食材から辿る / 在来

ナス 素材 時期 C検証済

成立年代 前300〜

ナスが、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。

3ゲート

食材入手ゲート
栽培化(野生 S. insanum から複数起源・インドと華南/東南アジア・考古年代未確定)
調理技術ゲート
加熱調理で可食化(苦味/えぐみ低減に加熱)=食材入手と同年
場ゲート
食用成立=食材入手と同年

ナスはどこから広がったか

ナス(Solanum melongena)は、野生のトゲだらけの近縁種(Solanum insanum)から人の手で選び出された作物である。原産地はひとつではない。インドと、華南から東南アジアにかけての一帯と、少なくとも二つの地域で別々に畑の作物になったと考えられている。とりわけインドはナスの品種の多様さが際立つ土地で、丸いもの、細長いもの、白いもの、緑や紫の縞のあるものが今も並んでいる。

年代の定まらない野菜

ただし、いつ栽培が始まったのかは分かっていない。年を打てる手がかりが乏しいためである。文字の記録に姿を見せるのは中国のほうが早く、紀元前1世紀の文献にすでにナスへの言及がある。品種の多様さの中心はインドにあり、原産地インドでの利用はそれより古かった可能性が高い。

生でかじる野菜ではないことも、この作物の性格を決めている。ナスは加熱してはじめて食べられる。焼き、煮て、揚げて、えぐみと苦みを飛ばし、同時に果肉が油や汁を吸う。この吸う性質が、のちにナス料理をほとんどどこでも脂と結びつけることになる。

西へ渡り、地中海に住みつく

ナスが原産地の外へ大きく出るのは、イスラーム世界の広がりに乗ってからである。8世紀ごろには中東と北アフリカにナスが行き渡り、アラビア語圏の料理書はこの野菜のための調理法を次々に書き留めるようになった。焼いて潰す、詰めものにする、甘酸っぱく煮る——ナスの扱いの型の多くは、この地域で整えられている。

さらに西へ進んで、10世紀前後にはアラブ支配下のシチリアに入った。ヨーロッパでのナスの評判は、しかし長いあいだ芳しくなかった。19世紀の末になってもイタリアの料理書はこの野菜を、由緒のない下賤な食べものとして扱っている。ナスが南欧の食卓で正当な地位を得るのは、それよりさらに後のことである。原産地の外に出てから千年以上のあいだ、この紫の実は、行った先で歓迎されるとはかぎらない旅を続けていた。

各地への伝来 3

各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。

  • 前1000〜前100頃 インド 在来在地栽培
  • 700〜800頃 中東・北アフリカ 交易路
  • 827〜1091頃 シチリア 交易路

ナスの到来が成立を縛った料理 3

ナスが届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。

成立年不明 1

成立の下限(いつ以降か)が史料から決まらない料理。年代順には置けないのでここへ分けた ── いちばん古いという意味ではない。この食材の到来が下限を与えることは変わらないが、料理の側の成立年はまだ決まっていない。 「遅くとも◯年までに」はその年までに存在したことが押さえられているという意味で、その年に成立したという意味ではない。

ナスを使う料理 22

成立年不明 2

成立の下限(いつ以降か)が史料から決まらない料理。年代順には置けないのでここへ分けた ── いちばん古いという意味ではない。 「遅くとも◯年までに」はその年までに存在したことが押さえられているという意味で、その年に成立したという意味ではない。

  • ボルタ バングラデシュ 年代不明
  • メゼ トルコ 年代不明

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