食文化圏 / 東アジア

中国・広東華南料理の成立史

東アジアの食文化圏「中国・広東華南」に属する料理 22 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。

この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)

この圏に特徴的な食材全圏平均より偏って多く現れる律速食材(=この圏に特徴的な素材)。汎用食材は突出しないので外れます。

  • 全圏平均の約 5.89 倍・3 品で律速(=この圏で偏って多く使われる食材)。

成立年代の分布成立年代の分布(最古 511 年〜最新 1984 年)。

  • 中世 3
  • 近世 5
  • 近代 7
  • 現代 6

食材は在来か外来か律速食材が在来(もとから現地にあった)か、外来(交易・開国・植民地交易などで届いた)かの比率。

在来 3 外来 5

所属する料理 22

  • 定番 ごま団子(煎堆) 中国・広東省 ?–1504 時C説C

    ごま団子(煎堆)は、もち米の粉の生地に餡を包み、胡麻をまとわせて揚げる広東の菓子。唐の都に始まるとよく語られるが、油で揚げる団子菓子は唐より四百年ほど早く三国魏の書物に現れ、唐の宮廷で揚げられていた団子の生地は小麦だった。

  • 定番 炒麺 中国・広東省 1000–? 時C説C

    英語名 chow mein の文字が現れるのは1890年代だが、それはこの炒め麺が19世紀の新顔だという意味ではない。英語名の登場は料理が海を渡った時点の記録であって、料理そのものが生まれた時ではない。

  • 定番 焼売(シューマイ) 中国・広州 1300–1368 時B説B

    焼売の名の由来として「フフホトの兄弟が分家のとき『ついでに売る(捎卖)』ものとして名付けた」という伝説が語られる。だがその名は、伝説が始まる三百年も前の十四世紀の記録にすでに現れている。

  • 定番 叉焼 中国・広東省 1600–1900 時C説C

    叉焼が三千年前、周王朝の宮廷レシピ書に載っていた——広く語られるこの由緒には、それを支える古い書物がどこにも見当たらない。後世に膨らんだ起源伝説である。実際の叉焼は、広東の焼き物屋が育てた比較的新しい焼き豚だ。

  • 定番 酢豚 中国・広東省 1800–? 時C説C

    酢豚という名は日本での呼び名で、1950年代に定着したものである。骨なしの角切り豚を甘酢あんでからめるあの姿は、清代の広州で、骨を嫌う欧米人の客に合わせて生まれた広東料理(咕嚕肉)にさかのぼる。

  • 定番 飲茶(点心) 中国(広東・香港) 1800–? 時B説B

    飲茶は、茶を飲みながら蒸し餃子や饅頭などの点心をつまむ広東の食事様式である。唐代のシルクロードの茶屋にさかのぼるとよく語られるが、この様式が形をとったのは19世紀清末、広州の茶楼だった。

  • 定番 腸粉 中国・広州 1900–1940 時B説C

    腸粉を唐代の高僧が生み、清の乾隆帝が「豚腸に似る」と名づけた——広く語られるこの起源譚は、地方志に確かな典拠がなく、文献の初出ともかみ合わない、後世の作り話である。

  • 定番 エッグタルト 香港 1920–1960 時B説B

    香港・マカオの名物**エッグタルト**は、外見のよく似たポルトガルの**パステル・デ・ナタ**がマカオを経て伝わったもの、と語られることが多い。だが香港の**蛋撻(だんたっ)**は英国のカスタードタルトを広東で作りかえた菓子で、マカオのポルトガル式より数十年早い、まったく別系統の一皿である。

  • 定番 蝦餃 中国・広州 1920–1940 時B説C

    透けて中身が見える皮に川エビを包み、十数本の細い襞を寄せた広州飲茶の点心。広州近郊・五鳳村の茶楼で生まれたという発祥譚が広く語られるが、その話が文字になった最も古い典拠は二〇〇〇年代のコラムと報道で、語られる出来事から八十年ほど後に書き留められた口伝である。

  • 羅漢斎 中国・広東省 511–1119 時C説C

    材料が十八種に及ぶのは十八羅漢にちなむ——羅漢斎の名はそう説明されることが多い。だが現存する最も古い用例で羅漢齋が指していたのは、材料の数ではなく、僧に供する菜食の膳そのものだった。

  • 燒鴨 中国(広東・香港) 1500–1917 時C説C

    明清の文献に「燒鴨」の二文字は繰り返し現れる。だがその語は、北京の填鴨(いまの北京ダック)、江南の店売り惣菜、広東の吊るし焼きと別々の一皿に掛かっており、古い用例をそのまま広東の燒鴨の記録と読むことはできない。

  • 燒鵝 中国(広東・香港) 1500–1850 時C説C

    広東の燒鵝には「南宋の宮廷で燒鵝を焼いていた料理人が崖門の敗戦で落ち延びて伝えた、700年の歴史をもつ」という有名な起源話がある。だがその話が土台にする「広東には鴨がいないので鵝で代用した」という筋書きは、鵝の焼き物と鴨の煮物を並べて売っていた南宋の都の記録と噛み合わない。

  • 白切鶏 中国・広東省 1600–1900 時B説C

    茹でただけの鶏を切り分け、生姜と葱で食べる広東の白切鶏。素っ気ないほど簡素なこの一皿には誰かの発明譚がなく、戦国時代までさかのぼるという古い言い伝えも、史料をたどると足元が崩れる。

  • 文昌鶏飯 中国・海南省文昌 1700–1900 時B説C

    東南アジアで広く知られる海南鶏飯(ハイナンチキンライス)の祖型が、中国・海南島の文昌に伝わる郷土料理、文昌鶏飯である。

  • 焼味(広東式ロースト) 中国(広東・香港) 1850–1950 時C説C

    広東・香港の店先に吊るされた燒肉や燒鵝は「千年以上の歴史をもつ」と語られてきた。南宋の都には確かに燒肉も蜜掛けの焼き物も肉を吊るして切り売りする店もあったが、それは江南の記録であって、広東の燒臘店が唐宋にあったことを記した史料は一つも無い。

  • 脆皮焼肉(シウヨッ) 中国(広東・香港) 1850–1950 時C説C

    広東の焼き豚・脆皮燒肉は西周の宮廷料理「炮豚」に遡り、二千年以上の歴史をもつ——そう語られてきた。だが古い書物が記しているのは丸ごと炙った子豚で、皮付きの豚バラ肉を塊で焼いて店先で切り売りするこの一品ではない。

  • 雲呑麺 中国・広州 1850–1950 時B説C

    広州の名物、雲呑麺。エビ入りのワンタンとコシの強い細麺を澄んだスープに合わせたこの一杯は、古くからの点心が広東の麺と出会い、清の時代に今の姿へと整った。

  • 叉焼包 中国(広東・香港) 1880–1930 時C説C

    叉焼包は1500年前の諸葛亮の饅頭伝説にさかのぼり、シルクロードを行く旅人の携行食だった——そう語る起源話には、同時代の史料の跡がない。この蒸し包は清末民初の広州の茶樓で生まれた近代の点心で、客寄せに原価を割って大盤振る舞いをする「賣大包」の商いのなかで、一九二〇年代に看板点心の座へ押し上げられた。

  • 香港式フレンチトースト 中国(広東・香港) 1945–1952 時B説B

    「フレンチトースト」を名乗るのにフランス生まれではない。香港の西多士は、戦後の茶餐廳が西洋の食を大衆の味へ作り替えるなかで生んだ、まぎれもない香港の料理である。

  • エッグワッフル(鶏蛋仔) 中国(広東・香港) 1950–? 時B説C

    エッグワッフル(鶏蛋仔)は、蜂の巣状の型で球のつぶを連ねて焼く香港の街頭菓子である。割れた卵を捨てるに忍びず生まれたという逸話が知られるが、これを支える当時の記録は見当たらず、誰がいつ最初に焼いたのかは今もわかっていない。

  • 楊枝甘露 中国・広東省 1984–1990 時B説C

    マンゴーとポメロ、サゴを冷たいココナッツミルクに浮かべた広東の甘味、楊枝甘露。40年ほど前に生まれたばかりの新しい菓子なのに、その誕生の年も発案者も、いまだ諸説が入り乱れる。

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