食文化圏 / 西欧
ギリシャ料理の成立史
西欧の食文化圏「ギリシャ」に属する料理 28 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。
この食文化圏は拡充中です。掲載はまだ一部で、これから料理を追加していきます。
この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)
この圏に特徴的な食材全圏平均より偏って多く現れる律速食材(=この圏に特徴的な素材)。汎用食材は突出しないので外れます。
成立年代の分布成立年代の分布(最古 前800 年〜最新 1920 年)。
食材は在来か外来か律速食材が在来(もとから現地にあった)か、外来(交易・開国・植民地交易などで届いた)かの比率。
在来 1 外来 4
所属する料理 28
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定番 ハルーミ
ギリシャ・キプロス 1300–1554
時C説C
ハルーミがキプロスで古代から作られてきたという話には、それを支える同時代の記録が無い。島と結びつく最初の記録としてしばしば挙げられる1554年のキプロス年代記でさえ、刊本を通して読むと当の一節がどこにも見当たらない。
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定番 ケフテデス
ギリシャ 1500–?
時C説C
ギリシャのケフテデスを、古代ギリシャ以来つづく郷土の肉団子とみる向きがある。だが、その名 keftés はオスマン支配下で借りた比較的新しい語であり、ミントやオレガノを利かせる香草・香辛料の様式もこの時期にギリシャ料理へ根づいた。挽き肉を丸める「形」の古さと、いまのケフテデスという料理の成立とは、分けて考える必要がある。
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定番 スパナコピタ
ギリシャ 1500–1800
時B説C
薄い生地を幾層も重ね、ホウレンソウとフェタチーズを包んで焼くギリシャのパイ、スパナコピタ。古代ギリシャから食べられてきたという話がつきまとうが、これは「パイという食べ物の古さ」と「いまの一皿の成り立ち」を取り違えた見方である。
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定番 ホリアティキ(ギリシャ風サラダ)
ギリシャ 1850–1950
時B説C
トマトとキュウリにフェタのかたまりを載せたギリシャ風サラダは、農村の素朴な食にまで遡る古い料理に見える。だが、いま観光地で出される定型そのものは、二十世紀後半のアテネで生まれたかなり新しい形である。
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定番 スブラキ
ギリシャ 1900–1950
時B説C
炭火で串焼きにした小片の豚肉。その串焼きはエーゲ海の青銅器時代まで遡れるが、街頭で売られる『あのスブラキ』そのものは、第二次大戦後に広まった新しい屋台食である。
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定番 ジャイロ(ギリシャ)
ギリシャ 1920–1975
時B説B
ギリシャの食堂を象徴する縦型回転焼きのジャイロは、ギリシャ独自の発明だと信じる人も少なくない。だがその様式も名前も、海の向こうのアナトリアから渡ってきたもの——トルコのドネルケバブを母体に、難民の手とともにギリシャへ根づいた一皿である。
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定番 ムサカ
ギリシャ 1920–1935
時B説B
ナスと挽肉の層をなめらかな白いソースで覆って焼く、ギリシャを代表する一皿ムサカ。その白いベシャメルがオスマン宮廷の豪奢に生まれたという話は、ある食物史家が自分の信じてきた説をみずから取り下げて崩れた。
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カタツムリと野菜の煮込み(クレタ)
ギリシャ(クレタ島) ?–?
時C説B
雨あがりの石垣からカタツムリを拾い集め、玉ねぎや野草といっしょに土鍋で煮る——クレタ島のこの一皿は、しばしば「ミノア期以来の食習慣」として紹介される。ただし、その古さを料理そのものの成立年として絞り込める記録は、いまのところ示されていない。
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ツィガリアスト
クレタ島(ギリシャ) ?–?
時C説B
クレタ島西部、スファキア地方の山あいでは、羊や山羊の肉を玉ねぎとオリーブ油で炒め、ワインで蒸し煮にする一皿が牧夫の食卓を支えてきた。ツィガリアストである。名はギリシャ語の動詞τσιγαρίζω(炒める)に由来し、調理そのものが料理名になっている。使う食材はどれも地中海の土地に古くからあるもので、遠方から何かが届くのを待つ必要はなかった。
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パイダキア(ラムチョップ)
ギリシャ -800–?
時B説B
パイダキアは、仔羊のあばら肉を炭火であぶるギリシャの定番料理だ。誰かが考案した一皿ではなく、地中海の牧畜そのものと同じくらい古い、直火焼きの延長線上にある。
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ルクマデス
ギリシャ -400–?
時C説B
油で揚げた小さな生地に蜂蜜やシロップをたっぷりかけるギリシャの菓子ルクマデス。「古代オリンピックの勝者に贈られた蜂蜜菓子」という華やかな逸話とともに語られることが多いが、その褒賞の物語は後世の飾りを含む。それでも、揚げ菓子そのものの系譜は前5世紀の古典に記された菓子まで確かにたどれる。
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ココレツィ
ギリシャ 330–?
時C説C
ココレツィは、羊や山羊の内臓を腸で巻いて串に刺し、炭火でじっくり回し焼きにするギリシャやバルカン、アナトリアの料理である。『イリアス』にさかのぼる古代ギリシャ人の発明だと語られることがあるが、これは近年の帰属争いのなかで強調された「創られた伝統」で、実際はこの地域に広く共通する土着の内臓焼きである。
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コマンダリアワイン
ギリシャ・キプロス 1191–1250
時B説C
1191年、リマソールの婚礼でリチャード獅子心王がこの甘口ワインを「王のワインにして酒の王」と称えた——広く語られるこの命名譚は、同時代の記録に確認できない後世の装飾であり、コマンダリアの名は十字軍騎士団の封領コマンドリーに由来する。
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スティファド
ギリシャ 1200–1700
時C説C
ヴェネツィア人が13世紀にスティファドをギリシャへ持ち込んだ——そう語られる有名な起源話のうち、確かなのは料理の完成形の伝来ではなく、名前が海を渡って借りられたという事実だけである。
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アヴゴレモノ
ギリシャ 1300–?
時B説B
ギリシャの食卓に欠かせない、卵とレモンの乳化ソース、アヴゴレモノ。その原型は、中世イベリアのセファルディ系ユダヤが伝えたアグリスターダという白いソースにさかのぼる。
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ティロピタ
ギリシャ 1400–1700
時B説C
紙のように薄い生地で羊乳のチーズを幾重にも包み焼いたギリシャの総菜パイ。古代から続くチーズパイの長い系譜の先端にあるが、いまの「ティロピタ」という名と味が定まったのは意外にも近代に入ってからである。
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サガナキ
ギリシャ 1453–?
時C説B
サガナキは、浅い両手鍋で羊乳や山羊乳のハードチーズをこんがり焼くギリシャの前菜だ。テーブルで火をつけて「オパ!」と沸かせる派手な演出を古代ギリシャ以来の伝統と思う人は多いが、あの炎は1968年のシカゴで生まれた新しい趣向である。
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クレフティコ
ギリシャ・キプロス 1500–?
時C説B
羊や山羊を紙やオーブンで密閉し、時間をかけてほろほろに焼き上げるギリシャ・キプロスの一皿、クレフティコ。その名はオスマン支配期に山へ逃れた抵抗兵クレフテスに由来する——ただし「奪った羊を、煙を見られぬよう穴に埋めて焼いた」という劇的な起源話は、名の由来ほど確かではない。
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ドルマデス
ギリシャ 1500–?
時C説C
**ドルマデス**をギリシャだけの、あるいはトルコだけの民族料理とする主張は、名前・技法・史料のどれをたどっても一つの民族には行き着かない。いま食べられている肉なしの一皿とそっくり同じものは、1864年に出たオスマン料理書の英訳に「嘘のドルマ」という名で載っている。
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ファソラダ
ギリシャ 1600–1900
時B説C
ギリシャの国民食とうたわれる白インゲン豆のスープ。古代ギリシャの祭りに遡るという由緒がよく語られるが、主役の豆は新大陸生まれで、古代の食卓には存在しなかった。
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タラモサラタ
ギリシャ 1700–1900
時B説B
魚卵を練り込んだ淡いピンクのディップ、タラモサラタ。古代ギリシャの魚卵珍味をそのまま受け継いだ料理と語られがちだが、いまの食卓にのぼる一皿は、正教の断食期を支える食べ物として十九世紀のギリシャで姿を整えたものだ。
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ザジキ
ギリシャ 1800–?
時C説B
水切りヨーグルトにキュウリとニンニクを混ぜたギリシャの前菜ザジキ。だが「古代ギリシャ以来の味」という語り口は、その名がオスマン期にトルコ語から入った借用語だという一点で足元を崩される。ザジキは古代の遺産ではなく、オスマン帝国下のギリシャがトルコ料理チャジュクを受け入れて自分のものにした一皿である。
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シミ島の小エビのフライ
ギリシャ 1800–?
時C説B
シミ島の小エビのフライには、考案者の名も、誕生の年も伝わっていない。島の近海にしかいない体長四、五センチの深紅の小エビを、殻ごと油で揚げるだけ——島の暮らしがそのまま一皿になったような料理である。
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イエミスタ
ギリシャ 1850–?
時B説C
イエミスタ(ゲミスタ)は、トマトやピーマンをくり抜いて米や香草を詰め、天火で焼くギリシャの家庭料理。トマトを詰めた現行の姿を「古代ギリシャ以来の伝統」と語る話をよく聞くが、その主役のトマトもピーマンも新大陸原産で、ギリシャの食卓に並ぶのは19世紀半ば以降だった。
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ダコス
ギリシャ(クレタ島) 1850–1950
時C説B
クレタ島のダコスは、岩肌の畑で育つ大麦を二度焼きした硬いラスクに、すりおろしたトマトとフェタを載せる素朴な一皿である。島の古い保存食に見えて、いまの姿を決めたのは海の向こうから届いたトマトだった。
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ユヴェツィ
Greece 1850–?
時B説B
ユヴェツィという名は、オスマン帝国期に地中海各地へ広まった素焼きの土鍋「güveç」に由来する。だが、いま食卓に上るトマト味のユヴェツィそのものは、その土鍋よりずっと新しく、南米原産のトマトがギリシャの台所に定着した19世紀後半以降に生まれた一皿である。
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コントソウヴリ
ギリシャ 1900–2000
時C説C
ホメロスの時代から続くギリシャ料理——串焼きのコントソウヴリは、しばしばそう語られる。だが古いのは肉を串に刺して炭火で炙る技法のほうで、「コントソウヴリ(短い串)」という名で呼ばれる祝祭の焼肉そのものは、近現代に形をとった料理である。
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パスティチオ
ギリシャ 1910–?
時B説B
ベシャメルをまとった重ね焼きのパスティチオは、いかにも古くからのギリシャの家庭料理に見える。だが、この層状の姿が定まったのは20世紀初頭で、名もイタリア語に由来する。