食文化圏 / 中東・北アフリカ
トルコ・アナトリア料理の成立史
中東・北アフリカの食文化圏「トルコ・アナトリア」に属する料理 4 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。
この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)
律速になりがちな食材成立を決めた律速食材として現れた回数(料理数)。
食材が届いた経路律速食材の到来経路(channel)の傾向。在来=もとから現地にあった食材。
成立年代の分布成立年代の分布(最古 1300 年〜最新 1865 年)。
起源説の確度起源説の固さ(A=構造的必然〜D=要検証)の内訳。C/D は諸説・反証ありの料理。
所属する料理 4
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マンティ
アナトリア(トルコ) 1300–1500
時C説C
ヨーグルトソースをまとうトルコの小さな餃子マンティ。その来歴は中央アジアの遊牧民にさかのぼり、馬に揺られてアナトリアまで運ばれてきた。
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バクラヴァ
オスマン帝国(アナトリア・レバント) 1450–1600
時B説C
ナッツと蜜を、紙のように薄い生地で何十層にも重ねた菓子バクラヴァ。この極薄多層の姿が完成したのは、15世紀から16世紀のオスマン宮廷でのことだ。ビザンツや中央アジアに前史を求める説もあるが、それらが語るのは「重ね菓子という型の古さ」であって、今日の姿そのものではない。
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ドネルケバブ
アナトリア(ブルサ) 1850–1870
時B説C
ドネルケバブを「縦に回る肉を削ぐ料理」たらしめたのは、味でも肉でもなく一つの装置だった。垂直回転式ロースターが19世紀中葉のアナトリアで生まれて初めて、横串焼きは縦型ドネルになった。誰が発明したかは家伝が語るが、一次史料の裏付けは弱い。
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チェルケスタヴク
トルコ(オスマン宮廷)/コーカサス 1865–1900
時B説B
コーカサスのチェルケス人が伝えた、摺りつぶしたクルミと裂いた鶏を冷たいソースでまとめる料理。オスマン宮廷の食卓にのぼった主菜が、やがてトルコの定番メゼになった。