食文化圏 / 西欧

スペイン料理の成立史

西欧の食文化圏「スペイン」に属する料理 35 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。

この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)

この圏に特徴的な食材全圏平均より偏って多く現れる律速食材(=この圏に特徴的な素材)。汎用食材は突出しないので外れます。

  • 全圏平均の約 3.17 倍・5 品で律速(=この圏で偏って多く使われる食材)。
  • 全圏平均の約 2.18 倍・3 品で律速(=この圏で偏って多く使われる食材)。
  • 全圏平均の約 1.28 倍・2 品で律速(=この圏で偏って多く使われる食材)。

成立年代の分布成立年代の分布(最古 800 年〜最新 1950 年)。

  • 中世 7
  • 近世 12
  • 近代 10
  • 現代 6

食材は在来か外来か律速食材が在来(もとから現地にあった)か、外来(交易・開国・植民地交易などで届いた)かの比率。

在来 3 外来 15

所属する料理 35

  • 定番 トゥロン スペイン 1000–1484 時B説B

    飢饉に備えてバルセロナの菓子職人トゥローが考え出した——トゥロンの起源としてよく語られるこうした発明譚は、どれも一次史料の裏づけを欠く言い伝えである。この蜂蜜とアーモンドの菓子の祖型は、中世アル=アンダルスのアラブ菓子にさかのぼる。

  • 定番 コルデロ・アサード スペイン 1200–? 時C説B

    スペイン・カスティーリャのコルデロ・アサード(cordero asado)は、二つの時間が重なった一皿である。羊を焙いて食べること自体はローマ期のヒスパニアまで遡る古い営みだが、乳呑み仔羊を薪窯で丸ごと焼き上げるいまの定式は、中世カスティーリャの牧羊文化のなかで形づくられた。

  • 定番 パエリア スペイン・バレンシア 1750–1900 時B説C

    パエリアの名を「para ella(彼女のために)」の言い換えとする恋物語も、これを中世ムーア人のアラブ料理とする説も、ともに史実の裏付けを欠く。実際のパエリアは、バレンシアのアルブフェラ湖畔の田んぼで働く農夫が19世紀半ばに野外で炊いた昼食であり、その名はただ「平鍋」を意味するラテン語に由来する。

  • 定番 スペイン風オムレツ スペイン 1798–1850 時B説C

    ズマラカレギ将軍が戦場で兵のために焼いた——スペイン風オムレツ(トルティージャ・デ・パタタス)の誕生をめぐる名高いこの逸話は、史料の裏づけを欠く後世の作り話である。それより早い1798年と1817年に、じゃがいも入りオムレツの記録がすでに残っている。

  • 定番 イカのフライ スペイン 1800–1838 時B説C

    「カラマレス・ア・ラ・ロマーナ(ローマ風イカ)」という名から、この一皿を古代ローマ生まれと思う人は多い。だが卵と小麦粉の衣で揚げたこの料理がスペインの記録に現れるのは19世紀前半で、「ローマ風」とはイタリアの衣揚げ様式を指す呼び名にすぎない。

  • 定番 チュロス スペイン 1800–1884 時B説C

    16世紀にポルトガル人が中国の揚げパン油条を持ち帰ってチュロスになった——くり返し語られるこの起源話は、史料の裏を欠く。生地を絞り出して熱い油へ落とす技はマカオが開かれる三百年前のアンダルスに書き留められており、他方 churro という名が辞書に載るのは19世紀も末の1884年である。技は古く、名は新しい。

  • 定番 アヒージョ スペイン 1850–1950 時C説C

    エビのアヒージョは16世紀マドリード生まれの固有料理――そんな触れ込みをよく見かけるが、史料の裏づけは無い。技法の古さと、いまの一皿のかたちを取り違えた起源神話である。

  • 定番 ガンバス・アル・アヒージョ スペイン 1850–? 時C説C

    ニンニクとオリーブ油でエビを煮る「ガンバス・アル・アヒージョ」には、16世紀のマドリードで生まれ、ニンニクはムーア人がもたらしたという由緒がしばしば添えられる。ところが19世紀末のマドリードで刊行された千頁を超える大料理事典を全文あらためても、「アヒージョ」という語は一度も現れない。

  • 定番 シーフードパエリア スペイン 1850–? 時B説C

    シーフードパエリア(paella de marisco)は、スペイン東部バレンシアの沿岸で生まれた米の一皿料理。アルブフェラの稲作農民が中世に作り出したという有名な由来話は確かな史料に欠け、実際は19世紀の料理である。

  • 定番 ファバダ スペイン(アストゥリアス) 1884–? 時B説B

    アストゥリアスの豆と腸詰の煮込みファバダは、いかにも古くからの農村料理に見える。だが主役の白い大粒豆ファーベは新大陸生まれで、料理として今の姿に定まるのは19世紀、文献に初めてあらわれるのは1884年である。

  • 定番 タパス スペイン 1900–? 時C説C

    タパスは、13世紀の王アルフォンソ10世が「酒には必ず食を添えよ」と命じて生まれた、という有名な起源話をもつ。だが食べ物を指す「タパ」という語が文献に現れるのは早くとも1911年で、王の時代とは650年もの隔たりがある。

  • 定番 ピンチョス スペイン 1930–? 時B説B

    バスク地方サン・セバスティアンのバルで育った、爪楊枝や串で具材を一口にまとめる小皿料理。「1946年の『ヒルダ』が最初の近代的ピンチョ」という語り口は正確だが、それは一つの完成形の記録であって、串で刺した一口の肴という形はそれ以前のバル文化のなかからすでに生まれていた。

  • アストゥリアスのシードル スペイン 800–? 時C説C

    アストゥリアスのシードルは、リンゴを圧搾し自然発酵させたスペイン北部の伝統的なリンゴ酒。古代ローマ以前から飲まれていたという由緒がしばしば語られるが、その根拠とされる古典史料の一句が、リンゴ酒を指すのか穀物の酒を指すのかは、いまも決着していない。

  • arroz negro スペイン・バレンシア 900–1972 時C説C

    「アロス・ネグロは少なくとも17世紀からバレンシアで作られていた」——スペイン語圏のメディアが判で押したように繰り返すこの由緒は、当の17世紀の料理書をひらくと裏返る。そこでイカの墨は、食材ではなく「何度洗っても落ちない汚れ」として、捨てるものだった。

  • ミガス スペイン 1200–1611 時B説C

    スペイン各地で親しまれるミガスは、移牧の羊飼いが硬くなったパンを油とニンニクで炒めて工夫した庶民の知恵として語られてきたが、実はアル=アンダルスの宮廷で客をもてなした貴族料理タリードが姿を変えた末裔ではないか、という学説がこれに対立している。

  • ボカディージョ スペイン 1400–? 時C説B

    ボカディージョは、スペインの硬いバラ(バゲット状)パンにハムやチーズを挟んだ庶民の携行食で、名はラテン語の「一口(ボカード)」の指小、つまり“小さな一口”に由来する。誰もが昔からの姿と思いがちだが、パンに具を挟む習慣こそ古代ローマにさかのぼる一方、いま思い浮かべる細長いパンの形は、19〜20世紀の都市化が整えた比較的新しい装いである。

  • エスカリバーダ スペイン(カタルーニャ) 1500–? 時C説B

    ナスやパプリカを炭火の熾火で丸ごと炙り、焦げた皮をむいて食べるカタルーニャの農民料理。灰に埋めて焼く手わざは土地に古くからあるが、皿の主役をなす赤いパプリカは新大陸から海を渡ってきた食材で、いま食べる姿は16世紀より前にはさかのぼれない。

  • ポルボロン スペイン 1500–? 時B説B

    ポルボロンは「アラブ菓子がルーツ」「ムーア人が生んだ菓子」と紹介されることがあるが、史料が語る発祥は16世紀、セビリャ県エステパのサンタ・クララ修道院である。今日知られるほろりと崩れるあの食感は、19世紀後半にひとりの行商人の妻が編み出した保存の工夫から生まれた。

  • タコのガリシア風 スペイン 1550–? 時C説B

    ガリシア内陸オウレンセの祭の日、銅釜で茹でたタコを木皿に並べ、赤いパプリカ粉とオリーブ油をふる——海から遠い町の名物が沿岸のタコなのは、中世の修道院へ納められた税がタコを内陸まで運んだ名残である。

  • ピスト スペイン 1600–1900 時B説B

    ラ・マンチャの野菜煮込みピストには「古い起源」の物語がついてまわる。祖先はたしかに中世のイベリアまでさかのぼるが、いま私たちが思い浮かべる赤いピストは、トマトとピーマンが海を渡って届いてはじめて姿を現した、比較的新しい一皿である。

  • エスクデリャ アンドラ 1750–1900 時B説B

    ピレネーの小国アンドラの国民食エスクデリャは、肉と豆と野菜をとろ火で長く炊いた素朴な壺煮込みである。「ヨーロッパで最初に文献へ記された最古のスープ」という誇らしげな触れ込みがしばしば添えられるが、これは中世カタルーニャに残る古い料理書の年代を、そのまま「世界最古のスープ」と読み替えてしまった誇張である。

  • オマール海老の炊き込みご飯 スペイン 1750–? 時C説C

    オマール海老の米料理はバレンシアの伝統料理とよく紹介されるが、地中海沿岸から大西洋岸まで各地が起源を主張し、どこが最初の一皿かは一つに絞れない。トマトとピメントンのソフリートで炊き上げる、近代スペインの海の米料理である。

  • ガスパチョ スペイン・アンダルシア 1750–1850 時B説C

    アンダルシアの冷たいスープ、ガスパチョ。その鮮やかな赤さは古代から続くものではない。トマトは新大陸生まれの作物で、スペインの食卓に根づいたのは18世紀半ば、赤いガスパチョが文献に現れるのは19世紀のことだ。それ以前のガスパチョは、トマトを持たない白っぽい冷製のパン粥だった。

  • サルモレホ スペイン・アンダルシア 1750–1850 時B説C

    コルドバの赤い冷製スープ、サルモレホ。その名は17世紀の文献に早くも現れるが、当時それが指したのは焼肉に添える別のソースだった。トマトを溶かし込んだ今日の一皿は、じつはそれよりずっと若い。

  • パン・コン・トマテ スペイン(カタルーニャ) 1750–1884 時B説C

    熟したトマトをパンに擦り付けるだけのカタルーニャの定番は、いかにも素朴で古そうに見えるが、主役のトマトが台所に根づいたのは18世紀、確かな文献初出は1884年と、意外に新しい。

  • コチニージョ・アサード スペイン・セゴビア 1786–1950 時C説C

    セゴビアの子豚の丸焼きに付きものの、皿の縁を刃物がわりにあてて肉を切り分け、その皿を床に叩き割る所作は、土地に伝わる古い作法として語られてきた。だが始めたのは20世紀なかばの一軒の店であり、偶然から生まれた即興だったことを店自身が明かしている。

  • コシード・マドリレーニョ スペイン 1800–? 時B説C

    「コシード・マドリレーニョ」という名がマドリードの文献に現れるのは19世紀。だがそれは名が定着した時期にすぎず、ヒヨコ豆と肉と野菜をとろ火で煮る一皿は、黄金世紀のオリャ・ポドリダ、さらに中世セファルディの安息日料理アダフィナへと連なる長い系譜を引く。

  • サングリア スペイン 1800–1900 時B説B

    果実を漬けた甘い赤ワイン、サングリア。「古代ローマ以来の連続した伝統飲料」という通念は史料が支えない。ワインを果実で割る習慣は古くても、「サングリア」という括りそのものの成立は近代の出来事である。

  • クロケッタ スペイン 1830–? 時B説B

    スペインのタパスバルに欠かせないクロケッタは、いかにも土地生まれの名物に見える。だが、とろけるベシャメルを衣で包んで揚げるこの一皿は、19世紀にフランスのクロケットから受け継いだ様式を、スペインが独自に育てたものである。

  • ラボ・デ・トロ スペイン・アンダルシア 1880–1930 時C説C

    牛の尾を赤ワインで煮込むコルドバの名物には、「古代ローマの料理書に載る」「16世紀の闘牛場で闘牛士の妻たちが生んだ」という二つの由緒が付いて回る。どちらも同時代の記録を欠き、この名と姿がアンダルシアに定まったのは19世紀末から20世紀初頭のことらしい。

  • フィデウア スペイン・バレンシア 1900–1935 時B説C

    船の料理人が船長の米独占を逆手にとって麺で編み出した、というフィデウアの発明譚は、年も当時の記録も伴わない一家の言い伝えにとどまる。確かなのは、20世紀前半のバレンシア州ガンディアで、米の魚介パエリアの米を乾麺に替える工夫が広まったことである。

  • ラ・ボンバ Barcelona, Spain 1944–1956 時B説B

    バルセロナ名物の揚げコロッケ「ラ・ボンバ」は、その丸い姿と「爆弾」という名がスペイン内戦の手榴弾に由来する——と長らく語られてきた。だが、この一皿を生んだ店が暖簾を上げたのは内戦が終わったあとで、名の起こりは辛さに驚いた少年の一言だった。

  • ヒルダ スペイン・バスク(サンセバスティアン) 1947–1948 時B説B

    オリーブと酢漬け唐辛子、そしてアンチョビを爪楊枝に一本刺しただけの一皿が、バスクの元祖ピンチョ「ヒルダ」である。名はハリウッド女優リタ・ヘイワースの映画にちなむが、命名を「1946年」とする通説は、その映画のアメリカ公開年とスペイン公開年を取り違えたものだ。

  • パタタス・ブラバス スペイン 1950–1967 時B説C

    マドリードのバルの定番、二度揚げしたジャガイモに辛いソースをかけたパタタス・ブラバス。「うちが元祖」と名乗る店はいくつもあるが、どれも同時代の記録では確かめられず、最初の一皿を一つの店に絞ることはできない。

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