食文化圏 / 南アジア
北インド料理の成立史
南アジアの食文化圏「北インド」に属する料理 15 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。
この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)
律速になりがちな食材成立を決めた律速食材として現れた回数(料理数)。
食材が届いた経路律速食材の到来経路(channel)の傾向。在来=もとから現地にあった食材。
成立年代の分布成立年代の分布(最古 1300 年〜最新 1947 年)。
起源説の確度起源説の固さ(A=構造的必然〜D=要検証)の内訳。C/D は諸説・反証ありの料理。
所属する料理 15
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定番 サモサ
インド亜大陸(デリー・スルタン朝) 1300–1400
時B説B
インドの国民食サモサは、実はインド土着の発明ではない。語源も最古の記録も中央アジア/ペルシアを指し、デリー・スルタン朝の宮廷を通じて南アジアへ持ち込まれた外来の包み揚げである。
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定番 ジャレビ
北インド 1450–1600
時B説B
インド生まれの渦巻き菓子と思われがちなジャレビは、もとをたどれば中世イスラム圏の揚げ菓子ザラービヤにゆきつく。10世紀のアラビア料理書にすでにその姿が記されている。
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定番 タンドリーチキン
北インド(パンジャブ/デリー) 1900–1950
時B説C
「タンドリーチキンは古代インダス文明に遡る」という前史説は、窯焼き鶏という調理ジャンルの古さを語るにすぎない。赤いマリネを特徴とする現行型は、新大陸の唐辛子が北インドへ届いた後にしか成立しえず、20世紀前半のパンジャブで確立した。
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定番 バターチキン
インド・デリー 1947–1960
時A説C
デリーの名店モティ・マハルで、一人の料理人が考え出した——バターチキンの誕生はそう語られてきた。だが、その料理人の名も正確な年も同時代の記録を欠き、いまもデリーの裁判所で誰が生みの親かが争われている。
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ゴラブジャムン
インド亜大陸 1300–1800
時C説C
コヤ(煮詰めた乳)を丸めて揚げ、バラの香りのシロップに浸す、南アジアの濃厚な甘菓子。ペルシアの揚げ菓子から生まれたという語りと、ムガル期インドで独自に整ったという語りがいまも並び立ち、どちらか一方には決まっていない。
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カチョリ
インド(ラジャスタン/北インド) 1500–1800
時C説C
スパイスを効かせた豆餡を小麦の皮で包んで揚げた、北インドの軽食。砂漠の交易路を行き来した商人たちの携行食から広まったと伝わる。
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サグパニール
北インド(パンジャーブ) 1500–1900
時C説C
サグパニールは、パンジャーブ在来のからし菜と凝乳(パニール)を合わせた菜食料理である。ほうれん草で作るパラクパニール(#106)とは、主役の青菜が違う同祖の姉妹料理にあたる。
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パラクパニール
北インド(パンジャーブ) 1500–1900
時C説C
北インドの定番「パラクパニール」は、ほうれん草と凝乳チーズを合わせたパンジャーブの菜食家庭料理である。材料はどちらも旧大陸の古い作物・乳製品だが、この組み合わせが確かな記録に現れるのは19〜20世紀と新しく、しかも核となるチーズ・パニールの来歴そのものが学術的に未決のまま残されている。
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ビリヤニ
南アジア(デカン/ムガル) 1500–1750
時B説C
「皇妃ムムターズが、やつれた兵士たちを見かねて肉飯を作らせた」——ビリヤニ誕生のロマンチックな逸話には、これを裏づける当時の記録がまるでない。発祥を一人の人物に帰すこの種の物語は、たいてい後から生まれた創作である。
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ロガンジョシュ
カシミール(北インド) 1550–1750
時B説C
鮮やかな赤色で知られる、カシミールの羊肉煮込み。その赤はかつて唐辛子の色だと思われがちだが、古い形は唐辛子を使わず、紅花に似た草根や鶏頭の花で染められていた。
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チャナマサラ
北インド(パンジャブ) 1600–1900
時B説C
チャナマサラを「インドの古来からの伝統料理」と一括りにするのは半分しか正しくない。ヒヨコ豆の香辛料煮込みという古層は新大陸食材より古いが、トマトと唐辛子で煮込む現行のマサラは、コロンブス交換でその二つが北インドへ届いた後にしか成立しえなかった。
- ニハリ 北インド(デリー/アワド) 1700–1900 時B説C
- アルー・カチョリ(ジャガイモ餡カチョリ) インド(ラジャスタン/北インド) 1800–1900 時C説C
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パニプリ
北インド 1850–1950
時B説C
北インドの街頭で、一口大の揚げ殻にスパイス水を満たして頬張る軽食。叙事詩マハーバーラタの花嫁ドラウパディーが作ったのが起こりだという話が広く語られるが、これは近年ネットで生まれた作り話で、史実とは噛み合わない。
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鉄道マトンカレー
インド(英領インド鉄道) 1900–1947
時B説C
羊肉も香辛料も、インドにはもとから豊かにあった。鉄道マトンカレーの姿を決めたのは食材ではなく、英領インドの鉄道が旅客に食事を出すために整えた仕組みそのものだった。