食材から辿る / 在来

キャベツ 素材 時期 C検証済

成立年代 1300〜

キャベツが、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。

3ゲート

食材入手ゲート
栽培化(Brassica oleracea/地中海〜西欧海岸の野生種。結球キャベツは中世北欧で成立・約1300年)
調理技術ゲート
生食・加熱=食材入手と同年
場ゲート
家庭=食材入手と同年

キャベツはどこから広がったか

キャベツのもとになる野生の植物(Brassica oleracea)は、地中海沿岸から西ヨーロッパの海岸に生えている。潮風の当たる崖に育つ、葉の厚い草である。この一種の草から、人はキャベツ、カリフラワー、ブロッコリー、ケール、芽キャベツと、見た目のまるで違う野菜を作り分けてきた。どれも同じ種で、人がどの部分を大きくするかを選び続けた結果である。葉を食べるかたち——巻かない葉キャベツ——はギリシア・ローマの時代から知られ、古くからある野菜だった。

葉が球になる

いま台所でキャベツと呼ばれる、葉が幾重にも巻いて硬い球になるかたちは、それより新しい。結球するキャベツが成立するのは中世の北ヨーロッパで、ドイツで11世紀から14世紀、イギリスで14世紀ごろのことである。

球になったことには実際の利点があった。巻いた葉は水分を抱えたまま長くもち、まるごと貯蔵でき、刻んで塩を打てば漬けものになる。冬の長い土地ほど、この性質は重い意味を持った。11世紀の東スラヴ圏では、すでにキャベツを煮た汁ものがあったと伝えられる。13世紀から14世紀にかけては、ポーランド、ウクライナ、バルカン半島、アルザスへと結球キャベツが広がった。アルザスではこれを細く刻んで乳酸発酵させる漬けものが根づき、東欧では樽に漬け込んだキャベツが冬じゅうの副菜になった。北欧にも中世のうちには届いているが、そこで日々の野菜になるのはずっと後で、広く食べられるようになるのは20世紀のはじめである。

開国とともに

東の端に届いたのはずっと遅い。日本にキャベツが野菜として入るのは開国のあとで、1875年前後、明治のはじめに栽培が始まった。地中海の崖の草から出発し、北の冬を越すために球になったこの野菜は、そうして最後に太平洋の側へ届いたのである。

各地への伝来 7

各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。

  • 900〜1073頃 東スラヴ圏 在来在地栽培
  • 1000〜1400頃 バルカン半島 在来
  • 1100〜1400頃 アルザス 在来
  • 1100〜1400頃 ウクライナ 在来在地栽培
  • 1100〜1400頃 ポーランド 在来在地栽培
  • 1200〜1900頃 北欧 在来
  • 1868〜1900頃 日本 日本開国在地栽培

キャベツの到来が成立を縛った料理 10

キャベツが届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。

キャベツを使う料理 22

成立年不明 1

成立の下限(いつ以降か)が史料から決まらない料理。年代順には置けないのでここへ分けた ── いちばん古いという意味ではない。 「遅くとも◯年までに」はその年までに存在したことが押さえられているという意味で、その年に成立したという意味ではない。

  • コジード ポルトガル 遅くとも 1693 年までに

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