食文化圏 / 北米

米国南部・南東料理の成立史

北米の食文化圏「米国南部・南東」に属する料理 28 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。

この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)

この圏に特徴的な食材全圏平均より偏って多く現れる律速食材(=この圏に特徴的な素材)。汎用食材は突出しないので外れます。

  • 全圏平均の約 6.86 倍・3 品で律速(=この圏で偏って多く使われる食材)。
  • 全圏平均の約 5.79 倍・3 品で律速(=この圏で偏って多く使われる食材)。

成立年代の分布成立年代の分布(最古 800 年〜最新 1965 年)。

  • 中世 1
  • 近世 8
  • 近代 12
  • 現代 7

食材は在来か外来か律速食材が在来(もとから現地にあった)か、外来(交易・開国・植民地交易などで届いた)かの比率。

在来 3 外来 11

所属する料理 28

  • 定番 プルドポーク 米国南部 1540–1900 時B説B

    柔らかくほぐした豚肩肉をじっくり燻す南部バーベキュー――しばしばアメリカ独自の発明として語られるが、その調理法も「バーベキュー」という呼び名も、じつはカリブの先住民が使っていた木組みの火にさかのぼる。

  • 定番 フライドチキン 米国南部 1750–? 時B説C

    南部のフライドチキンはスコットランド移民の揚げ技法が生んだ——この有名な説明は、その根拠に引かれてきた1747年の料理書を開くと崩れる。同じ本で「スコットランド風の鶏」として載っているのは、メースとパセリで煮て溶き卵でとじた汁物だった。

  • BBQリブ(バーベキュー・リブ) 米国南部 1540–1900 時B説C

    「バーベキュー」の語はフランス語の『髭から尻尾まで(barbe à queue)』に由来する——そんな洒落た説がよく語られるが、これは後付けの語呂合わせで、本当の語源はカリブの先住民の言葉にある。煙でいぶす技も名前も先住民から、焼かれる豚は入植者から、料理として南部に根づかせた腕は奴隷とされた黒人のピット職人から来た。

  • コーンブレッド 米国南部 1600–1800 時B説C

    コーンブレッドを「アフリカ系が生んだ」「スコッチアイリッシュが生んだ」と一つの文化に帰す語りは俗説で、実際は先住民のトウモロコシ粉食を基層に、複数の集団が手を加えてできた料理である。しかも素朴な無発酵のポーンと、今日の「ふくらむ」型は別々の段階に属する。

  • ジャンバラヤ 米国ルイジアナ(ニューオーリンズ) 1718–1878 時B説C

    ルイジアナの米料理「ジャンバラヤ」は、スペインのパエリアの代用品として生まれ、その名はハム(jamón)とパエリアを合わせた言葉だ、としばしば語られる。だがその語源説は史料に支えられず、起源も決着していない。西アフリカのジョロフライスに連なるという説が、いまでは学術的な裏づけとともに並び立つ。

  • プラリネ アメリカ(ニューオーリンズ) 1718–1850 時B説C

    ニューオーリンズ名物のピーカン菓子プラリネは、1727年に来たフランス人修道女が伝えたと語られてきたが、その逸話に史料の裏づけはなく、この菓子を生み育てたのはルイジアナの砂糖農園で働かされた被奴隷のアフリカ系料理人たちだった。

  • レッドビーンズ・アンド・ライス 米国ルイジアナ(ニューオーリンズ) 1718–1900 時B説B

    ニューオーリンズの月曜日といえば、赤インゲン豆と米の煮込みだった。前日の日曜に食べたハムの骨を、翌朝からとろ火にかけて放っておく——洗濯に追われる一日の暮らしのリズムそのものが、この一皿を定番の座に押し上げた。

  • ガンボ 米国ルイジアナ(ニューオーリンズ) 1800–1880 時B説C

    ガンボは「フランス人エリートがブイヤベースを真似て作った」と語られることがあるが、その名はアフリカのオクラを指し、現存最古の記録には1764年にマンディンゴの女性がオクラと米で煮込んだ姿が残る。仏・西アフリカ・先住民が交わったルイジアナの混交料理である。

  • ナマズのフライ(ハッシュパピー添え) 米国南部 1800–? 時C説B

    ミシシッピ川の流域で、揚げたてのナマズにトウモロコシ粉の団子を添える。この団子を指す「ハッシュパピー(犬を黙らせろ)」という名には、吠える猟犬をなだめた逸話がまとわりつくが、それはあくまで名前の由来話であって、料理そのものの成り立ちとは切り離せる。

  • ナマズのフライ/ブラッケン(ミシシッピ) 米国南部 1800–? 時C説B

    黒焦げに焼き上げたナマズ「ブラッケン」は、ケイジャン料理が沼地の暮らしのなかで古くから受け継いできた伝統技法——という語り口で全米に広まった。だが、この焼き方は1980年ごろに一人のシェフが作り出した、まだ新しい技である。

  • ブランズウィックシチュー 米国南部 1828–1900 時B説C

    米国南部の共同体料理ブランズウィックシチュー。ヴァージニアとジョージアが「うちが発祥」と争うが、片方の主張は1871年の古いメニューで覆り、もう片方のよりどころは1907年の一通の手紙しか残っていない。

  • チキンアンドダンプリング 米国南部 1836–? 時B説C

    チキンアンドダンプリングは大恐慌や南北戦争の窮乏が生んだ倹約食——長くそう語られてきた。だがこの料理はそれより数十年早い料理書に載っており、鶏を一羽潰すこと自体が、切り詰めどころか豊かさの証だった。

  • チキンフライドステーキ 米国南部 1850–1914 時B説B

    薄く叩いた牛肉に衣をつけ、鶏の唐揚げのように揚げて白いクリームグレイビーをかける——アメリカ南部を代表するこの一皿は、「テキサスの料理人が客の注文を聞き違えて偶然生まれた」という愉快な逸話で語られてきた。だがその物語は、20世紀後半に新聞記者が仲間内の座興でこしらえた作り話である。

  • テキサス風BBQ 米国南部 1860–? 時B説B

    テキサス風BBQといえば、塩胡椒だけをまとった牛ブリスケットを薪でゆっくり燻したあの一皿——と多くの人が思い浮かべる。だがそれは、テキサス各地で別々の担い手が育てた四つの伝統のうち、中央部で生まれた一つを州全体の顔に押し上げた見え方であり、もともとテキサスのBBQは一つの料理ではなかった。

  • セントラルテキサス風BBQ 米国テキサス(セントラルテキサス) 1875–? 時B説B

    塩胡椒だけをまぶした牛ブリスケットを、ポストオークの薪でゆっくり燻す——テキサスBBQの代名詞となったこの一皿は、もとはBBQの店ではなく、19世紀の移民の精肉店が売れ残った肉をさばくための商いから始まった。ブリスケットが主役の座につくのは、それよりずっと後のことである。

  • マフレッタ 米国ルイジアナ(ニューオーリンズ) 1890–1906 時B説C

    マフレッタは、ニューオーリンズのシチリア移民街で20世紀初頭に生まれた、丸いゴマパンに塩漬け肉とチーズ、オリーブサラダを層状に挟んだ大ぶりのサンドイッチである。1906年にセントラル・グローサリーのサルヴァトーレ・ルポが考案したという有名な起源話が広く語られるが、元祖を名乗る証言は他にもいくつもあり、誰が最初に作ったかは今も決着していない。

  • オイスター・ロックフェラー 米国ルイジアナ(ニューオーリンズ) 1899–1899 時B説B

    殻付きの牡蠣に濃厚な緑のソースをのせて焼くオイスター・ロックフェラー。その緑の正体はほうれん草——と信じられてきたが、実験室の分析はそれを覆した。

  • ホットブラウン 米国ケンタッキー(ルイビル) 1926–1926 時B説B

    ケンタッキー州ルイヴィルのブラウン・ホテルで1926年に生まれた、七面鳥をチーズソースで覆って焼き上げる温かいオープンサンド。発祥の店・考案者・年がそろって一致して伝わる、由来の確かな一皿である。

  • キーライムパイ 米国フロリダ 1931–1940 時B説C

    キーライムパイは19世紀のキーウェストで「アント・サリー」が考案した——地元にはそう伝わる。だが文献にこのパイが現れるのは1930年代であり、その語りを支える同時代の史料は見当たらない。

  • キューバサンド(米国フロリダ・マイアミ) 1960–? 時B説C

    マイアミのキューバサンドは、ジェノアサラミを入れず、ハバナの原型により近い。これは独自の発明ではなく、1959年のキューバ革命後にマイアミへ渡った亡命者たちが受け継ぎ、根づかせた地域変種である。

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