビフ(冷えたローストビーフ)を薄く切り玉葱と牛酪で炒め、ソップを沢山とスチウのソース…続きを読む

ハヤシは英語 hash/hashed(細かく刻む・刻んだ肉)の転写で、人名ではない。(1) 日本での初出は1888年(明治21)『軽便西洋料理法指南』の「ハヤシビフ」で、ロースビフ(冷えたローストビーフ)を薄く切り玉葱と牛酪で炒め、ソップを沢山とスチウのソースを少し入れて煮、揚げたパンを載せて出す=英国の hashed beef そのもののレシピ。同書はメンチビフ・ビフステーキ・ロースビフと英語料理名の転写が並ぶ西洋料理教本で、ハヤシビフもその系列にある。(2) その英国側の原型は18-19世紀の cold meat cookery で、1747年 Hannah Glasse の59頁に、冷えたマトンを薄く刻んで煮直す「To Hash Mutton like Venison」の末尾「Hash Beef the same Way」(牛肉も同じやり方でハッシュにせよ)がある。直前の「To Hash Cold Mutton」は焼いたパンを三角に切って皿に並べ、その上にハッシュを注ぐ。1861年 Beeton には印刷頁292にレシピ628「HASHED BEEF (Cold Meat Cookery)」(冷えたローストビーフの薄切り+肉から取っておいたグレービー+みじん玉葱+小麦粉のとろみ、焼いたパンを添える)がある。1888年の日本語レシピが揚げパンを載せるのは、この焼いたパンを添える作法と同じ。(3) ハヤシが一般語だった証拠として、1902年『新訳英和辞典』は動詞 Mince(細かく切る)の訳語に「ハヤス」を挙げ、同じ項の名詞 Mince-meat に「剉砕肉,ハヤシ肉」を当てる。1912年『実用和英商業辞典』は minced meat にハヤシ肉を当てる。1898年『和清西洋料理法自在』の「ドライハヤシ」、1910年『軍隊料理法』の「ドライド、ハツシビーフ(乾煮刻肉)」は英語の料理名の写しで、人名では説明できない。(4) 同時代の外来語辞典が語源を名指しする。1932年『外来新語辞典』は「ハイシライス〔名〕hash and rice(英)」、1935年『万国新語大辞典』は「ハイシ (Hash) 肉やキヤベツ等をこま切りにして煮た料理でハイシライス及びハイシビーフ等がある」「ハイシライス ハヤシライスと同じ」と記し、別項でも「ハッシ・ビーフ (Hashed beef)…普通一般に言ふハヤシ・ビーフと同じもの」「ハヤシ・ライス (Hashed rice)」と、ハイシ/ハッシ/ハヤシの三つの表記をどれも英語 hash に当てて同じものとしている。(5) 言語学者 楳垣実『日本外来語の研究』(1943)は、hashed beef and rice とでも呼んだものが省略されてハッシ・ライス、ハイシ・ライスとなり、細かく刻む意の和語「はやす」から「はやし肉」が生まれて「ハヤシ・ライス」になったのだろう、と推定の形で述べる。飯にかける形の記録としては、増補註釈版『食道楽』続編冬の巻(村井弦斎)の244-245頁に、炒め煮の「牛肉のハイシ」に続けて、同じ順序で炒めて小麦粉でとろみを付け「炊き立ての温い御飯へかけて出します」という「牛肉のハイシライス」が載る。この巻の刊行年は確定しておらず(国立国会図書館の書誌は7冊組全体で1903〜1913年)、言えるのは遅くとも1913年までに飯にかける形があったことまでである。褐色ソースは初出時点から用いられており、日本ではのちにドミグラスソースとして濃厚化した。

反証

早矢仕有的(丸善創業者)の名に由来するという説 D

丸善の創業者 早矢仕有的(1837-1901)が、訪ねてきた友人に有り合わせの肉と野菜のごった煮に飯を添えて振る舞ったのが起こりで、その名が料理名になったとする説。流布の出所は丸善の社史『丸善百年史』(1980)で、そこでも「幕末か明治の初年のことであろう」と…続きを読む

丸善の創業者 早矢仕有的(1837-1901)が、訪ねてきた友人に有り合わせの肉と野菜のごった煮に飯を添えて振る舞ったのが起こりで、その名が料理名になったとする説。流布の出所は丸善の社史『丸善百年史』(1980)で、そこでも「幕末か明治の初年のことであろう」という推定形で書かれ、同時代の一次史料は挙がっていない。岐阜県図書館が2005年に行ったレファレンス調査でも、早矢仕有的関係資料・明治期の洋食資料を当たってレシピを載せた資料は見つかっていない。語源としては成り立たない。1902年『新訳英和辞典』は動詞 Mince(細かく切る)の訳語に「ハヤス」を挙げ、同じ項の名詞 Mince-meat に「剉砕肉,ハヤシ肉」を当てる。1912年『実用和英商業辞典』も minced meat にハヤシ肉を当て、1898年の料理書には英語 dry hash の転写「ドライハヤシ」がある。ハヤシは明治期に人名と無関係な一般語として日本語に入っていた。1932年『外来新語辞典』・1935年『万国新語大辞典』も語源を英語 hash と記す。家名から逆算された後付けの帰属で、一料理名の由来としては退けられる。ただし早矢仕本人が洋食のごった煮に飯を添えて客に出していたという伝承そのものを否定する史料があるわけではなく、否定されるのは名前の由来としての主張である。

上野精養軒のコック「林」の賄いに由来するという説 D

明治初期創業の上野精養軒に勤めていた林というコックが、牛肉の切れ端と余り野菜をドミグラスソースで煮て飯にかけた従業員の賄いを作り、その名で店の品書きに載ったとする説。林なる人物の実在を示す同時代史料も、店側の同時代記録も確認されていない。早矢仕説と同型の人名語…続きを読む

明治初期創業の上野精養軒に勤めていた林というコックが、牛肉の切れ端と余り野菜をドミグラスソースで煮て飯にかけた従業員の賄いを作り、その名で店の品書きに載ったとする説。林なる人物の実在を示す同時代史料も、店側の同時代記録も確認されていない。早矢仕説と同型の人名語源譚で、独立した裏づけを欠く。林の名を語源とする話は戦前すでに別の形でも語られており、1943年の楳垣実『日本外来語の研究』は、明治初年に横浜に住む林某が洋食屋でいつもカレー粉の入らないカレー・ライスを注文し、それが「林・ライス」と略されて広まったという伝説を紹介したうえで、語源が判らなくなったために生まれた話として「作り話に違ひない」と退けている。語源としては1888年の料理書「ハヤシビフ」、1898年「ドライハヤシ」、1902年・1912年の英和辞典の「ハヤシ肉」(1902年は動詞 Mince の訳語「ハヤス」と同じ項)、1932年・1935年の外来語辞典の hash 由来の記述が一貫して英語 hash を指しており、人名説は成り立たない。

解説

明治の台所に牛肉が入る

牛肉を日々の献立に使う習慣は、日本には長くなかった。1872年(明治5)に肉食の禁が解かれると、都市の市場に牛肉が並びはじめる。玉葱が市場に出回るようになるのは1880年ごろからで、牛肉に少し遅れる。小麦粉を油脂で炒めてのばす褐色のソースの作り方も、西洋料理の技法として明治に移入されたもので、洋食店の厨房がそれを扱えるようになって初めて、この一皿は仕立てられるようになる。牛肉・玉葱・小麦粉と牛酪が同じ市場に揃い、それを煮込める料理人がいる場所——明治の都市の洋食店が、ハヤシライスの生まれた場所である。

骨格は英国の残り肉料理

日本語の料理書にこの料理が姿を見せるのは1888年(明治21)で、西洋料理の教本『軽便西洋料理法指南』に「ハヤシビフ」の項が立つ。冷えたロースビフ(ローストビーフ)を薄く切り、玉葱とともに牛酪で煎りつけ、ソップを多めにスチウのソースを少し加えて煮て、揚げたパンを載せて出す。飯は出てこない。

これは英国の家庭で、焼いた大きな塊肉の冷めた残りを薄く切って煮直すハッシュドビーフそのものである。1747年のハナ・グラスの料理書にも、1861年のビートン夫人の家政書にも、冷えたローストビーフの薄切りを玉葱と肉から取っておいた煮汁で温め直し、焼いたパンを添える同じ骨格が並ぶ。1888年の日本語のレシピが揚げたパンを載せるのも、英国側でパンを焼いて三角に切り、皿に並べてその上に注ぐ作法と重なっている。この一皿は、英国の家庭料理を作り方ごと写し取るところから始まっている。

飯にかける形の記録

煮込みを飯にかけた形は、村井弦斎の増補註釈版『食道楽』続編冬の巻に見ることができる。第二十九「牛肉のハイシ」に続いて第三十「牛肉のハイシライス」の項が立ち、ハイシと同じ順序で炒め、小麦粉でとろみを付けて、炊き立ての温かい御飯にかけて出すと書かれている。煮込みが先にあり、それを飯にかけたものが同じ料理の別の出し方として並んでいた。この巻がいつ刊行されたのかは定まっていないが、遅くとも1913年(大正2)までには、飯にかける食べ方が料理書に載っていたことになる。英国式の一皿は、こうして日本の米飯の食卓に落ち着いていった。

褐色のソースはその後、日本でドミグラスソースとして濃厚な方向へ育っていく。今日ハッシュドビーフと呼ばれているものも、ハヤシライスと別の料理ではなく、同じ料理の別の呼び方である。牛肉を薄く切ってソースで煮る点で似て見えるビーフストロガノフとは系統が異なり、両者を結ぶ史料は残っていない。

検証ストーリー

丸善の創業者、早矢仕有的が、訪ねてきた友人に有り合わせの肉と野菜のごった煮を作り、飯を添えて振る舞った——だからハヤシライスという。この話は今も記念日つきで語られている。出所は1980年に出た丸善の社史で、そこでも「幕末か明治の初年のことであろう」と推定の形で書かれており、同時代の記録は添えられていない。2005年に岐阜県図書館が早矢仕有的の関係資料と明治期の洋食資料を当たったときも、その料理法を載せた資料は出てこなかった。

もう一つ、上野精養軒に勤めていた林というコックが、牛肉の切れ端と余り野菜を煮て飯にかけた賄いを作り、それが店の品書きになったという説も並ぶ。こちらも林なる人物を示す同時代の記録は出ておらず、店の側にも当時の記録は残っていない。どちらも、料理名の音が人の名と同じであることから逆算された話である。

一方で「ハヤシ」は、人名を持ち出さなくても明治の日本語のなかに居場所を持っていた。1902年(明治35)の『新訳英和辞典』を開くと、動詞 Mince(細かく切る)の訳語に「ハヤス」があり、同じ項の名詞 Mince-meat には「剉砕肉,ハヤシ肉」が当てられている。細かく切ることをハヤスといい、細かく切った肉をハヤシ肉と呼んでいたわけである。1912年(大正元)の『実用和英商業辞典』も、minced meat にハヤシ肉を当てている。料理書のほうでは、1898年(明治31)の『和清西洋料理法自在』に「ドライハヤシ」の項が立つ。英語の dry hash をそのまま写した名で、人名からはこの語形を説明できない。1910年(明治43)の『軍隊料理法』にも「ドライド、ハツシビーフ(乾煮刻肉)」の条がある。1888年の「ハヤシビフ」から続けて、明治の印刷物のなかでこの語は一貫して英語の料理名の写しとして使われていた。

昭和に入ると、外来語辞典が語源を名指しするようになる。1932年の『外来新語辞典』は「ハイシライス」を hash and rice と注した。1935年の『万国新語大辞典』は「ハイシ(Hash)」の項を立て、同じ頁に「ハイシライス ハヤシライスと同じ」と書いている。同書はさらに「ハッシ・ビーフ(Hashed beef)」と「ハヤシ・ライス(Hashed rice)」を別の項に立て、ハイシ・ハッシ・ハヤシの三つの表記をどれも英語 hash に当てて、同じものとして扱った。

言語学者の楳垣実は、1943年の『日本外来語の研究』でこの名の成り立ちを推定している。hashed beef and rice とでも呼んだものが省略されてハッシ・ライス、ハイシ・ライスとなり、細かく刻む意の和語「はやす」から「はやし肉」が生まれて、「ハヤシ・ライス」になったのだろう、と楳垣は述べる。同じ条では、明治の初めに横浜に住む林某が洋食屋でいつもカレー粉の入らないカレー・ライスを注文し、それが「林・ライス」と略されて広まったという伝説も取り上げ、語源が判らなくなったために生まれた話として「作り話に違ひない」と退けている。林の名から料理名を説明する話は、戦前すでにこうした別の形でも語られていた。

成り立たないのは、あくまで名前の由来としての主張である。早矢仕が客に洋食のごった煮と飯を出していたという言い伝えそのものを否定する史料があるわけではない。ただ、その一皿がハヤシライスという名で呼ばれるようになった道筋は、人の名ではなく英語のほうから来ている。

検証ログ 追記専用の監査証跡

日付結果確度主張 / 出典更新者
2026-08-21 支持 D→B
日本での初出は1888年『軽便西洋料理法指南』の「ハヤシビフ」で、冷えたロースビフを薄切りにし玉葱・牛酪で炒め、ソップとスチウのソースで煮て揚げパンを載せる英国式 hashed beef のレシピである
研磨係
2026-08-21 支持 B→B
その英国側の原型は18世紀以来の cold meat cookery で、1747年 Hannah Glasse に Hash Beef the same Way、1861年 Beeton にレシピ628 HASHED BEEF (Cold Meat Cookery) がある
研磨係
2026-08-21 支持 B→B

🚫 この記述は後の検証で訂正された(→ 該当行へ)

1861年 Beeton のレシピ628 HASHED BEEF (Cold Meat Cookery) は冷えたローストビーフの薄切りを、みじん玉葱と小麦粉でとろみを付けた褐色のグレービーで煮る
研磨係
2026-08-21 支持 B→B

🚫 この記述は後の検証で訂正された(→ 該当行へ)

明治期の日本語でハヤシは人名でなく一般名詞で、英和辞典が minced meat の訳語に「ハヤシ肉」を当てている
研磨係
2026-08-21 支持 B→B

🚫 この記述は後の検証で訂正された(→ 該当行へ)

同時代の外来語辞典が語源を英語 hash と名指しし、ハヤシとハイシが同一語であることを明記する
研磨係
2026-08-21 反証 D→D

🚫 この記述は後の検証で訂正された(→ 該当行へ)

ハヤシライスの名は丸善創業者 早矢仕有的に由来する
研磨係
2026-08-21 反証 D→D
ハヤシライスの名は上野精養軒のコック「林」の賄いに由来する
研磨係
2026-08-21 不明 B→B
ビーフストロガノフ(#25)とハヤシライス・ハッシュドビーフを系譜で結ぶ史料は無く、dish_relations を張らない
研磨係
2026-08-21 支持 B→B

🚫 この記述は後の検証で訂正された(→ 該当行へ)

日本語のハッシュドビーフはハヤシライスと同じ料理の別呼称で、独立した行を立てる根拠が無い
研磨係
2026-10-02 支持 B→B
1902年『新訳英和辞典』622頁でハヤシ肉を当てている見出しは minced meat ではなく、動詞 Mince の項に追い込まれた名詞 Mince-meat であり、同じ項で動詞 Mince の訳語に「ハヤス」が並ぶ
研磨係
2026-10-02 支持 B→B
1935年『万国新語大辞典』の見出しは「ハツシ」ではなく「ハイシ(Hash)」で、同書は別項に「ハッシ・ビーフ(Hashed beef)」「ハヤシ・ライス(Hashed rice)」を立て、三つの表記をどれも英語 hash に当てて互いに同じものと注記する
研磨係
2026-10-02 支持 B→B
飯にかける形「牛肉のハイシライス」を載せる『食道楽』は増補註釈版の続編冬の巻で、本巻の刊行年は確定しない。1913年は7冊組全体の刊行期間(1903〜1913年)の末年であり、この記録から言えるのは遅くとも1913年までに飯にかける形があったことまでで、「1913年が最古級」とは言えない
研磨係
2026-10-02 支持 B→B
楳垣実『日本外来語の研究』(1943年)は、ハヤシ・ライスを英語 hashed beef and rice の省略からハッシ・ライス、ハイシ・ライスとなり、細かく刻む意の和語「はやす」から「はやし肉」が生まれて「ハヤシ・ライス」になったと推定する
研磨係
2026-10-02 反証 D→D
ハヤシライスの名は林という人物に由来する
研磨係
2026-10-02 支持 B→B
1861年 Beeton のレシピ628 HASHED BEEF (Cold Meat Cookery) は印刷頁292にあり、冷えたローストビーフの薄切りを、肉から取っておいたグレービーにみじん玉葱と小麦粉のとろみを合わせた中で沸かさずに温め、焼いたパンを添える
研磨係
2026-10-02 支持 B→B
日本語のハッシュドビーフはハヤシライスと同じ料理の別呼称で、独立した行を立てる根拠が無い
研磨係
2026-10-02 反証 D→D
ハヤシライスの名は丸善創業者 早矢仕有的に由来する
研磨係

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構成素材

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