食材から辿る / 旧大陸
ココナッツ 素材 時期 C検証済
ココナッツが、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。
旧大陸熱帯沿岸(インド洋型スリランカ/太平洋型島嶼東南アジア)での採取・栽培化=原産地での食材入手と食用成立が同年。ただし正確な栽培化年代は伝播史(層A)に未確定で下限は暫定
3ゲート
- 食材入手ゲート
- 自生ヤシの実の採取・栽培化=食材入手。旧大陸熱帯にインド洋型(スリランカ/南インド)と太平洋型(島嶼東南アジア)の独立二起源で栽培化(Gunn et al. 2011)。自生木ゆえ採取は人類の熱帯沿岸定着と共に古い。到来台帳: 在来@スリランカ/シンガポール(年代はプレースホルダ=1年で正確な栽培化年代は層A史料に未確定)
- 調理技術ゲート
- 硬い殻を割り胚乳・果汁(ココナッツミルク)を搾る/削る。特殊な可食化技術は不要で採取・栽培化と同時に食用成立
- 場ゲート
- 熱帯沿岸の在地の食として成立=食材入手と同年。自生ヤシの利用で場ゲートは退化(捏造しない)。食用前の物理到来(自生分布)は前史扱いで場ゲートに数えない
ココナッツはどこから広がったか
ココナッツ(ココヤシ Cocos nucifera)は、旧大陸の熱帯に、たがいに独立した二つの起源をもつ作物である。ひとつはインド洋に面した南アジア——スリランカやインド南部——を故郷とするインド洋型、もうひとつは島々の連なる東南アジア、いまのマレー半島の先からインドネシアの島嶼部にかけてを故郷とする太平洋型である。遺伝子を読み解く研究(ガンらの2011年の報告)は、この二つの型がそれぞれ別の海辺で、別々に栽培化されたことを明らかにした。ココヤシは一か所で生まれて世界へ散ったのではなく、広い熱帯の海をはさんで二度、人の暮らしに寄り添う木になったのである。
漂う実と、運ぶ人
ヤシの実がどうやって海を越えたのか。この問いには、二つの答えが重なっている。ひとつは自然の力である。ココナッツの厚い殻と繊維質の果皮は水に浮き、なかの胚は海水につかったまま長く生き延びる。海流に乗って遠い浜に流れ着き、そこで芽を出す——この漂流によって、ココヤシは人の手を借りずとも島から島へ渡る力をそなえていた。
だが、それだけでは説明のつかない広がりがある。太平洋型のココナッツは、はるか西のインド洋、マダガスカル島にまで達している。ガンらの研究によれば、この分布は海流の向きだけでは説明がつかず、海を渡る民——オーストロネシア語族の人々——の航海の道すじと重なっていた。彼らは島嶼部東南アジアからインド洋を西へ、マダガスカルへと渡り、その舟に食料や苗として太平洋型のヤシを積んでいったと考えられる。ココヤシの広がりは、波まかせの漂流と、人が意図して運んだ航海と、この二つの力がからみ合って形づくられた。
二つのふるさと
インド洋型のふるさとは、スリランカからインド南部にかけての海辺である。この一帯では、ココヤシは古くから土地に根づいた木で、暮らしのなかに深く入り込んでいた。実の白い胚乳をしぼった汁は料理の土台になり、樹液は甘味に、殻や葉は道具や屋根の材料になった。
太平洋型のふるさとは、島々の連なる東南アジア——いまのマレー半島の先からインドネシアの島嶼部にかけての海域である。ここはココヤシが栽培化されたもうひとつの中心で、この型がのちにオーストロネシア人の航海とともに太平洋の島々へ、そして西のインド洋へと運ばれていった。二つの型は、それぞれの海を故郷とする、別々の家系だったのである。
大西洋へ——ポルトガルの手で
大西洋の岸辺にココヤシが現れるのは、ずっと遅く、ヨーロッパ人の大航海の時代に入ってからである。旧大陸の熱帯にとどまっていたこの木を大西洋の世界へ運んだのは、ポルトガル人だった。彼らはアフリカ西岸の沖に浮かぶカーボベルデ諸島に、15世紀の末——1499年ごろと伝えられる——ココヤシを持ち込んだとされる。この諸島が、大西洋へ向かう入口になった。
そこから苗は西アフリカの沿岸へと渡り、およそ1500年前後に根づいたと伝えられる。年代を一点に絞りきれないため、16世紀の前半までの幅で見るのが確かなところである。さらに海を越えて、南米のブラジルへは1553年にもたらされた。ブラジルと西アフリカで育つココヤシの集団が遺伝的に近いことが、このカーボベルデを経た道すじを裏づけている(ブラジル産ココヤシの集団構造を微小な遺伝標識で調べた研究)。大西洋にひろがったヤシは、太平洋の島々のものとは別の、インド洋から大西洋へと連なる系統を引いていた。
太平洋岸のアメリカへ
アメリカ大陸の太平洋側には、また別の道からココヤシが届いた。太平洋には島づたいに広くココヤシが分布していたが、アメリカの太平洋岸への導入は、そのほとんどがスペインの時代のものだったと見られている。パナマの港には1539年ごろから実が持ち込まれ、そこから中南米の太平洋岸へと広がった。エクアドルの海辺にココヤシが根づくのは1600年ごろのことである(ガンらの2013年の研究)。こうしてココヤシは、生まれ故郷の二つの海から、大西洋と太平洋の両側のアメリカへと、別々の経路をたどって世界へ広がっていったのである。
各地への伝来 15
各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。
- 前1500〜前800頃 ミクロネシア 在来
- 前1100〜前900頃 フィジー 在来
- 前800頃 トンガ 在来(ラピタ期のポリネシア定住以来)
- 1頃 シンガポール 在来
- 1頃 スリランカ 在来在地栽培
- 1頃 タイ 在来在地栽培
- 1頃 モルディブ 在来在地栽培
- 1〜1000頃 東アフリカ 在来
- 1頃 東南アジア 在来
- 1499〜1550頃 西アフリカ 植民地交易
- 1539〜1700頃 エクアドル沿岸 植民地交易
- 1549〜1600頃 プエルトリコ 植民地交易
- 1550〜1650頃 コロンビア・ベネズエラ 植民地交易流通
- 1550〜1681頃 ジャマイカ 新大陸交換
- 1553〜1600頃 ブラジル 植民地交易
ココナッツの到来が成立を縛った料理 11
ココナッツが届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。
- オタ・イカ トンガ前800年ごろ
- ソンビ セネガル1500年ごろ
- テンブレケ プエルトリコ1549年ごろ
- シチュー・ピーズ ジャマイカ1550年ごろ
- カルド・サント プエルトリコ1600年ごろ
- コカーダ コロンビア1600年ごろ
- コーンミール・プディング ジャマイカ1600年ごろ
- ライス・アンド・ピーズ Jamaica1681年ごろ
- ランダウン Jamaica1681年ごろ
- エンコカード エクアドル沿岸1700年ごろ
- レッド・ピーズ・スープ Jamaica1700年ごろ
ココナッツを使う料理 27
- チングリマライカレー バングラデシュ
- ココナッツフィッシュ ナウル前1000年ごろ
- ココダ フィジー前900年ごろ
- パルサミ キリバス150年ごろ
- カオプン ラオス1350年ごろ
- ナシウドゥ インドネシア1500年ごろ
- マハラグウェ ケニア1500年ごろ
- ルンダン インドネシア1540年ごろ
- カシャータ 東アフリカ1600年ごろ
- カレーラクサ シンガポール1600年ごろ
- ポル・サンボル スリランカ1600年ごろ
- ラクサ ペナン1600年ごろ
- ダックヌー ジャマイカ1655年ごろ
- ムホゴ・ワ・ナジ 東アフリカ1700年ごろ
- ワタラッパン スリランカ1700年ごろ
- オイルダウン グレナダ1793年ごろ
- アモック カンボジア1800年ごろ
- オンノカウスエ ミャンマー1800年ごろ
- マンダジ 東アフリカ1800年ごろ
- クレポン インドネシア1810年ごろ
- カオソーイ(タイ・チェンマイ) タイ1850年ごろ
- サンウィンマキン ミャンマー1850年ごろ
- ラミントン オーストラリア1895年ごろ
- カヤ・トースト シンガポール1900年ごろ
- コキート プエルトリコ1900年ごろ
- アンザックビスケット オーストラリア/ニュージーランド1915年ごろ
- ナナイモバー カナダ1950年ごろ