食材から辿る / 新大陸(コロンブス交換)

トマト 素材 時期 C検証済

成立年代 -500〜

トマトが、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。

南米アンデスで初期段階、のちメソアメリカ(南メキシコ)で栽培化が進み、およそ前500年ごろまでに南メキシコで栽培。アステカが xīctomatl として料理に用いた(スペイン接触16Cで記録)。原産地食用成立は前コロンブス期・年代に幅

3ゲート

食材入手ゲート
栽培化(メソアメリカ=南メキシコで栽培化)=およそ前500年ごろ
調理技術ゲート
生食およびサルサ・ソースへの調理。原産地で在来の自明な用法
場ゲート
食材入手と同年(原産地メソアメリカでの食用は栽培化=入手と同時に成立。場ゲートは退化)。※イタリア1548年の観賞用到来など旧大陸への物理到来は食用前の前史であり場ゲートに数えない

トマトはどこから広がったか

トマトは南北アメリカの原産で、アンデスからメソアメリカにかけての一帯で栽培化された作物である。ヨーロッパの記録に現れるのは、コロンブス以後の大西洋を越えた作物のやり取りを通じてのことだった。イタリアでは1548年、トスカーナ大公コジモ・デ・メディチの領地から大公家へ「トマトを一籠」届けたという書簡が、この地に渡った最初の確かな証拠として残る。ただしこのときのトマトは食材ではなく、その色や姿の美しさゆえに珍重された観賞用の植物だった。

イベリア半島でも事情は似ていて、スペインでは1592年の園芸書『Agricultura de jardines』に庭の草花として記録されるが、料理に用いられ広まるのは18世紀半ばのことになる。食用として最も早く踏み出したのは南イタリア、とりわけ港町ナポリだった。1692年、アントニオ・ラティーニの料理書『Lo scalco alla moderna』が、現存最古のトマトソース(「スペイン風のトマトのソース」)を書きとめている。原産地から旧大陸に渡っておよそ百五十年、トマトはようやく皿の上の食材になった。この歩みは食物史家ダヴィド・ジェンティルコーレらの研究が跡づけている。

地中海から各地へ

ポルトガル船は早くから世界の海に出ており、マラッカ(1511年占領)を足がかりに16〜17世紀のうちにトマトを東南アジアや南アジアへ運んだ。北インドや東南アジアの記録は17世紀初頭にさかのぼる。ヨーロッパの内部でも広がりは緩やかで、フランスの台所にトマトが入るのは18世紀末、マルセイユを窓口とした南仏プロヴァンスあたりからだった。ドイツの庭に現れるのは18〜19世紀、大西洋を再び越えてアメリカで食材として定着するのは19世紀前半とされる。

十九世紀の世界化

19世紀に入ると、トマトは中東・アフリカ・東欧へと一気に裾野を広げる。レヴァント地方ではアレッポの英国人ジョン・バーカーらを介して19世紀に、トルコの料理には20世紀初頭に入った。西アフリカやサブサハラで栽培の証拠が現れるのも19世紀のことだ。東欧ではウクライナで19世紀後半に酸味づけの主役となり、赤いボルシチの色を決めるようになる。オスマン帝国の交易路を逆にたどるように、イスタンブール経由で19世紀末にブルガリアのパザルジク平原へ種子が渡り(1890年ごろ)、イランのカージャール朝の宮廷庭園にはフランスから1882年にもたらされた。観賞用の珍種として旧大陸に上陸したトマトは、こうして三百年あまりをかけて世界中の食卓の色になった。

各地への伝来 39

各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。

  • 前500〜1519頃 メソアメリカ 在来在地栽培
  • 1540〜1750頃 ポルトガル 新大陸交換
  • 1548頃 イタリア 新大陸交換
  • 1550〜1750頃 ミャンマー 新大陸交換
  • 1550〜1700頃 東南アジア 新大陸交換
  • 1571〜1700頃 フィリピン 新大陸交換
  • 1592〜1750頃 スペイン 新大陸交換
  • 1597〜1830頃 英国 新大陸交換
  • 1600〜1870頃 ハンガリー 交易路
  • 1600頃 北インド 新大陸交換
  • 1600〜1850頃 南アジア 新大陸交換
  • 1600〜1950頃 南インド 新大陸交換
  • 1692〜1750頃 ナポリ 新大陸交換
  • 1692〜1790頃 ローマ 新大陸交換
  • 1692〜1750頃 南イタリア 新大陸交換
  • 1700〜1800頃 トスカーナ 新大陸交換
  • 1700〜1850頃 マルタ 新大陸交換
  • 1750〜1850頃 ドイツ 新大陸交換
  • 1750〜1790頃 プロヴァンス 新大陸交換
  • 1750〜1835頃 米国 新大陸交換
  • 1780〜1910頃 アナトリア 新大陸交換
  • 1780〜1900頃 ロシア 新大陸交換
  • 1800〜1900頃 イタリア 新大陸交換在地栽培
  • 1800〜1900頃 ギリシャ 新大陸交換
  • 1800〜1900頃 コーカサス 新大陸交換
  • 1800〜1900頃 サブサハラ・アフリカ 植民地交易
  • 1800〜1900頃 ポーランド 新大陸交換
  • 1800〜1900頃 ルーマニア 交易路流通
  • 1800〜1850頃 レバント 新大陸交換
  • 1800〜1900頃 中東・北アフリカ 新大陸交換
  • 1800〜1900頃 南アフリカ 植民地交易
  • 1800〜1900頃 東アフリカ 植民地交易
  • 1800〜1900頃 湾岸地域 新大陸交換
  • 1800〜1900頃 西アフリカ 新大陸交換
  • 1804〜1900頃 フィジー 植民地交易流通
  • 1816〜1827頃 セネガル 植民地交易
  • 1850〜1900頃 ウクライナ 新大陸交換
  • 1850〜1900頃 バルカン半島 交易路
  • 1882〜1900頃 イラン 新大陸交換流通

トマトの到来が成立を縛った料理 78

トマトが届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。

トマトを使う料理 46

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