食文化圏 / サブサハラ
西アフリカ料理の成立史
サブサハラの食文化圏「西アフリカ」に属する料理 11 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。
この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)
律速になりがちな食材成立を決めた律速食材として現れた回数(料理数)。
食材が届いた経路律速食材の到来経路(channel)の傾向。在来=もとから現地にあった食材。
成立年代の分布成立年代の分布(最古 1400 年〜最新 1900 年)。
起源説の確度起源説の固さ(A=構造的必然〜D=要検証)の内訳。C/D は諸説・反証ありの料理。
所属する料理 11
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定番 マアフェ
セネガル(西アフリカ) 1850–1900
時B説C
米飯にとろりとしたピーナッツとトマトの煮込みをかける西アフリカの日常食、マアフェ。その濃厚なソースは、新大陸からこの地に渡った落花生が交易で広まった時代に育った料理である。源流をめぐっては、セネガルとマリの近縁の煮込みが寄り添うように語られる。
- アカラ ナイジェリア(ヨルバ圏) 1400–1600 時B説C
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エグシスープ
ナイジェリア(西アフリカ) 1500–1900
時C説C
ナイジェリアのエグシスープは、ウリ科の種をすり潰してとろみと旨味を出す、西アフリカの古い家庭料理だ。料理そのものは植民地以前から土地に根づいていたが、その原料の種の一部については「もしかすると新大陸から来たのでは」という問いが、植物学の側から投げかけられている。
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モイモイ
ナイジェリア(西アフリカ) 1500–1900
時C説C
ナイジェリアの蒸し豆プディング、モイモイ。その主役ササゲ豆は西アフリカに昔から自生する作物で、この料理は新大陸の食材を待つことなく成り立つ古い在来食である。ヨルバの人々を起源とする見方が広く受け入れられているが、この特定の料理がいつ生まれたかを古い記録が証明しているわけではない。
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フフ
西アフリカ・中央アフリカ 1550–1900
時B説C
フフはキャッサバの料理として知られるが、搗いて作る主食という形そのものは、新大陸キャッサバが来るより前から在来ヤムで成立していた——キャッサバはその古層に後から組み込まれた素材にすぎない。
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マフェ
西アフリカ(セネガル・マリ等) 1600–1900
時B説C
西アフリカの落花生シチュー「マフェ」は、しばしばアフリカの古い伝統料理として語られる。だが落花生そのものが大西洋を渡ってこの地に届いたのは16世紀のことで、いまのマフェはそれ以前の在来豆の煮込みとは別の段階に立っている。
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スヤ
ナイジェリア(ハウサ圏) 1700–1900
時B説C
ナイジェリアのハウサ圏で生まれた串焼き肉スヤ。「1852年に発明された」という年つきの起源説が広く出回っているが、これを裏づける史料はどこにもなく、本記事はその年代説を退ける。
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ジョロフライス
西アフリカ 1800–1950
時A説C
西アフリカ各国が「本家」を競うジョロフライスだが、その祖型はセネガル・ウォロフ族の米料理であり、いまの赤いジョロフ自体はトマト・唐辛子が大西洋を渡って普及した19世紀以降の比較的新しい料理である。
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チキンヤッサ
セネガル 1850–1950
時B説C
セネガルを代表するチキンヤッサは、レモンと玉ねぎで鶏をマリネして焼き煮込む一皿で、その故郷と名前の由来には複数の説が並び立つ。
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ティエブジェン
セネガル 1850–1900
時B説C
セネガルの国民食ティエブジェンは、魚と米を一つの鍋で炊き上げる料理である。だが、その赤い味の核をなすトマトは、もともと西アフリカにはなかった。海をこえてトマトが届き、植民地の経済が安い砕き米を流し込んだあとに、ようやくこの料理は生まれている。
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ケジェヌ
コートジボワール 1900–1960
時C説B
コートジボワール中部のバウレ族が伝える鶏の蒸し煮ケジェヌは、密閉した土鍋を炭火の上で揺すり続ける動作にその名を負う。バウレ族の移住とともに同じ姿で運ばれてきたように語られるが、いま食卓にのぼるトマト色の煮込みは、新大陸の野菜が西アフリカに根づいてから整った後年の様式である。