食材から辿る / 在来

チーズ 素材 時期 B検証済

成立年代 前5500〜

チーズが、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。

3ゲート

食材入手ゲート
家畜化(ウシ・ヤギ・ヒツジ乳)=原料乳の入手が前提
調理技術ゲート
乳の凝固・分離(チーズ製造)。穿孔土器の乳脂残渣で確認
場ゲート
家庭・牧畜社会=加工成立と同年

チーズはどこから広がったか

チーズは、搾ったままの乳ではなく、乳を固めて水を切るという一手間の先にある食べものである。原料になる乳を得るには、まず乳の出る家畜がいなければならない。ウシ・ヤギ・ヒツジが人の手で飼われるようになったのは近東でのことで、その乳を利用していた痕跡は、北西アナトリアや南東ヨーロッパの新石器時代の土器から見つかっている。土器の壁に染み込んだ乳の脂肪を化学分析した研究(エヴァシェッドらの2008年の報告)は、紀元前7千年紀にはこの一帯で乳が使われていたことを示した。バルカン半島でも紀元前6000年ごろには乳の利用が営まれている。

ただし、乳を使っていたことと、チーズを作っていたことは同じではない。乳を飲む・煮る・ヨーグルトのように発酵させる——どれも土器には同じような脂肪の跡を残す。チーズだと言い切るには、固まった乳から水分(ホエー)を分ける道具の跡が要る。

北の湖沼地帯に残った穴あき土器

その決め手になったのが、ポーランド北部クヤヴィア地方の新石器時代の遺跡から出土した、小さな穴を無数に開けた土器だった。表面に残る脂肪を分析した研究(サルクらの2013年の報告)は、この穴あき土器に乳の脂肪だけが濃く残っていることを突き止めた。穴から水気を落として固形分を残す——チーズを漉す濾し器の働きである。年代は紀元前5500年ごろにさかのぼり、いまのところ、チーズ作りとはっきり言える最も古い物証はここにある。ふるさとが近東の乳文化にあって、その加工の証拠が北ヨーロッパの湖沼地帯で先に見つかったのは、道具のほうが痕跡を残しやすかったからでもある。

乳は搾ればすぐ傷むが、固めて水を切れば日持ちする。夏に搾った乳を冬まで食べられる形に変えるこの技は、家畜とともに歩く暮らしのなかで手放せないものになった。

地中海の常食へ

ヨーロッパの南では、チーズは早くから土地の食べものになっていた。イタリア半島では紀元前1世紀にはすでに日常の食材として定着しており、のちの各地の名物チーズはいずれもこの古い層の上に育っている。乳のまま運べない土地でも、固めてしまえば市へ持っていける。チーズは山の牧場と町の市場をつなぐ品物でもあった。

牛とともに大西洋を渡る

アメリカ大陸にチーズは無かった。乳を出す家畜そのものがいなかったからである。この食べものが新大陸へ渡るのは、スペイン人が牛や羊を船に積んでからのことで、メキシコには征服の直後、1521年ごろから乳と製法が持ち込まれた。ペルーには1540年ごろ、コロンビアやベネズエラの高地には1542年ごろ、パラグアイには1556年ごろと、入植の広がりに沿ってチーズ作りが伝わっていく。ブラジルの内陸では、ポルトガル系の入植と牧畜の定着を経て、18世紀半ばにはミナスをはじめとする地方のチーズが土地の産物になった。移り住んだ人々は、家畜と一緒に、乳を固める手つきを運んでいったのである。

各地への伝来 8

各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。

  • 前6500〜前5500頃 バルカン半島 在来
  • 前5600〜前5200頃 ポーランド 在来加工
  • 前100頃 イタリア 在来加工
  • 1521〜1550頃 メキシコ 新大陸交換
  • 1532〜1560頃 ペルー 植民地交易
  • 1534〜1750頃 ブラジル 植民地交易
  • 1537〜1600頃 パラグアイ 植民地交易
  • 1542〜1600頃 コロンビア・ベネズエラ 植民地交易

チーズの到来が成立を縛った料理 7

チーズが届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。

チーズを使う料理 42

成立年不明 2

成立の下限(いつ以降か)が史料から決まらない料理。年代順には置けないのでここへ分けた ── いちばん古いという意味ではない。 「遅くとも◯年までに」はその年までに存在したことが押さえられているという意味で、その年に成立したという意味ではない。

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