食文化圏 / 西欧

フランス料理の成立史

西欧の食文化圏「フランス」に属する料理 37 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。

この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)

この圏に特徴的な食材全圏平均より偏って多く現れる律速食材(=この圏に特徴的な素材)。汎用食材は突出しないので外れます。

  • 全圏平均の約 46.73 倍・2 品で律速(=この圏で偏って多く使われる食材)。
  • 全圏平均の約 5.19 倍・2 品で律速(=この圏で偏って多く使われる食材)。
  • 全圏平均の約 2.43 倍・4 品で律速(=この圏で偏って多く使われる食材)。
  • 全圏平均の約 1.2 倍・2 品で律速(=この圏で偏って多く使われる食材)。

成立年代の分布成立年代の分布(最古 1170 年〜最新 1981 年)。

  • 中世 4
  • 近世 14
  • 近代 14
  • 現代 3

食材は在来か外来か律速食材が在来(もとから現地にあった)か、外来(交易・開国・植民地交易などで届いた)かの比率。

在来 1 外来 11

所属する料理 37

  • 定番 フォアグラ フランス ?–? 時B説C

    フォアグラの起源は古代エジプトにある——よく語られるこの話を、古代の証言そのものは支えていない。肥えた肝を最初に見出したのは誰かをめぐって、ローマ人は同時代のローマ人二人の名を挙げて言い争っていた。

  • 定番 パテ フランス 1170–1400 時C説B

    パテ・ド・カンパーニュも、パイ包みのパテ・アン・クルートも、フォアグラも、ひとくくりに「パテ」と呼ぶ。だがそれは一人の料理人が一つの年に生み出したものではなく、中世フランスで少しずつ形をなした挽き肉料理の総称である。

  • 定番 クレープ フランス 1250–? 時B説B

    「13世紀ブルターニュの主婦が、そば粥を暖炉の平石にこぼして偶然クレープを生んだ」という起源伝説には、特定の発明者を示す史料がない。薄焼きの粉物はもっと古くから各地にあり、クレープは中世フランスで名を得て定まっていった料理である。

  • 定番 焼き栗 フランス(パリ) 1265–1805 時C説C

    冬のパリの街角で紙袋に入れて売られる熱い焼き栗(マロン・ショー)。その最初の売り手はリヨンから来た者だったという始祖伝説が長く語られてきたが、パリの街にもっとも古く響いた栗の呼び声が謳っていたのはロンバルディアの栗であり、しかもその声は栗を「熱い」とは謳っていない。

  • 定番 ポトフ フランス 1500–? 時B説B

    ポトフ(pot-au-feu=火にかけた鍋)は、牛肉と根菜をひと鍋で長く煮て、澄んだブイヨンと柔らかい肉を同時に得るフランスの家庭料理。「誰か一人が発明した料理」ではなく、中世の煮込みから少しずつ姿を整えてきたところに、この一皿の来歴がある。

  • 定番 キッシュ・ロレーヌ フランス 1586–? 時B説B

    フランス料理の代表格に数えられるキッシュ・ロレーヌ。だがその名はドイツ語に由来し、もとは仏独国境ロレーヌ地方の素朴な農民食で、洗練された一皿という顔は20世紀になって備わったものである。

  • 定番 コンフィ フランス 1600–1702 時C説B

    コンフィは、冷蔵の手立てがない時代の南西フランス、ガスコーニュからランド・ジェールにかけての農家で発達した、鴨やガチョウを自らの脂に沈めて保存する技法である。文献や公式の由来書で確かめられる限り、これが慣行として定着したのは17世紀以降のことで、その前提には新大陸のトウモロコシによる家禽肥育があった。では、脂で肉を密封する保存法自体はトウモロコシ以前からこの土地にあったのか。それを示す同時代の史料は、今のところ見つかっていない。

  • 定番 鴨のコンフィ フランス 1600–1894 時C説B

    鴨のコンフィは中世ガスコーニュの農民が生み、ガスコーニュ公が食卓に供して広めた——産地の観光・販促サイトが語るこの由緒には、典拠となる史料がない。脂で煮て脂に封じる南西フランス農家の保存食そのものは古いが、それが「鴨の」コンフィとして記録に現れるのは、はるかに後のことである。

  • 定番 クレームブリュレ フランス 1662–? 時B説C

    「焦がしクリーム」を意味するクレームブリュレの名は、フランスの1691年の料理書に初めて現れる。だがほぼ同じ菓子はスペインに1662年のレシピが残り、イングランドも発祥を名乗る。どの国が最初かを、ひとつに絞ることはできない。

  • 定番 テリーヌ フランス 1700–? 時B説B

    テリーヌの名は、17世紀フランスの元帥テュレンヌやイタリアの都市トリノに由来する——そう説く語源説がある。だが裏づけを欠く民間語源で、この名が指すのは肉を詰めて焼くための陶の器 terrine(<ラテン語 terra「土」)そのものである。

  • 定番 ブイヤベース フランス・マルセイユ/プロヴァンス 1700–1900 時B説C

    マルセイユの漁師が売れ残りの雑魚を煮た浜の鍋が、サフランで黄金に輝く名物スープへと出世した。古代ギリシャ由来という雄大な物語もあるが、いま卓に並ぶ「黄金のスープ」が連なるのは、もっと近い時代の漁師の手鍋である。

  • 定番 フレンチフライ ベルギー/フランス 1775–1855 時B説B

    フランスとベルギーが「我が国こそ発祥」と争う、棒状に切った揚げ芋。ベルギーが掲げる「17世紀から揚げていた」という起源譚は、根拠とされる古文書を史家が読み解いた結果、揚げ芋の発明を語る一行ではなかったことが分かっている。

  • 定番 ニース風サラダ フランス・プロヴァンス(ニース) 1790–1903 時B説B

    アンチョビとトマト、オリーブ油で和えた素朴なニースの庶民料理。だが茹でたジャガイモやインゲンを入れてよいかをめぐっては、本場ニースで長く意見が割れてきた。

  • 定番 ラタトゥイユ フランス・プロヴァンス(ニース) 1790–1900 時B説C

    彩りのよい夏野菜の煮込みとして知られるラタトゥイユ。だが「古くからの伝統料理」という響きとは裏腹に、その名がいまの料理を指すようになったのは、ほんの百年あまり前のことだった。

  • 定番 エクレア フランス 1848–? 時B説C

    シュー生地を伝えたのはイタリアからカトリーヌ・ド・メディシスに随行した菓子師、細長いエクレアを完成させたのは名料理人カレーム——エクレアをめぐる華やかな二つの起源話は、いずれも一次史料の裏づけを欠く。実際の考案者は、今も分からないままである。

  • 定番 オニオングラタンスープ フランス 1850–1870 時B説B

    **オニオングラタンスープ**は、ルイ15世が狩猟小屋で即興でこしらえた、あるいはポーランド王スタニスワフが宿屋の味に感動して宮廷に伝えた——そんな王侯の逸話とともに語られてきた。だが玉ねぎのスープは中世フランス以来の古い料理で、チーズをのせて焼く現在の形は、19世紀半ばのパリの市場町で生まれている。

  • 定番 コック・オ・ヴァン フランス 1864–? 時C説B

    16世紀のフランスの古い宿屋で、薪の大火を前に、客の見ている前で手早く作られていた——コック・オ・ヴァンにそんな由緒を与えたのは、1923年に出た一冊の料理書の、典拠をひとつも示さない一節だった。同じ著者の16年前の版には、この料理の項すら無い。

  • 定番 ブフ・ブルギニヨン フランス 1867–? 時B説B

    硬い肉と安ワインをことこと煮込む、ブルゴーニュの中世農民の一皿に遡る——ブフ・ブルギニヨンにまつわるこの由緒ある話は、料理史の記録に裏付けを欠く後世の伝承である。料理名がフランス語の文献にはっきり現れるのは、じつは19世紀後半になってからだった。

  • 定番 クロックムッシュ フランス 1870–1891 時B説B

    クロックムッシュは、パンにハムとチーズを挟んで焼いたフランスの定番軽食。1910年にパリのカフェの店主が「monsieur(の肉)だ」と答えて名づけた——という有名な逸話は、その19年前の1891年に、活字の中で言葉遊びのネタにされていた事実と噛み合わない。

  • 定番 クロワッサン フランス(パリ) 1890–1896 時A説D

    「1683年のウィーン包囲を記念して、オスマン軍の三日月旗にちなんだ三日月形パンが焼かれた」——クロワッサン最大の起源譚は、同時代の記録をまったく欠く『創られた伝統』である。バターを折り込んだ今日の姿がパン屋の店先に並ぶのは、それより二百年以上のちの1890年代のことだった。

  • 定番 タルトタタン フランス 1894–1899 時B説B

    リンゴを焦がしかけたホテルの女主人が、慌てて生地をかぶせて焼いた——タルトタタンの名高い失敗譚は、1979年に地元の同好会が配った刷り物にはじめて現れる。その刷り物自身が、これは「伝説」だと断っていた。

  • 定番 パン・オ・ショコラ フランス 1895–1900 時B説C

    南西フランスでの呼び名シュコラティーヌ(chocolatine)は、中世に英国人が「チョコレート入り(chocolate in)」と注文したのが訛ったもの——この有名な語源話は、年代が160年以上も合わない後世の作り話である。そもそも19世紀の紙面でこの語が指していたのは菓子パンではなく、パリの菓子商が売る砂糖菓子だった。

  • 定番 ヴィシソワーズ フランス/米国(諸説) 1900–1920 時B説B

    冷たいポロネギとジャガイモのスープ、ヴィシソワーズ。フランス語の名と土地の名を背負いながら、この洗練された冷製ポタージュが生まれたのはパリでもヴィシーでもなく、大西洋の向こうのニューヨークだった。

  • 定番 フォンダンショコラ フランス 1981–1995 時B説C

    切ると中からチョコレートが流れ出す、あの温かい焼き菓子。誰が「発明」したのかは長く言い争われてきたが、記録をたどると最初の起点は一つの名前に絞られる。

  • シャトーブリアン フランス ?–1856 時C説C

    牛ヒレの厚切りを焼いたシャトーブリアンには、作家シャトーブリアン子爵の料理人が1822年に考案したという有名な由来話がある。だがその話を支える同時代の記録は見当たらず、最初期の辞書はこの料理を、作家の綴りではなく肉牛の産地の地名の綴り「CHATEAUBRIANT」で立てていた。

  • エクラード・ド・ムール フランス(シャラント=マリティーム) 1200–? 時C説B

    浜辺に乾いた松葉を山と積み、火を放って一気に焼き上げる——エクラード・ド・ムールは、大西洋に面したフランス西岸の漁村が育てた素朴なムール貝料理である。特定の発明者を持たず、いま親しまれる éclade という呼び名すら比較的新しい。

  • カスレ フランス(ラングドック) 1600–1750 時B説C

    カスレは、白インゲン豆と豚肉・コンフィを土鍋で長時間煮込む、フランス南部ラングドックの郷土料理である。百年戦争でカステルノダリの住民がこの煮込みで英軍を撃退したという誇らしい発祥伝承が知られるが、その年の町は実際には英軍に焼き払われており、撃退の事実はない。

  • 仔牛のブランケット フランス 1735–? 時B説B

    白いソースで仔牛を煮込む仔牛のブランケットを、古代ローマや中世の白い料理にさかのぼる由緒ある古料理とする話がある。だが名の来歴をたどると中世へはつながらず、最も古い調理記述に書かれていたのは、冷えたローストの残り肉を仕立て直す18世紀の倹約料理だった。

  • グラタン・ドフィノワ フランス 1770–1788 時B説B

    薄切りのじゃがいもを牛乳と生クリーム、ニンニクでゆっくりオーブン焼きにする、フランス・ドフィネ地方の郷土料理。1788年の晩餐の献立をもって「生まれた年」と語られることがあるが、それは記録に残る最古の一皿であって、発祥そのものではない。

  • リヨネーズポテト Lyon, France 1772–1806 時B説B

    リヨンの名を冠したこのジャガイモ料理には、誰それが発明したという発祥の物語がない。「à la lyonnaise(リヨン風)」とは、玉ねぎを効かせるリヨンの調理そのものを指す呼び名である。

  • エスカルゴ フランス 1800–1825 時B説C

    1814年、料理人アントナン・カレームが皇帝を迎える晩餐の土壇場で即興発明した——エスカルゴの有名な起源譚は、同時代の裏づけを欠く後世の作り話である。

  • シュークルート フランス(アルザス) 1800–1900 時C説C

    発酵キャベツは万里の長城の労役者が食べ、モンゴルやタタールが13世紀の欧州へ伝えた——という広く知られた話は、漬け方の系統も伝播を示す史料も裏づけを欠く。アルザスの名物シュークルートは、土地に古くからあるキャベツを塩で漬ける保存食から、19世紀に肉とじゃがいもを盛る祝祭料理へと姿を整えたものである。

  • バルバジュアン モナコ 1800–? 時C説C

    バルバジュアンは、フダンソウとチーズを生地に詰めて揚げるモナコの郷土料理。「ジャンという男が突然の来客に有り合わせを包んで揚げたのが始まり」という起源話は、料理の名前にあとからつけられた語呂合わせで、確かな根拠を欠く。

  • ピラフ(フランス・洋食) フランス 1800–1903 時C説C

    米をバターで炒めてからブイヨンで炊くriz pilaf。フランス料理の顔のひとつだが、これはフランスが生んだ料理ではなく、ペルシアからトルコへと伝わった米料理を19世紀の高級料理が受け継ぎ、磨き上げたものである。

  • クネル フランス(リヨン) 1830–1890 時B説C

    リヨンのパティシエ Charles Morateur が1830年頃にカワカマスのクネルを考案した、という有名な話には同時代の史料の裏づけがない。名高い一皿でありながら、真の考案者は今もわからないままである。

  • クイニーアマン フランス(ブルターニュ) 1860–1900 時B説B

    クイニーアマンは、発酵パン生地に大量のバターと砂糖を幾重にも折り込んで焼き上げるブルターニュの菓子で、19世紀半ばのフィニステール県ドゥアルヌネで生まれた。あるパン職人が繁忙な一日に思いつきで考案したという逸話は広く語られているが、その細部を示す当時の記録は見つかっていない。

  • ステーキ・オ・ポワブル フランス 1900–1910 時B説C

    ステーキ・オ・ポワブルには「◯年に◯◯というシェフが発明した」という発祥譚がいくつも残るが、名乗りより前にこの一皿を出していた店があり、どれか一人の発明に絞ることはできない。

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