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バックヘンドル 時期 B起源説 B検証済

確度は2軸: 時期=成立時期の固さ/起源説=発祥譚(説)の固さ(A〜Dの4段階・別々に持つ)。確度とは?→

オーストリア ・ 18世紀初頭にザルツブルク/ウィーンの上流料理として成立し、19世紀前半のビーダーマイヤー期に富の象徴(=Backhendlzeit)となり、1850年代に大衆化 ・ 成立年代 1719〜

記章(DB由来の作図・装飾/監修・認証ではない)|起源説確度B・検証済B記章(DB由来の作図・装飾)

バックヘンドルは、鶏にパン粉の衣をつけ、たっぷりの脂で揚げたウィーンの名物料理である。いまでこそ気軽な揚げ鶏に見えるが、かつては一皿が富の証しで、19世紀前半のウィーンには「揚げ鶏の時代(Backhendlzeit)」という言葉さえ生まれた。

3ゲート

食材入手ゲート
鶏肉・小麦粉・卵・脂(ラード等)はいずれも中欧在来。律速となる外来食材は無い
調理技術ゲート
パン粉衣をつけ大量の脂で揚げる調理(Backen)。バロック期のオーストリア料理書(Hagger 1719 等)で確立
場ゲート
当初は大量の揚げ油を賄える上流階級(貴族・上層市民)の料理。ビーダーマイヤー期に富の象徴となり1850年代に大衆化

成立年代と成立ゲート

主役食材の到来データが未登録(不明)のため、到来による下限(縦線)は表示していない。帯は成立年代を示す。

成立年代と成立ゲート成立 1719〜17111735

起源説

定説

ザルツブルク/ウィーン料理書伝統に由来する上流階級の揚げ鶏 B

ザクロ料理書(1699)やHaggerのザルツブルク料理書(1719)で焼き鶏・揚げ鶏が知られ、パン粉衣+大量の脂で揚げる調理が上流階級の料理として発達。1817年Zenkerに『Backhendl auf Wiener Art』の表記が初出。19世紀前半のビーダーマイヤー期には富の象徴とされ、この時代が後に『Backhendlzeit(バックヘンドルツァイト)』と呼ばれた。1850年代に大衆化。

解説

バックヘンドル(Backhendl/Backhuhn)は、若鶏を切り分けて小麦粉・溶き卵・パン粉の衣をまとわせ、ラードなどの脂で揚げた料理である。オーストリアではウィーンを代表する家庭料理・レストラン料理として知られ、レモンを添えて供されるのがならわしとなっている。

この料理を成り立たせた素材は、いずれも中欧の食卓に古くからあったものだ。鶏、小麦粉、卵、揚げるための脂は、この土地に根づいた在来の材料であり、特別に遠くから運ばれてくるものを必要としなかった。技法の面でも、パン粉の衣をつけて脂で揚げる調理(Backen)は、バロック期のオーストリア料理書にすでに記されている。ザルツブルクの料理人ハッガーが一七一九年に著した料理書などに焼き鶏・揚げ鶏が見え、上流階級の料理として発達していった。素材と技法だけを見れば、この一皿は十八世紀初頭のザルツブルクやウィーンの上層の厨房にすでに姿を現していたことになる。

では、なぜこれが長らく富裕層の料理にとどまったのか。鍵になったのは、鶏を丸ごと切り分けて大量の脂に沈め、こんがりと揚げるという食べ方そのものである。工業的に脂が安く出回る以前の時代、これだけの脂を惜しみなく使い、しかも一羽の若鶏を惣菜に仕立てられる家は限られていた。バックヘンドルは当初、貴族や上層市民の食卓に属し、それを日々のごちそうにできることが暮らしのゆとりを映していた。十九世紀前半のビーダーマイヤー期には、この揚げ鶏が市民の豊かさの象徴とみなされ、後世この時代そのものが「バックヘンドルツァイト(Backhendlzeit)」と呼ばれるようになる。脂と若鶏を日曜の食卓に並べられるかどうかが、そのまま一家の余裕をあらわす目印だったのである。

やがて一八五〇年代に入ると、バックヘンドルは富裕層の枠を越えて広く食べられるようになり、ウィーンの一般的な料理として定着した。今日親しまれている姿は、この大衆化を経たあとのものである。

検証ストーリー

バックヘンドルの成立をめぐっては、文献に「Backhendl」の名が現れた年を、そのまま料理の誕生年と取り違えやすい落とし穴がある。この名称がはっきり文字になるのは、一八一七年にツェンカーが記した「Backhendl auf Wiener Art(ウィーン風バックヘンドル)」の表記あたりからだ。しかしこれは名前の初出であって、揚げ鶏そのものの始まりではない。パン粉衣をつけて脂で揚げる鶏料理は、一六九九年のいわゆるザクロ料理書や、一七一九年のハッガーによるザルツブルクの料理書にすでに焼き鶏・揚げ鶏として記録されており、名前が定着するより前から上流階級の厨房で作られていた。名の初出は、料理が広く知られ、呼び名が固まった時点を示すにすぎない。

料理書の系譜をたどると、この揚げ鶏はザルツブルクからウィーンへと連なる上流階級の厨房で育まれてきたことが見えてくる。パン粉衣の揚げ鶏という調理そのものが、名が固まるより一世紀以上も前から料理書に記されてきたのである。名前の初出と、料理そのものの成立とは、はっきり時代を隔てている。

いまではこの筋道が定説として受け入れられている。中欧に古くからある鶏と脂を、惜しみなく揚げ物に回せる暮らしのゆとりがどこにあったか——十八世紀の上流の厨房で作られた贅沢な揚げ鶏は、やがて十九世紀半ばの一般家庭へと下りていった。バックヘンドルが「富の象徴」から「ウィーンの名物」へと姿を変えた道のりが、いまも料理の背骨に残っている。

検証ログ 追記専用の監査証跡

日付結果確度主張 / 出典更新者
2026-07-15 None —→—
網羅リスト取り込み時の代表出典(研磨の出発点)
PDM
2026-07-15 支持 D→B
Backhendl はザルツブルク/ウィーンの料理書伝統(Hagger 1719 等)に発し、1817年Zenkerに『Backhendl auf Wiener Art』が初出。ビーダーマイヤー期に富の象徴(Backhendlzeit)、1850年代に大衆化。全食材在来で律速は脂を賄える上流階級のaccess
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