食材から辿る / 旧大陸

鶏肉 素材 時期 B検証済

成立年代 -1250〜

鶏肉が、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。

セキショクヤケイの家畜化=東南アジア(現タイ中部バン・ノンワット等)で前1650〜前1250年。家畜化=食材入手として計上(当初は闘鶏・供犠が先行し純食用化はやや後)

3ゲート

食材入手ゲート
家畜化(セキショクヤケイ→ニワトリ)=東南アジア 前1650〜前1250年(Peters et al.2022)
調理技術ゲート
屠畜・加熱調理(在来知)
場ゲート
飼養家禽の食用化。食材入手(家畜化)とほぼ同年(初期は闘鶏・祭祀用途が先行)

鶏肉はどこから広がったか

鶏肉、すなわち家畜のニワトリの肉は、いまでは世界でもっとも多く食べられる肉のひとつだが、そのふるさとは意外に狭く、東南アジアの一角にあった。ニワトリのもとになったのは、熱帯の森に棲む野生の鳥——セキショクヤケイ(赤色野鶏)である。近年の研究(ピーターズらの2022年の報告)は、この鳥が家畜になった場所と時期を大きく描き直した。いまのタイ中部、バン・ノンワットの遺跡などから見て、ニワトリの家畜化は東南アジアで、およそ紀元前1650年から前1250年のあいだに始まった。乾いた土地で米を作る農耕が森の鳥を人里へ引き寄せ、こぼれた籾をついばむうちに人の暮らしのそばへ居着いた、というのがその筋書きである。

かつては、中国の北部で紀元前3000年ごろにニワトリが飼われていたと考えられていた。しかしその根拠とされた古い鳥の骨を調べ直すと、多くはキジの仲間を取り違えたものだと分かった。ニワトリの家畜化は、通説よりずっと新しく、そして中国ではなく東南アジアの出来事だったのである。

中国、そして西へ

東南アジアで人に飼われるようになったニワトリは、そこから四方へ広がっていった。中国の南、いまの広東省のあたりへ達したのは紀元前1100年ごろのことである(ピーターズらの2022年の研究)。おなじころ、ニワトリは南アジアへも伝わり、紀元前1千年紀のうちにユーラシアの東西へ散らばっていった。

地中海から欧州へ

ニワトリが地中海の世界に姿を見せるのは、さらに後のことだった。ヨーロッパで最も古いニワトリの確かな痕跡は、南欧——イタリアに築かれたギリシア人の植民市にあり、紀元前8世紀から前6世紀ごろにさかのぼる。そこからアルプスの北へ入るにはさらに時間がかかり、いまのベルギーを含む低地地方にニワトリが根づくのは、鉄器時代からローマの時代にかけて、紀元前後のことだった。ヨーロッパへのニワトリの伝来が、かつて考えられていたよりずっと遅かったことを、近年の年代の見直し(ベストらの2022年の研究)が明らかにしている。はじめは闘鶏や神への供え物といった特別な鳥として扱われ、日々の食用の肉として広まるのは、それよりのちのことだった。

新大陸へ

ニワトリが大西洋を越えるのは、コロンブス以後の大航海時代である。16世紀、スペイン人の渡航や奴隷交易にともなって、旧大陸のニワトリはアメリカ大陸各地へ持ち込まれた。カリブ海のジャマイカ、メキシコのユカタン半島、南米北部のコロンビア・ベネズエラの沿岸には、いずれも1550年ごろにニワトリが現れている。東南アジアの森に棲んでいた一羽の野鶏は、こうして三千年あまりをかけて、世界じゅうの食卓にのぼる鳥になったのである。

各地への伝来 14

各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。

  • 前1650〜前1250頃 東南アジア 在来在地栽培
  • 前1500〜前1000頃 広東省 交易路
  • 前1200〜前500頃 イラン 交易路流通
  • 前1200〜前500頃 レバント 交易路流通
  • 前400〜100頃 ベルギー 交易路
  • 1〜1000頃 中央アフリカ 交易路流通
  • 1000〜1500頃 東アフリカ 交易路
  • 1000〜1500頃 西ケニア 交易路
  • 1500〜1600頃 ブラジル 新大陸交換
  • 1509〜1600頃 ジャマイカ 新大陸交換
  • 1527〜1600頃 ユカタン半島 新大陸交換流通
  • 1530〜1600頃 コロンビア・ベネズエラ 新大陸交換
  • 1540〜1550頃 チリ 新大陸交換
  • 1683〜1850頃 台湾 在来

鶏肉の到来が成立を縛った料理 22

鶏肉が届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。

鶏肉を使う料理 63

← ほかの食材を見る