脆皮焼肉(シウヨッ) 時期 C起源説 C検証済
確度は2軸: 時期=成立時期の固さ/起源説=発祥譚(説)の固さ(A〜Dの4段階・別々に持つ)。確度とは?→
暴かれた通説あり出典で反証された通説を抱える料理です(真の起源は未確定のことが多い)。
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広東の焼き豚・脆皮燒肉は西周の宮廷料理「炮豚」に遡り、二千年以上の歴史をもつ——そう語られてきた。だが古い書物が記しているのは丸ごと炙った子豚で、皮付きの豚バラ肉を塊で焼いて店先で切り売りするこの一品ではない。
検証ハイライト 俗説 → 判定 → 根拠
- 主な説
- 『中国では西周の時点で焼豚が食べられ、八珍の一つ炮豚がそれを指す』『燒乳豬は広東で二千年以上の歴史をもつ』とする起源譚(中文維基『燒乳豬』ほか広…
- 判定
- 諸説あり(対立説を併記)
- 主な根拠
- 反証賈思勰『齊民要術』卷第九「炙法第八十」炙豚法(6世紀・原文全文=維基文庫。「用乳下豚極肥者,豶、牸俱得…以茅茹腹令滿,柞木穿,緩火遙炙,急轉勿住…清酒數塗以發色…取新豬膏極白淨者,塗拭勿住…色同琥珀,又類真金。入口則消,狀若凌雪」=焼く対象を乳下豚=乳飲み子の豚と明記し、串に貫いて遠火で回し焼き、清酒と豚脂を塗って琥珀色の皮に仕上げる手順。所在は卷第九「炙法第八十」=中文維基『燒乳豬』のいう「卷八」ではない〔卷八は菹綠第七十九まで〕)重み5 支持黃氏「燒味的粵語淵源」灼見名家(燒肉=元『貨郎旦』第四折『一簽燒肉』・高文秀『澠池會』楔子、燒鵝=楊顯之『酷寒亭』第三折・李致遠『還牢末』第四折、燒鴨=明『型世言』第26回。個別燒味の語の文献初出を元雜劇=14世紀に同定)重み2
史料が示すこと: 複数の史料が、この通説を支持しない(俗説として退けられる)。 なお「西周八珍『炮豚』起源説(広東の焼豚=二千〜三千年の古料理という深い古層の起源譚)」という通説は一次史料・学術文献で退けられている。
3ゲート
- 食材入手ゲート
- 皮付き豚バラ肉(五花腩)を主役に、塩・酢・五香粉・南乳などで調味。豚は中国在来(黄河流域で前6600年に独立家畜化=Wang et al. 2017)、塩・酢・五香粉の各素材も在来で、外来の律速食材はない。食材ゲートは成立年を縛らない
- 調理技術ゲート
- 皮に無数の針穴をあけ、塩(または塩の衣)と酢で水分を抜き、明炉・挂炉に吊るして炭火で焼き、皮を気泡状にはぜさせて『麻皮』のパリパリに仕上げる脆皮技法。技法自体は乳豬の丸焼きで磨かれたもので近代を待たない=6世紀の『齊民要術』卷第九「炙法第八十」炙豚法(原文は「用乳下豚極肥者」=乳飲み子の豚を指定し、柞木の串に貫いて遠火で回し焼き、清酒と新しい豚脂を塗り重ねて「色同琥珀…入口則消,狀若凌雪」に仕上げる)。それを成豚の五花腩の塊へ転用した点が現行様式。※炙豚法の所在は卷第九であって卷八ではない(中文維基『燒乳豬』の「卷八」は誤り=原文で確認)
- 場ゲート
- 広州・香港の燒臘(焼味)店=店頭に焼き上げた塊肉を吊るし、客の指す分だけ斬件して売る商業業態。乳豬の丸焼きは祭祀・宴席の一頭単位だが、燒腩仔は塊焼き+切り売りで日常の一品となる。順德の料理人が広州へ、清末民初に嶺南人が香港へ移って業態が定着し、戦後に港式燒味として洗練された。律速はこの場(業態)
成立年代と成立ゲート
主役食材は在来で、到来による制約がない。下限の縦線は無く、帯は成立年代を示す。
起源説
諸説併記
燒臘店業態の中で乳豬の脆皮技法を成豚のバラ肉へ転用した近代広東の一品(語のTAQは元代14世紀) C
脆皮燒肉(日本語表記は脆皮焼肉(シウヨッ)。燒肉/燒腩仔/火腩とも)は、皮付きの豚バラ肉を塊のまま炉に吊るして焼き、皮を気泡状にはぜさせてパリパリに仕上げ、斬件して売る広東の焼き物。中文維基『燒豬』は広東の燒味を、原隻(丸ごと)の成豚を焼いて斬件する『燒肉』と…続きを読む
脆皮燒肉(日本語表記は脆皮焼肉(シウヨッ)。燒肉/燒腩仔/火腩とも)は、皮付きの豚バラ肉を塊のまま炉に吊るして焼き、皮を気泡状にはぜさせてパリパリに仕上げ、斬件して売る広東の焼き物。中文維基『燒豬』は広東の燒味を、原隻(丸ごと)の成豚を焼いて斬件する『燒肉』と、大豚の五花腩から肋骨を外して焼く『燒腩』に分類し、いずれも乳豬(5〜6kg)でなく成豚(10〜20kg)を用いる点で燒乳豬と区別する(同出典は丸ごとの燒豬を家庭の慶事・開業祝い・儀式の供物と記す=店頭で斤売りする燒腩仔とは場も流通も別)。ここで注意すべきは語の二義で、本行の別名に置いた『燒肉』は広東・香港の市中で燒腩仔(皮付き豚バラの塊焼き)を指す口語の通称であり、この出典の分類語としての『燒肉』=原隻の成豚とは指す範囲が違う。皮を琥珀色にはぜさせる脆皮の技法自体は近代を待たず、6世紀の『齊民要術』卷第九「炙法第八十」炙豚法が、乳飲み子の豚(用乳下豚極肥者)を柞木の串に貫き遠火で回しながら清酒と新しい豚脂を塗り重ねて「色同琥珀,又類真金。入口則消,狀若凌雪」に仕上げる手順を既に記す。すなわち現行の脆皮燒肉は、乳豬の丸焼きで磨かれた脆皮の技法を、切り売りしやすい成豚のバラ肉塊へ転用したもので、その受け皿は焼味#1778と同じ『燒臘店』という商業業態(中文維基『燒味』=燒味源於順德、順德の料理人が広州へ、清末民初に嶺南人が香港へ移り港式燒味が成立)。食材(豚・塩・五香粉・南乳・醋)はすべて中国在来で外来食材の到来に縛られず、律速は店頭で塊肉を大量に吊るし焼きして切り売りする場(業態)にある。『燒肉』の語としての文献初出は元雜劇=14世紀で、遅くともその頃には中国に『燒肉』と呼ぶ焼き肉があったが、それは広東固有の脆皮燒肉を指す保証がない。単一の発祥を示す一次史料はなく、清末〜民国期の広州で燒臘業態が成熟し戦後香港で定着した窓(1850–1950)で捉えるのが妥当。
- 支持 賈思勰『齊民要術』卷第九「炙法第八十」炙豚法(6世紀・原文全文=維基文庫。「用乳下豚極肥者,豶、牸俱得…以茅茹腹令滿,柞木穿,緩火遙炙,急轉勿住…清酒數塗以發色…取新豬膏極白淨者,塗拭勿住…色同琥珀,又類真金。入口則消,狀若凌雪」=焼く対象を乳下豚=乳飲み子の豚と明記し、串に貫いて遠火で回し焼き、清酒と豚脂を塗って琥珀色の皮に仕上げる手順。所在は卷第九「炙法第八十」=中文維基『燒乳豬』のいう「卷八」ではない〔卷八は菹綠第七十九まで〕) 重み5
- 支持 黃氏「燒味的粵語淵源」灼見名家(燒肉=元『貨郎旦』第四折『一簽燒肉』・高文秀『澠池會』楔子、燒鵝=楊顯之『酷寒亭』第三折・李致遠『還牢末』第四折、燒鴨=明『型世言』第26回。個別燒味の語の文献初出を元雜劇=14世紀に同定) 重み2
- 支持 マカオ政府観光局『脆皮焼肉(クリスピーポークベリー)』(公式アカウントによる日本語レシピ記事。日本語表記を『脆皮焼肉』、広東語読みを『ツイペイシウヨック』と記す=日本語圏でのこの料理の呼称の実在確認) 重み2
- 支持 Siu mei — Wikipedia(英語版・燒味=広東の吊るし焼き肉の総称、燒臘店業態、香港での消費頻度) 重み1
- 支持 燒味 — 維基百科(中文版・燒味源於順德/順德の料理人が広州へ、清末民初に嶺南人が香港へ移り港式燒味が成立) 重み1
- 支持 燒豬 — 維基百科(廣東燒味は燒肉=原隻の成豚を燒いて斬件/燒腩=大豚の五花腩を肋骨を外して燒く、と分類。燒豬10〜20kgに対し燒乳豬は5〜6kgと明記。あわせて丸ごとの燒豬の用途を「用於特殊的家庭事務、開業慶典,或作為儀式上的祭品」=家庭の慶事・開業祝い・儀式の供物と記す〔百科本文=重み1の記述〕) 重み1
反証
西周八珍『炮豚』起源説(広東の焼豚=二千〜三千年の古料理という深い古層の起源譚) D
『中国では西周の時点で焼豚が食べられ、八珍の一つ炮豚がそれを指す』『燒乳豬は広東で二千年以上の歴史をもつ』とする起源譚(中文維基『燒乳豬』ほか広東料理の紹介記事が伝聞形『相信』で流布)。これを現行の脆皮燒肉(日本語表記は脆皮焼肉(シウヨッ)=本行の見出し。燒腩…続きを読む
『中国では西周の時点で焼豚が食べられ、八珍の一つ炮豚がそれを指す』『燒乳豬は広東で二千年以上の歴史をもつ』とする起源譚(中文維基『燒乳豬』ほか広東料理の紹介記事が伝聞形『相信』で流布)。これを現行の脆皮燒肉(日本語表記は脆皮焼肉(シウヨッ)=本行の見出し。燒腩仔=皮付き豚バラ肉の塊焼き)の成立年に読み替える語りが一般化しているが、(1)『禮記・內則』や『齊民要術』が記すのは乳豬=子豚の丸焼きである。『齊民要術』の当該条は原文にあたると卷第九「炙法第八十」の炙豚法で(中文維基『燒乳豬』は所在を「卷八」とするが、卷八は作醬・作酢・脯臘・菹綠第七十九までで炙法を含まない=孫引きの誤り)、冒頭に「用乳下豚極肥者,豶、牸俱得」=よく肥えた乳飲み子の豚を用いよと素材を明示し、腹に茅を詰めて柞木の串に貫き、遠火で絶えず回しながら清酒と新しい豚脂を塗り重ねて「色同琥珀,又類真金。入口則消,狀若凌雪」の皮に仕上げる、一頭丸ごとの焼き方を記す。成豚の五花腩(バラ肉)を塊で焼いて斬件する燒肉/燒腩とは素材も規模も出し方も別物である(中文維基『燒豬』は燒豬10〜20kgに対し燒乳豬5〜6kg、燒肉=原隻の成豚、燒腩=五花腩部分と明記して両者を区別し、丸ごとの燒豬は家庭の慶事・開業祝い・儀式の供物に用いると記す=切り売りの燒腩仔とは流通も場も異なる)。(2)『燒肉』という語の文献初出は元雜劇(無名氏『貨郎旦』第四折『一簽燒肉』ほか)=14世紀であり、西周・漢代の史料が広東のこの料理を指して記録した例は示されていない。(3)仮に古代の炙り豚の証拠があっても、それが示すのは『豚を炙る技法』の古さであって、店頭に吊るして焼き注文の分だけ切り売りする燒臘店の一品としての脆皮燒肉の成立年ではない。技法の古さと料理(商品)の成立を混同する、叉焼#526『周代3000年』説・焼味#1778『唐宋・逾千年』説と同型の起源譚。
- 反証 賈思勰『齊民要術』卷第九「炙法第八十」炙豚法(6世紀・原文全文=維基文庫。「用乳下豚極肥者,豶、牸俱得…以茅茹腹令滿,柞木穿,緩火遙炙,急轉勿住…清酒數塗以發色…取新豬膏極白淨者,塗拭勿住…色同琥珀,又類真金。入口則消,狀若凌雪」=焼く対象を乳下豚=乳飲み子の豚と明記し、串に貫いて遠火で回し焼き、清酒と豚脂を塗って琥珀色の皮に仕上げる手順。所在は卷第九「炙法第八十」=中文維基『燒乳豬』のいう「卷八」ではない〔卷八は菹綠第七十九まで〕) 重み5
- 反証 黃氏「燒味的粵語淵源」灼見名家(燒肉=元『貨郎旦』第四折『一簽燒肉』・高文秀『澠池會』楔子、燒鵝=楊顯之『酷寒亭』第三折・李致遠『還牢末』第四折、燒鴨=明『型世言』第26回。個別燒味の語の文献初出を元雜劇=14世紀に同定) 重み2
- 反証 燒豬 — 維基百科(廣東燒味は燒肉=原隻の成豚を燒いて斬件/燒腩=大豚の五花腩を肋骨を外して燒く、と分類。燒豬10〜20kgに対し燒乳豬は5〜6kgと明記。あわせて丸ごとの燒豬の用途を「用於特殊的家庭事務、開業慶典,或作為儀式上的祭品」=家庭の慶事・開業祝い・儀式の供物と記す〔百科本文=重み1の記述〕) 重み1
- 言及 燒乳豬 — 維基百科(『中國在西周時相信便已有食用燒豬。當時八珍之一的炮豚相信便是指燒豬』『燒乳豬在廣東已有超過二千年的歷史』『南越王墓…烤爐和叉』『齊民要術』卷八炙豚法。深い古層起源譚の流布面) 重み1
解説
針で穴をあけ、皮をはぜさせる
脆皮燒肉(燒肉、燒腩仔、火腩、広東語でシウヨッ)は、皮付きの豚バラ肉——広東で五花腩と呼ぶ部位——を塊のまま炭火で焼き上げた焼き物である。まず皮の面に無数の針穴をあけ、塩あるいは塩の衣を当て、酢を塗って水分を抜く。それを鉤に掛け、明炉・挂炉と呼ばれる炉に吊るして炭火で炙る。焼けるにつれて皮の下の水分が細かな気泡になって皮を持ち上げ、表面は粒立った肌に変わる。広東でいう麻皮である。噛めば皮が音を立てて砕け、その下から脂と肉が続く。焼き上がった塊は俎板に載せて包丁で叩き切り、客が求めた分だけを白飯に添えて売る。
味付けは重くない。塩、酢、五香粉、南乳(発酵させた豆腐)。豚を含めてどれも中国の台所に古くからあるもので、広東の市場ならいつでも揃った。
子豚の技を、バラ肉の塊へ
皮をぱりぱりに焼き上げる技そのものは、この料理より古い。六世紀の農書『齊民要術』の巻九「炙法第八十」に「炙豚法」があり、よく肥えた乳飲み子の豚を用いよと素材を名指ししたうえで、腹に茅を詰め、柞木の串に貫き、遠火にかけて絶えず回しながら焼くと書いている。途中で清酒を何度も塗って色を出し、真っ白な新しい豚脂を塗り重ねる。仕上がりは「色同琥珀,又類真金」——琥珀のような、金にも似た色。「入口則消,狀若凌雪」——口に入れれば溶け、雪のようだという。丸ごとの子豚を焼くこの燒乳豬は、広東の焼き物のなかで、皮付きバラ肉の塊焼きとは別の一品として数えられている。
その燒乳豬と、成豚を使う焼き物とのあいだには、扱う豚の大きさの違いがある。丸焼きにされる子豚は五、六キロ、成豚を焼く燒豬は十から二十キロ。中国語圏の百科事典の「燒豬」の項目は、その成豚の焼き物をさらに二つに分け、丸ごと焼いて斬件するものを「燒肉」、五花腩から肋骨を外して焼くものを「燒腩」と呼んで区別している。ここでいう「燒肉」は分類のうえでの呼び名で、指しているのは丸ごとの成豚のほうである。いっぽう広東や香港の店先で客が「燒肉(シウヨッ)」と言うときに指すのは、その隣の燒腩仔——皮付きバラ肉の塊焼き——であり、この記事が追っているのもそちらの一品にあたる。同じ二文字が、書き手の分類と市中の口語とで違う範囲を指している。
一頭の子豚が丸ごと膳に上がる料理とちがい、成豚のバラ肉を塊で焼いた燒腩仔は、店先に吊るしておいて注文のたびに切り売りできる。その切り売りの舞台になったのが、広東の燒臘店である。順德の料理人たちが広州の街へ出て焼き物の商いを開き、清末から民国にかけて、肉を吊るした店構えが広州に並んだ。同じ頃、嶺南の人々が香港へ渡る。戦後の香港ではそれが港式燒味と呼ばれる商いに育ち、白飯に燒肉を載せた一皿、燒鵝などと盛り合わせた皿が、街の日々の外食として定着した。
もっとも、燒腩仔を最初に売り出した店や年を記した史料には行き着かない。清末から民国の広州で焼き物屋の商いが成熟し、戦後の香港で定着した——およそ百年の幅で捉えるのが、いまのところ穏当なところである。
検証ストーリー
広東の焼き豚を紹介する文章は、しばしば西周まで遡る。「中国では西周の頃にはすでに焼豚が食べられていた。八珍の一つ『炮豚』がそれだろう」「燒乳豬は広東で二千年以上の歴史をもつ」。南越王墓から出土した炉と焼き串が引き合いに出され、二千年、三千年という数字が添えられる。そしてそこから一足飛びに、店先で切り売りされる脆皮燒肉もまた二千年の古料理だ、という語りへ滑っていく。
ただ、その古い書物が記しているのは子豚である。『禮記・內則』の八珍に数えられる炮豚も、『齊民要術』の炙豚法も、乳飲み子の豚を丸ごと火にかける料理を指している。とくに後者は、冒頭に「用乳下豚極肥者,豶、牸俱得」——よく肥えた乳飲み子の豚を用いよ、雄でも雌でもよい——と素材を書き出したうえで、腹に茅を詰めて串に貫き、遠火で回しながら清酒と豚脂を塗り重ねて琥珀色の皮に仕上げる手順を続ける。一頭を丸ごと扱う焼き方であって、部位の話は出てこない。丸ごとの子豚を焼く燒乳豬と、成豚の五花腩を塊で焼いて叩き切る燒腩仔とは、豚の大きさも使う部位も、客への出し方も別のところにある。中国語圏の百科事典の記述でも、十から二十キロの成豚を焼く燒豬と、五、六キロの子豚を焼く燒乳豬は分けて説明されている。そのうえ丸ごとの燒豬は家庭の慶事や開業祝い、祭祀の供物として供されるもので、店先で斤売りされる燒腩仔とは出ていく場も違う。西周や漢代の史料が広東のこの一品を書き留めた例は、示されたことがない。
その炙豚法を、中文版ウィキペディアの「燒乳豬」の項目は『齊民要術』の「卷八」として引いている。だが卷八に入っているのは醬や酢、脯臘、そして菹綠第七十九までで、炙法は次の卷第九「炙法第八十」にある。原文にあたれば、所在が卷第九であることも、冒頭の一行が「乳下豚」と書いてあることも、同時に見えてくる。
「燒肉」という言葉そのものの現れも、西周には遠く及ばない。粤語の語彙の来歴をたどった論考は、この語の文献初出を元代の雑劇に置いている。無名氏『貨郎旦』第四折の「一簽燒肉」、高文秀『澠池會』の楔子——十四世紀である。燒鵝は元の雑劇『酷寒亭』第三折に、燒鴨はやや降って明の小説『型世言』第26回に見える。遅くともその頃には、中国に「燒肉」と呼ぶ焼き肉があった。ただし言葉が指す中身までは書かれておらず、広東の炉で皮をはぜさせた脆皮燒肉のことだとは限らない。
二千年の由緒として語られてきたものは、豚を火で炙るという技の古さ、そして丸ごとの子豚を焼く別の料理の古さだった。皮に針を打ち、成豚のバラ肉を吊るして焼き、店先で量り売りするという形が広東で整うのは、燒臘店が街に並んだ清末以降のことである。その形がどの店で始まったのかを記した史料は、いまのところ見あたらない。
検証ログ 追記専用の監査証跡
| 日付 | 結果 | 確度 | 主張 / 出典 | 更新者 |
|---|---|---|---|---|
| 2026-07-15 | None | —→— |
網羅リスト取り込み時の代表出典(研磨の出発点)
|
PDM |
| 2026-07-26 | 反証 | 未入力→D |
脆皮燒肉(広東の燒肉)は西周八珍の『炮豚』に遡り、広東で二千年以上の歴史をもつ
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polisher-1 |
| 2026-07-26 | 反証 | D→D |
古代史料の焼豚(炮豚・炙豚・燒乳豬)と現行の燒肉/燒腩仔は同一の料理である
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polisher-1 |
| 2026-07-26 | 支持 | 未入力→C | polisher-1 | |
| 2026-07-26 | 支持 | C→C |
現行の脆皮燒肉の成立を律速するのは、順德→広州→香港と移った燒臘店という商業業態(場ゲート)である
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polisher-1 |
| 2026-07-26 | 支持 | C→C |
料理名の実在確認:『燒肉(siu yuk)』は広東・香港で現用の実在する料理名で、燒腩仔/脆皮燒肉/火腩と同一物を指す
|
polisher-1 |
| 2026-07-30 | 反証 | D→D |
『齊民要術』(6世紀)が記す焼豚は、現行の燒肉/燒腩仔と同じ「成豚の五花腩(バラ肉)の焼き物」である
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polisher-1 |
| 2026-07-30 | 反証 | D→D | polisher-1 | |
| 2026-07-30 | 支持 | C→C |
皮を琥珀色にはぜさせる脆皮の焼き方は6世紀には既に成立しており、その対象は乳豬(子豚)の丸焼きだった=現行の脆皮燒肉はその技法を成豚のバラ肉塊へ転用したもの
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polisher-1 |
| 2026-07-30 | 支持 | C→C |
本行の別名『燒肉』は市中で燒腩仔(皮付き豚バラの塊焼き)を指す口語の通称であり、出典が分類語として使う『燒肉』=原隻(丸ごと)の成豚とは指す範囲が違う(同語二義)
|
polisher-1 |
| 2026-07-30 | 支持 | C→C |
丸ごとの燒豬(および燒乳豬)は家庭の慶事・開業祝い・儀式の供物として供され、店頭で斤売りされる燒腩仔とは用途・流通の場が異なる
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polisher-1 |
| 2026-07-31 | 支持 | C→C |
料理名の実在確認と見出しの誤読リスク:本行の実体(皮付き豚バラの吊るし焼き)の日本語圏での通用表記は『脆皮焼肉』(広東語読みシウヨッ)であり、旧見出しの頭語『焼肉』は日本語のヤキニク(朝鮮系の網焼き肉)と同綴りで別料理に読まれる
|
polisher-1 |
構成素材
この料理を構成する素材の成立史へ。
関連する料理
系統 家族・前史・変種
主役食材を共有(豚肉)
- とんかつ日本説C
- タコス・アル・パストールメキシコ説B
- フェイジョアーダブラジル説B
- BBQリブ(バーベキュー・リブ)米国南部説C
- 小籠包上海(中国・南翔)説C
- カリーヴルストドイツ・ベルリン説B
- 二度調理の豚肉再加熱(回鍋肉の前史)中国(四川)説C
- ラープラオス・イサーン地方説C
- チチャロンペルー/中南米説B
- チチャロン(メキシコ)メキシコ説B
- チチャロン(コロンビア)コロンビア説B
- 包子中国説C
- コチニータ・ピビルメキシコ・ユカタン半島説C
- レチョンフィリピン(セブ等)説C
- サーロウクライナ説C
- バクテー(肉骨茶)シンガポール説C
- ゴロンカポーランド説C
- ジャイロ(ギリシャ)ギリシャ説B
- アイスバインドイツ・ベルリン説C
- シュヴァイネハクセドイツ・バイエルン説C
- 日本式回鍋肉日本説B
- マンチャマンテレスメキシコ・プエブラ説C
- ペルニルプエルトリコ説C
- チョリパンアルゼンチン(ラプラタ地域)説C
- 叉焼中国・広東省説C
- プルドポーク米国南部説B
- カルニータスメキシコ説B
- アロジャード・デ・チャンチョチリ説B
- ブティファラキューバ説B
- カラプルクラペルー説B
- クランスカ・クロバサスロベニア説B
- チャモロ・ポークソーセージグアム説B
- 叉焼包中国(広東・香港)説C
- フリタンガコロンビア説B
- アヤカベネズエラ説B
- ユット・マット・ガーデボーネンルクセンブルク説C
- カツ丼日本説C
- ケバプチェブルガリア説C
- コントソウヴリギリシャ説C
- チェーオーミャンマー説C
- メディアノーチェCuba説C
- メディスターソーセージデンマーク説B
- モルシージャアルゼンチン説B
- ムツヴァディジョージア説C
- ナカタマルニカラグア説B
- サイウア(ラオス)説C
- サイウア(タイ・チェンマイ)説C
- 湯包(タンパオ)中国(江蘇)説C
- トヘズモブラジル説B
- ホールホッグ・バーベキュー米国(ノースカロライナ州)説B
- オスマンの炒め・保存肉(kavurma・トマトとピーマン以前)ブルガリア説B
- 室蘭やきとり日本・室蘭説C