食文化圏 / 東アジア
日本料理の成立史
東アジアの食文化圏「日本」に属する料理 10 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。
この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)
律速になりがちな食材成立を決めた律速食材として現れた回数(料理数)。
食材が届いた経路律速食材の到来経路(channel)の傾向。在来=もとから現地にあった食材。
成立年代の分布成立年代の分布(最古 1750 年〜最新 1950 年)。
起源説の確度起源説の固さ(A=構造的必然〜D=要検証)の内訳。C/D は諸説・反証ありの料理。
所属する料理 10
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定番 天ぷら
日本 1750–1850
時B説B
ポルトガル人が16世紀の長崎に伝えた南蛮の揚げ物が、いまの天ぷらの遠い祖である。だが、衣の薄い江戸前の天ぷらが屋台で気軽に食べる料理になったのは、それから二百年あまり後の江戸でのことだった。
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定番 にぎり寿司
江戸(日本) 1804–1850
時B説C
「江戸の華屋与兵衛がにぎり寿司を発明した」という通説は、一人の天才の発明譚というより、安価な酢が江戸に行き渡って早すし(押し寿司)が握りへと姿を変えた漸進的な様式進化の物語である。
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定番 カレーライス
日本 1870–1900
時B説B
カレーライスはインドから直に伝わったのではない。英国が植民地インドの料理を西洋風のシチューに作り替えた「カレー」を、明治の日本海軍が脚気対策の食事として受け継ぎ、これを全国へ広めたものである。
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定番 肉じゃが
日本 1880–1910
時B説C
東郷平八郎が英国仕込みのビーフシチューを再現させて肉じゃがが生まれた——海軍ゆかりのこの逸話は、史料の裏付けを欠く昭和末の町おこしから広まった創作である。
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定番 ラーメン
日本 1910–1958
時B説C
水戸黄門・徳川光圀が1697年に「日本初のラーメン」を食べたという話は今も語られるが、現行の一杯はそこからつながっていない。いまのラーメンは、明治末の1910年に浅草の中華料理店「来々軒」で供された汁そばを直接の起点とする。
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定番 とんかつ
日本 1929–1929
時B説C
とんかつは、フランス由来のカツレツを日本で厚切り・多油・切り分けの定食料理へ作り替えた洋食である。発祥の店は煉瓦亭・王ろじ・ポンチ軒と諸説あり、一次史料を欠くため一意には定まらない。
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定番 ドリア
日本(横浜) 1930–1940
時B説B
米にホワイトソースを重ねて焼く**ドリア**は、西洋料理のようでいて西洋には無い。横浜の洋食店で生まれた日本発祥の一皿である。
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定番 たこ焼き
日本・大阪 1935–1940
時A説B
鉄板にうがった半球のくぼみで、たこ焼きは焼かれる。この丸い菓子が大阪の屋台に生まれたのは昭和10年、それほど古い食べ物ではない。
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定番 ナポリタン
日本 1945–1955
時B説C
喫茶店の定番ナポリタンは、占領期の米兵がスパゲティにケチャップを和える様子から横浜ホテルニューグランドが洗練版を着想したものだが、いま国民食として知られるケチャップ味の安価な様式は、別の店が広めた版で、どちらを発祥とするかは諸説ある。
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定番 日本式担々麺(汁あり担々麺)
日本 1950–2000
時B説B
本場四川では汁のない麺だった担々麺を、戦後の日本で胡麻の効いたスープ仕立てに作り替えた一杯。「担々麺=汁あり」という日本の常識は、一人の料理人の翻案から生まれた。