食文化圏 / ラテンアメリカ
アンデス北料理の成立史
ラテンアメリカの食文化圏「アンデス北」に属する料理 37 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。
この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)
この圏に特徴的な食材全圏平均より偏って多く現れる律速食材(=この圏に特徴的な素材)。汎用食材は突出しないので外れます。
成立年代の分布成立年代の分布(最古 前2500 年〜最新 1983 年)。
食材は在来か外来か律速食材が在来(もとから現地にあった)か、外来(交易・開国・植民地交易などで届いた)かの比率。
在来 2 外来 21
所属する料理 37
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定番 バンデハ・パイサ
コロンビア 1900–1990
時B説C
山盛りの豆と米、揚げ豚皮に目玉焼き――コロンビアを代表する大皿定食バンデハ・パイサは、実は19世紀からの郷土の伝統食ではなく、20世紀半ばの観光振興が前身の荷馬追い飯を大皿へ再編した近代の産物である。
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クイ・アサド
コロンビア -2500–1553
時B説B
クイ・アサドは、モルモット(クイ)を炭火で丸ごと焼くコロンビア南部ナリーニョ高地の料理である。誰が考え出したという物語を持たないこの一皿は、アンデスの先住民が数千年にわたって在来のクイを炙ってきた土着の食が、そのまま今の食卓に続いているものだ。
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クイ
エクアドル -2000–?
時B説B
クイは、モルモット(テンジクネズミ)を一匹丸ごと焼き上げるアンデス高地の祝祭料理である。スペイン人がこの光景を書き留めるはるか以前から、丸焼きのクイはエクアドルやペルーの山あいの暮らしに深く根づいていた。
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カチャパ
ベネズエラ -1000–1680
時C説B
カチャパは、乳熟期の若いトウモロコシを挽いて鉄板に厚く焼く、ベネズエラの素朴なパンケーキである。「約三千年前から食べられてきた」といった具体的な古さの数字がしばしば添えられるが、その年代を示す物証はなく、確かにたどれるのは十七世紀まで文字に残った一語である。
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カサベ
ベネズエラ 640–1492
時C説B
カサベは、苦味キャッサバをすりおろし、青酸を搾り出してから素焼きの円盤で薄く焼く、先住民の主食パンである。スペイン人がこの島々を書き留めるよりはるか昔から、カリブ海とオリノコ流域に暮らす人々の日々の糧だった。
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アレパ
コロンビア・ベネズエラ 1000–1600
時B説C
トウモロコシの円盤「アレパ」は、コロンビアとベネズエラがそれぞれ自国の発祥を譲らない国民食である。だが考古学が掘り当てたのは、どちらか一方の発明ではなく、スペイン到来よりずっと前から両地域の先住民が分け持っていた共通の古層だった。
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アボラハド
コロンビア 1516–1900
時C説C
熟したプランテンにチーズをはさみ、小麦粉と卵と牛乳の衣で包んで揚げる、コロンビア南西部の甘じょっぱい一皿。太平洋岸グアピの奴隷料理人が19世紀に生んだという物語が広く語られてきたが、その具体を伝える同時代の記録は見あたらない。
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チチャロン(コロンビア)
コロンビア 1530–1700
時C説B
コロンビアのパイサ地方で生まれた、皮付き豚バラの揚げ物。スペインから渡った豚と揚げ技法が、アンティオキアの農民の労働食として根づき、今では名物定食バンデハ・パイサの主役になっている。
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カルド・デ・コスティージャ
コロンビア(ボゴタ) 1542–?
時C説C
コロンビアのアンデス高地で朝に供される、牛リブの素朴な煮出しスープ。鉄道建設の労働者が生んだという話が語られるが、それは料理が世に知られた時期を発祥と取り違えた俗説だ。
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モンドンゴ
Colombia 1542–?
時B説B
コロンビアの庶民料理「モンドンゴ」は、その名がアフリカ由来の語だと語られることがあるが、実際には奴隷貿易がスペイン領アメリカで本格化するより前、1599年のスペイン語文献にすでに現れる語である。
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アヒアコ
コロンビア(ボゴタ) 1550–1900
時B説B
アヒアコは、コロンビアの首都ボゴタが広がるアンデス高地で食べられてきた鶏とジャガイモの煮込みスープである。いまの姿は、征服前からの高地のスープに、16世紀にスペインとともに渡ってきた鶏が加わって整えられた。
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アヤカ
ベネズエラ 1550–?
時C説B
アヤカ(ハヤカ)は、トウモロコシ生地に肉や果実の具を詰めてバナナの葉で包み茹でる、ベネズエラのクリスマスに欠かせない料理である。「植民地期に奴隷が主人の饗宴の残り物を包んで生んだ」という語り継がれた発祥話とは違い、実際には先住民の包み料理を土台に、大陸を越えた具材が幾世代もかけて溶け合っていった混成の産物だった。
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ウエボス・ペリコス
ベネズエラ 1550–?
時C説C
カルタヘナ発祥ともモンポス発祥とも言われるが、どの土地の発祥を示す同時代の記録もない。ウエボス・ペリコスは、旧大陸から渡った鶏卵と玉ねぎが新大陸のトマトと出会ったスペイン植民地期の融合朝食で、生まれた場所を一つに絞れないことこそが答えである。
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エルビード
ベネズエラ 1550–1700
時B説B
エルビード(スペイン語で「茹でたもの」)は、ベネズエラの食卓を代表する具だくさんの煮込みスープである。誰か一人が編み出したのではなく、土地の根菜と、大西洋を渡ってきた家畜と、イベリアの鍋料理が、植民地期のカラカスで一つの大鍋に落ち合って生まれた。
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カラオタス・ネグラス
ベネズエラ 1550–1861
時C説B
カラオタス・ネグラスは砂糖を効かせて甘く煮るのが昔ながらの正しい食べ方だ——ベネズエラでたびたび蒸し返されるこの言い分のうち、甘さを先住民の時代にまでさかのぼらせる部分は成り立たない。甘味を担うサトウキビ自体が、スペイン人とともに大西洋を渡ってきたものだからである。
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カリマニョーラ
コロンビア 1550–?
時C説C
コロンビアのカリブ海岸で親しまれる揚げ物カリマニョーラは、名の由来にフランス革命歌から先住民語まで諸説が乱立するが、どれも一次史料の裏づけを欠き、決着していない。
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サンコーチョ
コロンビア 1550–?
時B説B
サンコーチョは、肉と塊茎、プランテンを大鍋でことこと煮込むコロンビアの国民的シチューである。その一皿には、スペインの煮込み、先住民タイノのイモ、アフリカ由来のプランテンという三つの流れが溶け合っている。
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タハーダ
ベネズエラ 1550–?
時C説B
タハーダは、熟したプランテンを斜めの薄切りにして油で揚げた、ベネズエラの食卓に欠かせない甘い付け合わせである。先住民が大昔から食べてきた南米在来のバナナ料理という語り口は、主役のプランテンが大西洋を渡ってこの土地に根づくより前の時代を指してしまう。
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チャングア
コロンビア 1550–1600
時B説B
ボゴタの朝を温める、牛乳と卵の白いスープ、チャングア。その名は先住民ムイスカの言葉に遡るのに、いま椀の中心にある牛乳は、スペインが牛を連れてくるまでこの高原になかった。
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チュペ
ベネズエラ 1550–1900
時C説C
チュペは、トウモロコシとジャガイモを溶かし込んだベネズエラの濃厚な鶏スープ。その名はアンデスの古い言葉にさかのぼり、由来には二つの説が並び立つが、いまの乳を効かせた姿そのものは植民地時代に生まれた新旧大陸の出会いの産物である。
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ナティージャ
コロンビア 1550–1900
時C説B
クリスマスに欠かせないコロンビアの固いミルクプディング、ナティージャ。名前はスペイン語で乳のクリームを指すnataに由来し、イベリアの卵カスタードが海を渡って、在来のトウモロコシと出会い、この土地の祝祭菓子へと姿を変えた一皿である。
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パタコネス
コロンビア 1550–1800
時C説B
パタコネスは、青いプラタノ(緑色のバナナ)を一度揚げてから潰し、もう一度揚げるコロンビア・カリブ沿岸の付け合わせだ。カリブの食卓を象徴するこの一皿の主役は、じつは大西洋を越えてきた旧世界の作物だった。
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フリタンガ
コロンビア 1550–?
時B説B
コロンビアの市場をにぎわせる揚げ物の盛り合わせフリタンガは、1931年のマナグア大地震のあとに生まれたという話がある。だがこれは語の来歴と分布に合わない作り話で、実際には植民地期の農民料理から育った一皿である。
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ポルボローサ
ベネズエラ 1550–1900
時C説C
崩れるほど粉っぽい生地で鶏の煮込みを包んだ、カラカス生まれのパイ。名前じたいが「粉っぽい・崩れる」を意味するこの一皿は、スペインの菓子生地と在地の鶏料理が19世紀の上流家庭で出会って生まれたとされるが、その出会いの起点をめぐっては二つの説が並び立っている。
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マンドカ
Venezuela 1550–?
時C説C
マンドカは、マラカイボ湖のほとりに暮らしたアニュ族やワユ族の先住民料理に遡る——そんな由緒がベネズエラ・スーリア州では長く語られてきた。だが、この輪型の揚げ菓子に欠かせない熟プランテンが大西洋を越えて新大陸へ届いたのは16世紀のことで、その古い由緒は史料の前に成り立たない。
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コカーダ
コロンビア 1600–1878
時C説C
コカーダは1549年にプエルトリコの奴隷が創始し、スペイン領の各地へ広めた——という単一起源の話がよく語られる。だが1549年はココナッツがその島に届いた年にすぎず、菓子そのものの発祥地は今も定まっていない。
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エンコカード
エクアドル沿岸 1700–1900
時C説B
魚やエビをココナッツミルクでまろやかに煮込むエンコカード。エクアドル太平洋岸エスメラルダスに根づいたアフリカ系の人々が、海の向こうの記憶を新しい土地の食材で結び直した一皿である。
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パンデボノ
コロンビア 1800–1884
時C説C
パンデボノは、キャッサバ澱粉とチーズを練って焼くコロンビア・バジェ・デル・カウカの小さな丸パン。その名の由来には、農園の名を採る説とイタリア人の売り声を採る説があり、どちらも口伝の域を出ない。
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アサド・ネグロ
ベネズエラ 1861–?
時B説B
真っ黒に照る牛肉煮込みアサド・ネグロは、「台所で肉を焦がした偶然から生まれた」という事故譚で語られてきた。だがその逸話を支える同時代の記録は見当たらず、黒さの正体も焦げではなく、papelón(未精製の黒糖)が生む甘い焦がし色である。
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カチート
ベネズエラ 1900–1970
時C説C
カチートはベネズエラの朝食に欠かせないハム入りの三日月パンである。だれが最初に焼いたのか、いつ生まれたのかを記した記録は残っておらず、名前の由来をめぐる言い伝えも裏づけを欠いたままである。
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コクテル・デ・ランゴスタ
コロンビア(カルタヘナ) 1900–1980
時C説B
グラスに盛ったロブスターの身を、トマトとライムのソースで和えて冷たいまま出す。カルタヘナ名物のこの前菜は、19世紀末のサンフランシスコで生牡蠣をケチャップで和えて供した一皿から続く食べ方を、カリブ海の獲物で仕立てたものである。
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パベジョン・クリオージョ
ベネズエラ 1900–1916
時A説B
ベネズエラの国民食パベジョン・クリオージョは、細くほぐした牛肉と黒く煮た豆、白米に、素揚げのプランテンを添えて一枚の皿に並べた盛り合わせである。植民地の昔からある古い一皿だと長く信じられてきたが、三色を一皿に盛る形は19世紀の史料にいっさい現れず、生まれたのは20世紀初頭のカラカスだった。
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パン・デ・ハモン
ベネズエラ 1905–1905
時B説B
ベネズエラのクリスマスに欠かせないハム入りの巻きパン、パン・デ・ハモン。古くからの郷土食のようでいて、その始まりは1905年12月、カラカスの一軒のパン屋までさかのぼれる、素性のはっきりした商業生まれの一品である。
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テケーニョス
ベネズエラ 1920–?
時C説C
テケーニョスは、小麦粉の生地で白チーズを巻いて揚げたベネズエラの定番のつまみである。1920年頃にロス・テケス市の姉妹が生んだという通説が広く語られるが、生まれた土地も年も一つには定まっていない。
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パスティーチョ
ベネズエラ 1945–1970
時B説B
パスティーチョは、ベネズエラで親しまれるラザニア風の重ね焼きパスタである。戦後この地へ渡ったイタリア移民が持ち込んだ一皿が、現地のベシャメルソースやハムをまとって家庭の味として根づいた。
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レイナ・ペピアダ
Venezuela 1955–1955
時B説B
鶏肉とアボカドをあわせてアレパに詰めた、カラカスの定番「レイナ・ペピアダ」。1955年にベネズエラ人初のミス・ワールド優勝者へ献名して名がついたが、その命名の年は、料理そのものが生まれた年ではない。
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パステル・デ・チュチョ
ベネズエラ 1983–1988
時B説B
発祥の地も年代もあいまいな郷土料理が多いなかで、パステル・デ・チュチョは考案した料理人の名も、生まれた年代も、味が固まるまでの試行錯誤までもが、はっきりと語り継がれている珍しい一皿である。