食文化圏 / 西欧
北欧料理の成立史
西欧の食文化圏「北欧」に属する料理 52 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。
この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)
この圏に特徴的な食材全圏平均より偏って多く現れる律速食材(=この圏に特徴的な素材)。汎用食材は突出しないので外れます。
成立年代の分布成立年代の分布(最古 874 年〜最新 1956 年)。
食材は在来か外来か律速食材が在来(もとから現地にあった)か、外来(交易・開国・植民地交易などで届いた)かの比率。
在来 8 外来 14
所属する料理 52
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定番 グラブラックス
スウェーデン 1400–1700
時B説B
スウェーデンの甘塩ディル漬けサーモン、グラブラックス。その名は『埋めた鮭』を意味し、もとは中世の漁師が砂に埋めて発酵させた保存食だった。
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定番 スウェーデン風ミートボール
スウェーデン 1755–?
時B説C
「スウェーデンのミートボールは、カール12世がオスマン帝国から持ち帰ったトルコ料理が起源」——2018年に国の公式アカウントまで認めたこの話は、単一の伝来を示す史料を欠いた、誇張された言い伝えである。
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定番 デニッシュペストリー
デンマーク 1840–1860
時B説B
英語圏で「デニッシュ(デンマークの)」と呼ばれる、あの層をなすバターのペストリー。だが本場デンマークでの呼び名は wienerbrød、すなわち「ウィーンのパン」である。名前そのものが、この菓子の生地技術がオーストリア由来であることを今も語っている。
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定番 レバーペースト
Denmark 1847–?
時B説B
デンマークの国民的サンドイッチ具材レバーポステイ(leverpostej)は、土地が育てた郷土食に見えて、その正体は19世紀にフランス人職人が持ち込んだ「塗れるレバーパテ」の製法だった。
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カルヤランパイスティ
フィンランド ?–?
時C説B
カルヤランパイスティ、いわゆる「カレリア風シチュー」を国民料理たらしめている名前そのものは、実はカレリアの土地の言葉ではない。豚や牛の角切り肉を根菜とともに壺に重ね、パン焼き窯の残り火で一晩とろとろに煮込む素朴な農家料理は古くから東カレリアにあったが、その料理を「カルヤランパイスティ」と呼び始めたのは、戦争でふるさとを追われた人々を迎えたよそ者の側だった。
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リンゴンベリージャム
Sweden ?–?
時C説B
甘いジャムなのだから、砂糖がスウェーデンの食卓に広まったあとの新しい食べ物だろう——そう思いたくなる。ところがリンゴンベリーの保存食は、それよりはるか昔から北欧の農家の台所にあった。
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スキール
アイスランド 874–?
時B説B
「ヴァイキングが食べていたスキールと、いま売られているスキールは同じ——千年変わらぬレシピ」という触れ込みは、それを支える中世の製法記録が一片も残っていない、商業的に育った作り話である。
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ハウカットル
アイスランド 874–?
時C説C
ヴァイキングが9世紀にこの発酵サメを生み出した、という語りはアイスランドの観光地で繰り返されるが、それを支える同時代の記録は残っていない。確かなのは、毒を抜かなければ食べられないという化学の道理のほうである。
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ハフラグロイトゥル(オートミール粥)
アイスランド 874–?
時C説B
アイスランドの朝食に欠かせないオーツ粥には、華々しい発祥の物語がない。入植者が海を渡って穀物と粥の習わしを持ち込んだ時代から、安価な輸入オーツが暮らしに行き渡る近代まで、長い時間をかけて食卓に根づいた一皿である。
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エンドウ豆のスープ
スウェーデン 1200–1526
時B説C
スウェーデンで木曜といえば黄エンドウ豆と豚肉のスープ、ärtsoppa。金曜の肉断ちに備えた前夜食の名残とされるが、なぜ「木曜」に固まったかには施設の配膳習慣という別の説もある。エリク14世がこのスープのヒ素で毒殺されたという伝説には、料理と結びつく確かな根拠がない。
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クネッケブロート
スウェーデン 1200–1555
時C説B
中央スウェーデンの農村で焼かれてきた穴あきの硬いライ麦パン、クネッケブロート。「六世紀から変わらぬ姿」と語られることがあるが、その古さは数字の写し間違いが独り歩きしたもので、実際に今の薄く乾いたクリスプブレッドの形が定まったのは十六世紀の初めごろにすぎない。
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ヘルネケイット
フィンランド 1200–1766
時C説C
「グスタフ・ヴァーサ王の宮廷や軍隊が始めた」という有名な起源話は、後世の作り話である。フィンランドで木曜に豆スープを食べる習慣は、中世カトリックの金曜断食に備えた栄養食から生まれた。
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カラクッコ
フィンランド 1300–1792
時C説B
ライ麦の皮でワカサギと豚肉をまるごと包み、石窯でじっくり焼き上げる。フィンランド・サヴォ地方に伝わるこの分厚いパイは、硬く焼き締めた生地の殻が中身を密封し、常温で二週間近く保つ携行食として生まれた。名前に見え隠れする「雄鶏」の由来は、実は音が似ているだけの思い違いである。
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マンミ
フィンランド 1300–1520
時C説C
フィンランドの復活祭に欠かせない黒褐色の甘い麦芽粥「マンミ」は、数千年前の古代ペルシアにまで遡る由来をもつと語られることがあるが、これは史料的な裏づけを欠くロマンティックな言い伝えにすぎない。実際には中世の南西フィンランドで、カトリック教会が定めた四旬節の断食食として地元に生まれた、質素な料理である。
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ラクフィスク
Norway 1300–1500
時B説B
「ヴァイキングが編み出した五千年の伝統」とうたわれるノルウェーの発酵淡水魚ラクフィスク。だが、その名を書き留めた史料は14世紀までしか遡れず、悠久の由緒は後世に膨らんだ物語である。
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シュールストレミング
スウェーデン 1500–1544
時B説B
世界一臭い缶詰として知られるスウェーデンの発酵ニシン、シュールストレミング。塩を切らした船乗りが偶然生んだという逸話が有名だが、実像は16世紀の塩不足という切実な事情から生まれた、少ない塩で魚を保たせるための知恵だった。
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スマラホーヴェ
ノルウェー 1500–?
時C説C
羊の頭を丸ごと塩漬けにし、燻して茹でるノルウェー西部の保存食スマラホーヴェ。ヴァイキングの時代から続く古い料理だという触れ込みは、それを支える当時の記録を欠いた、後世に足された飾りである。
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ポロンカリスティス
フィンランド 1500–1900
時C説B
薄切りのトナカイ肉をバターで手早く炒め、マッシュポテトを添えるフィンランド・ラップランドの一皿は、誰かが一日で発明した料理ではなく、サーミのトナカイ遊牧が何世紀もかけて育てた暮らしの料理である。生活記録に書き留められた時期を成立年と取り違えやすいが、この料理の来歴はそれよりずっと古い。
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メディスターソーセージ
デンマーク 1500–1700
時B説B
メディスターソーセージは、デンマークの冬に豚を一頭まるごと使い切るなかで生まれた挽肉の腸詰である。華やかな発祥伝説はどこにもなく、その素性は低地ドイツ語の語源と、16世紀初頭に一人の司教が書き残した家政書の一行だけがたどらせてくれる。
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ルーテフィスク
スウェーデン 1500–1700
時C説D
焼けたヴァイキングの魚棚が灰汁に浸って生まれた、あるいは聖パトリックが毒殺に使おうとした——ルーテフィスクの起源を語るこれらの逸話は、いずれも同時代の史料に痕跡を持たない後代の作り話である。
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カレリアパイ
フィンランド 1600–1700
時B説B
舟形のライ麦生地に穀物の粥を詰めて焼くカレリアパイは、フィンランドを代表する家庭食でありながら、誰が発明したという逸話を持たない。今日ふつうに思い浮かべる米粥の具は、実はこの料理の本来の姿ではなく、20世紀なかばに大麦粥から置き換わった新しい層である。
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クルムカーケ
ノルウェー 1600–1750
時B説B
「千年前から作られてきたバイキングの菓子」と紹介されることがあるが、渦を巻いた円錐形のクルムカーケそのものは、17世紀にオランダから渡ってきた専用の焼き型がなければ生まれようのなかった菓子である。
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スモーガスボード
スウェーデン 1600–1900
時C説B
スモーガスボードは、ニシンやパン、冷肉など多くの小皿を卓に並べ、客が思い思いに取り分けるスウェーデンの食事様式である。ヴァイキングの饗宴にまっすぐさかのぼるという語り口は広く知られるが、その連続性を示す記録は残っておらず、たどれる系譜は16世紀の前菜卓に始まる。
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エーブルスキーワ
デンマーク 1650–1703
時B説B
ヴァイキングが戦場で盾や兜のくぼみを鍋代わりにして焼いた——エーブルスキーワの丸い姿をそう語る話は、後世に仕立てられた由緒である。球形は半球の窪みを並べた専用の鉄鍋から生まれ、「りんごの薄切り」という名だけが、かつて中身にりんごを入れていた頃の名残として残った。
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レズグルーズ
デンマーク 1650–?
時B説B
赤いベリーの家庭デザートとして親しまれるレズグルーズ(rødgrød med fløde)は、もともとは赤ワインでとろみをつけた上流の冷菓だった。デンマークか北ドイツか——その「発祥」を一国に定める話は、史料の上では決着していない。
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ピンネショット
ノルウェー 1700–?
時B説B
塩をして乾かした羊の肋骨を、白樺の枝の上で蒸しあげる——ノルウェー西部生まれの保存食ピンネショットである。この素朴なごちそうが「クリスマスイブの一皿」になったのは、意外にも宗教改革より後のことだった。
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フォーリコール(ノルウェー)
1700–?
時B説B
羊とキャベツを鍋に重ねて数時間煮込む、ノルウェーの国民食。いかにも土地に根ざした一皿に見えるが、その名前をたどると、海の向こうのデンマークの食卓――白キャベツで煮た鵞鳥料理――に行き着く。
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フォーリコール(スウェーデン)
1700–1900
時C説B
羊肉とキャベツを層に積み、数時間かけて煮込むだけの、スウェーデンやノルウェーの素朴な家庭料理。華やかな発祥伝説はなく、その代わりに古い料理書と名前そのものが、この一皿の来歴を静かに伝えている。
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フリカデラ
デンマーク・コペンハーゲン 1700–1900
時C説C
「フリカデラは1280年の中世写本にレシピが載る古い料理だ」という話がレシピ記事でよく繰り返されるが、これは後付けの古さである。この肉団子は、名前と料理と、それぞれ別の時代からやってきた。
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カウドルマル
スウェーデン 1716–1800
時B説C
スウェーデンの家庭料理カウドルマルは、キャベツの葉で米と挽肉を巻いて煮込む「北欧のドルマ」である。王カール12世が亡命先のオスマン帝国から持ち帰ったという有名な物語は、実際には王個人ではなく、王に随伴してストックホルムに住みついたオスマンの借款者たちが運んだ可能性が高い。
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ピット・イ・パンナ
スウェーデン 1770–1898
時B説B
スウェーデンの国民食ピット・イ・パンナには、発明者も華やかな発祥の逸話もない。じゃがいもと残り物の肉を賽の目に切って炒めただけの、倹約の台所から立ちのぼった一皿である。
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ヤンソンの誘惑
スウェーデン 1770–1928
時C説C
誰かの『ヤンソン』が禁欲を破って手を伸ばした――そんな人物伝説で語られてきたスウェーデンのクリスマス定番グラタンだが、その名は実のところ1928年の一本の映画から広まったものであり、料理そのものは名がつく前から食卓にあった。
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ニシンの酢漬け
スウェーデン 1780–?
時C説B
夏至とクリスマスの食卓に欠かせない、スウェーデンのニシンの甘酢漬け(インラグド・シル)。いかにも古くからの伝統に見えるが、私たちの知る甘い漬け汁の姿は、塩漬けニシンの長い歴史よりずっと後になって現れたものだ。
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ショットカーケル
ノルウェー 1800–1900
時B説C
ノルウェーの国民食「ショットカーケル」(挽き肉のパティ)を中世まで遡らせる説があるが、固有の料理として姿を現すのは19世紀である。デンマークのフリカデラを土台にノルウェー化したもので、古い由緒は挽き肉料理という調理ジャンルの古さを一皿に取り違えたものだ。
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ラグムンク
スウェーデン 1800–?
時B説B
すりおろしたじゃがいもを薄く平焼きにするスウェーデンの家庭料理ラグムンクには、発明者も命名の逸話もない。その素朴な一皿が生まれた時期は、じゃがいもがこの国の日々の食卓に根づいた19世紀に定まる。
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ラスペバル
ノルウェー 1800–1900
時B説B
すりおろした生ジャガイモを大麦粉でつなぎ、団子にして茹でる——西・南ノルウェーの食卓に欠かせない家庭料理ラスペバルである。ただしこの姿が広まったのはジャガイモが北欧の畑に根づいた19世紀のことで、それ以前は同じ団子が穀物の粉や家畜の血で作られていた。
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レイパユースト
Finland 1800–?
時B説B
焦げ斑の残る、パンのように平たいチーズ。華やかな発祥譚を持たないこのフィンランドの保存食が語るのは、「少なくとも200年前から作られてきた」という、土地に根づいた古さそのものである。
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レフセ
Norway 1800–1835
時B説B
素朴な薄焼きパン、レフセを「ヴァイキングが焼いて食べた古来の料理」と語る話がある。だが今日のレフセの主役であるジャガイモが北欧の食卓に広まったのは、ようやく19世紀初頭のことだ。
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セムラ
スウェーデン 1833–1920
時B説C
「スウェーデン国王アドルフ・フレドリクは1771年、セムラの食べ過ぎで死んだ」という有名な逸話がある。だが国立博物館の検討では王の死因は脳卒中で、この“甘いパンでの即死”は成り立たない。
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フィスケスッペ
Norway 1835–1845
時B説B
「魚のスープの故郷はベルゲン」という触れ込みで語られるノルウェーのフィスケスッペだが、19世紀の料理書はこの白いスープをノルウェーの家庭一般のものとして載せており、ベルゲンの名を冠した呼び方は1938年より前の書物に見当たらない。
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スモーブロー
デンマーク・コペンハーゲン 1840–1900
時B説C
具を立体的に盛りつけたデンマークのオープンサンド、スモーブロー。いまは美食の一皿だが、その起点は労働者が職場へ運んだ素朴な弁当だった。なかでも「ある店主が1888年に178種を一気に考案した」という有名な逸話には、誇張がまぎれている。
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ルーネベリタルト
Finland 1840–1865
時B説C
フィンランドの詩人ルーネベリの妻フレドリカが、あり合わせの材料で夫のために即興でこしらえた——ルーネベリタルトにまつわるこの心温まる逸話は国民的な語り草だが、菓子そのものの出どころをたどると、ポルヴォーの菓子職人が先に作っていた菓子に行き着く。
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グロンランコール
デンマーク 1850–1896
時B説B
デンマークのクリスマスの食卓に欠かせないグロンランコールは、ケールを牛乳とバターの白いソースでとろりと煮込んだ一皿である。派手な発祥譚を持たない、農家の台所から生まれた常食であり、その現行の姿がいつ定まったのかは、19世紀末の料理書のページにはっきりと刻まれている。
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プッラ
フィンランド 1850–1950
時B説B
カルダモンはヴァイキングが東の都コンスタンティノープルから持ち帰った——プッラの甘い香りをそんな古い武勇伝に結びつける話があるが、これは年代を飾る伝説にすぎない。編みこんだこのコーヒーパンが国民の菓子になったのは、砂糖もカルダモンも、そしてコーヒーそのものも、庶民の食卓に手が届くようになった、ずっと新しい時代のことである。
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燃える愛
デンマーク 1850–?
時C説C
「何世紀も前から受け継がれてきた伝統料理」とよく紹介されるが、ゆでたジャガイモにベーコンを乗せた現在の姿は19世紀半ばより古くはさかのぼれず、『燃える愛』という名前が紙の上に現れるのも1957年の広告が最初である。
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ローストポーク
Denmark 1860–?
時B説B
デンマークのクリスマスに欠かせない皮付きローストポーク、フレスケスタイ。この一皿を北欧異教の祭りに捧げられた生贄の猪の直系の子孫とする話は語り口として魅力的だが、いま食卓に並ぶ料理そのものは、19世紀後半の家庭に生まれた新しい馳走である。
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リサラマンデ
Denmark 1870–1900
時B説B
コペンハーゲンの高級ホテル・ダングレテールで、フランス人コックが余り物の米粥からとっさに仕立てた――デンマークのクリスマス菓子リサラマンデには、そんな華やかな発祥話がある。だがこの物語は、より古い料理書を前にあっけなく崩れる。名前こそフランス語風だが、フランスにこの菓子は存在しない。
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コルヴァプースティ
フィンランド 1880–1950
時B説B
「平手打ちされた耳」という奇妙な名を持つフィンランドのシナモンロール、コルヴァプースティ。この愛らしい菓子は特定の発明者や伝説の誕生譚を持たず、ドイツからスウェーデンを経てフィンランドへと渡った菓子パンの系譜が、20世紀の家庭に根づいて生まれたものである。
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プリンセスケーキ
スウェーデン 1893–1948
時B説C
緑のマルチパンをまとったドーム型のスウェーデン菓子「プリンセスケーキ」は、王女たちが好んだから名づけられたと語られてきた。だがこの名は、その王女たちが生まれる前の新聞広告にすでに現れている。
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フィンビフ
ノルウェー 1900–1980
時C説B
ノルウェーの**フィンビフ**の名にある finn は、古いノルウェー語で先住民サーミを指す語である。凍ったトナカイ肉を薄く削ぐサーミの手つきを芯に、生クリームで煮込む今の仕立てが広まったのは二十世紀のことで、この一皿には古い層と新しい層が重なっている。
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肝油(リーシ)
アイスランド 1913–1930
時B説B
「アイスランド人が毎朝スプーン一杯の肝油を飲むのは数百年来の伝統」とよく紹介される。だが、この一杯が国民の習慣になったのは1930年頃、ビタミンDの発見を受けて学校で肝油が配られはじめてからである。
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トースト・スカーゲン
スウェーデン 1956–1958
時B説B
茹でた甘エビをマヨネーズとディルで和え、バターで焼いたトーストに山盛りにする——スウェーデンの前菜トースト・スカーゲンは、1950年代のストックホルムで一人のシェフが生んだ新しい料理だ。デンマークの岬スカーゲンの名を負うが、ヨットレース中に船上で即興したという起源話には脚色の影がある。