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レッドレッド 時期 C起源説 B検証済

確度は2軸: 時期=成立時期の固さ/起源説=発祥譚(説)の固さ(A〜Dの4段階・別々に持つ)。確度とは?→

Ghana ・ 在来食材による古い西アフリカ豆料理の系譜(核となる食材はBC2千年紀まで遡りうる)。ただし『レッドレッド』の名称・現行形の文献初出は不詳で、20世紀に一般化した近代の家庭・街の庶民料理として認知される。成立年の確定は困難。 ・ 主役食材 ササゲ豆

記章(DB由来の作図・装飾/監修・認証ではない)|起源説確度B・検証済B記章(DB由来の作図・装飾)

ガーナの家庭料理レッドレッドは、黒目豆を赤パーム油で煮て、こんがり揚げた完熟プランテンを添えた一皿。名の「赤」はトマトの赤――と思われがちだが、実際は赤パーム油と揚げプランテンの赤に由来する。

3ゲート

食材入手ゲート
主役のササゲ(黒目豆)と赤パーム油は西アフリカ在来で、いずれも中部ガーナの考古植物学的証拠がある(ササゲBC1460=D'Andrea et al. 2007/アブラヤシ内果皮3600–3200BP≒BC1650–1250=Logan & D'Andrea 2012)。プランテンは東南アジア由来で在来ではないが渡来は古く(中央アフリカの植物珪酸体~2500BP、言語証拠では3000BP以前の西アフリカ到達説)、大西洋交易以前に定着済み。したがって核『パーム油煮豆』は新大陸食材に律速されない。現行で加わるトマト(西アフリカ~1850)・唐辛子(~1550)は新大陸食材だが必須でなく(菜食版あり・名称の赤はパーム油由来)律速しない。
調理技術ゲート
豆を煮る/赤パーム油で炒め煮る/完熟プランテンを揚げる、いずれも在来の基礎調理で技術ゲートなし。
場ゲート
大衆の日常・家庭料理(『貧者の食 poor man's food』と称される庶民食)。宮廷起源でない土着食。

検証メモ: 核(黒目豆+赤パーム油+揚げプランテン)は大西洋交易以前から西アフリカに定着(ササゲ・アブラヤシは在来で中部ガーナに考古植物学的証拠/プランテンは東南アジア由来だが渡来は古い)で新大陸食材の律速なし。トマト・唐辛子は新大陸由来の非必須追加。名称の赤=赤パーム油。前史分離の要否はlog-progress参照。

起源説

定説

西アフリカ在来のパーム油豆料理(Ga/GaDangme起源) B

レッドレッドは黒目豆(ササゲ Vigna unguiculata)を赤パーム油(zomi)で煮て揚げプランテンを添えるガーナの家庭料理で、Ga(GaDangme)の人々の料理とされる。名称は赤パーム油と揚げ完熟プランテンの『赤』に由来する。核となる3食材はいず…続きを読む

レッドレッドは黒目豆(ササゲ Vigna unguiculata)を赤パーム油(zomi)で煮て揚げプランテンを添えるガーナの家庭料理で、Ga(GaDangme)の人々の料理とされる。名称は赤パーム油と揚げ完熟プランテンの『赤』に由来する。核となる3食材はいずれもヨーロッパ接触以前から西アフリカに定着している。ササゲは中部ガーナで約BC1460の栽培型が出土(D'Andrea et al. 2007, Antiquity)。アブラヤシは同じ中部ガーナの Kintampo 期遺跡(K6・B-sites)で3600–3200BP(≒BC1650–1250)に内果皮が集中的に出土し果実利用の定着が示される(Logan & D'Andrea 2012, Quaternary International)。プランテン(Musa AAB)だけは東南アジア由来の栽培植物で西アフリカ在来ではないが渡来は古く、中央アフリカ(カメルーン Nkang)の植物珪酸体で約2500BP(Mbida et al. 2001)、言語・植物学的証拠からは3000BP以前の西アフリカ到達が論じられる(Blench 2009。それ以上に古い年代の主張は論争的)。いずれも大西洋交易以前に定着しており、『パーム油で煮た豆』という核は新大陸食材に律速されない。現行で一般的に加えるトマト(西アフリカ渡来~1850・新大陸)や唐辛子(~1550)は新大陸食材だが必須でなく(菜食版も存在し名称の赤はパーム油由来)、料理の同一性を律速しない。特定の創始者・年代の伝承はなく、対立する起源説も無い。

解説

レッドレッド(Red Red)は、ガーナで日々食べられる豆料理である。黒目豆(ササゲ)を赤パーム油でとろりと煮て、黄金色から赤みを帯びるまで揚げた完熟プランテンを添える。ガーナ南部のガ(GaDangme)の人々の食卓に根づいた料理として知られ、家庭でも街の食堂でも並ぶ、大衆の日常食だ。

この一皿の芯をなす三つの素材――黒目豆、赤パーム油、プランテン――は、いずれも西アフリカに古くからある作物である。黒目豆(ササゲ)は中部ガーナで紀元前1460年ごろの栽培型が出土しており、土地に根づいた古い豆だ。赤パーム油はガーナで紀元前1600年ごろの考古植物学的な痕跡が知られ、プランテンも西アフリカで紀元前1000年ごろにさかのぼる。「パーム油で煮た豆に揚げプランテンを添える」という核は、土地に根づいた在来の素材だけで組み上がっていた。

調理も、豆を煮る、赤パーム油で炒め煮る、完熟プランテンを揚げるという、いずれも西アフリカの基礎的な手わざでまかなえる。特別な道具も新来の技術も要らない。

ただし、「レッドレッド」という名がいつ生まれ、いまの形にいつ定まったのかを記した文献は見つかっていない。特定の考案者も、いつ誰が作りはじめたという言い伝えもない。芯となる素材は紀元前2千年紀までさかのぼりうるが、この名で呼ばれる庶民料理として広く認知されるのは20世紀に入ってからで、成立の年を一点に定めるのは難しい。

検証ストーリー

レッドレッドと聞いて、多くの人はトマトで赤く煮込んだ豆を思い浮かべる。いまのガーナの台所では、トマトや唐辛子を加えて仕立てることが多いからだ。名前の「赤」もそのトマトの色――そう考えるのは自然に思える。

だが、名の由来をトマトに求めるのは無理がある。決め手は、トマトを使わない菜食版のレッドレッドが現に作られていて、それでもこの料理が「赤い」ままだという事実だ。黒目豆を赤パーム油で煮ればそれだけで深い赤に染まり、そこに黄金色から赤みを帯びるまで揚げた完熟プランテンが重なる。名の「赤」は、この赤パーム油(ガの言葉でzomi)と揚げプランテンの色なのである。

トマトも唐辛子も、もとは新大陸の作物で、西アフリカに入ったのは比較的新しい。ケンブリッジの学術誌 History in Africa に載った西アフリカへの作物渡来史の研究によれば、トマトが西アフリカで栽培された証拠は19世紀以前になく、渡来はおよそ1850年ごろ。唐辛子の到来も16世紀半ばにくだる。いま鍋に加えられることの多いこの二つは、風味を足す近代の脇役として後から入ってきたのであって、料理を「レッドレッド」たらしめる赤ではない。

一方、名の芯をなす赤パーム油と黒目豆は、この地にずっと古くからある。中部ガーナの遺跡からは紀元前1460年ごろの栽培型ササゲが出土しており(D'Andrea ほか、2007年、Antiquity 誌)、豆を赤パーム油で煮る取り合わせは、土地に深く根を張った古いものである。

検証ログ 追記専用の監査証跡

日付結果確度主張 / 出典更新者
2026-07-15 None —→—
網羅リスト取り込み時の代表出典(研磨の出発点)
PDM
2026-07-23 支持 None→B
主役の黒目豆(ササゲ Vigna unguiculata)は中部ガーナで約BC1460に栽培型が考古学的に出土=西アフリカ在来。赤パーム油(ガーナBC1600)・プランテン(西アフリカBC1000)も在来で、核『パーム油煮豆』は外来食材に律速されない在来料理。
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2026-07-23 支持 B→B
名称『レッドレッド』は赤パーム油(zomi)と揚げ完熟プランテンの赤に由来。Ga(GaDangme)の料理とされ、菜食版も存在しトマトは必須でない。
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2026-07-23 支持 B→B
トマトは19世紀以前に西アフリカで栽培された証拠がなく(渡来~1850)、唐辛子も新大陸食材(~1550渡来)。したがって料理名の定義的な『赤』は在来の赤パーム油であって、トマト・唐辛子は近代の非必須追加である。
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2026-07-25 支持 B→B
赤パーム油(アブラヤシ Elaeis guineensis)のガーナにおける古さ=中部ガーナ Kintampo 期遺跡(K6・B-sites)で3600–3200BP(≒BC1650–1250)に内果皮が集中的に出土し果実利用が定着していた
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2026-07-25 支持 B→B
プランテンは東南アジア由来の栽培植物で西アフリカ在来ではない。ただしアフリカ渡来は古く、言語・植物学的証拠からは3000BP以前の西アフリカ到達が論じられる(=大西洋交易以前に定着)
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2026-07-25 支持 B→B
アフリカにおけるプランテンの直接の考古植物学的物証は中央アフリカ(カメルーン Nkang)の植物珪酸体で約2500BP
polisher-1

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構成素材

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