食文化圏 / ラテンアメリカ

アンデス・ペルー料理の成立史

ラテンアメリカの食文化圏「アンデス・ペルー」に属する料理 5 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。

この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)

律速になりがちな食材成立を決めた律速食材として現れた回数(料理数)。

  • ピスコ(ブドウ蒸留酒)1
  • 柑橘1
  • 牛の心臓1
  • 牛肉1
  • 豚肉1

食材が届いた経路律速食材の到来経路(channel)の傾向。在来=もとから現地にあった食材。

  • 植民地交易2
  • 新大陸交換1

成立年代の分布成立年代の分布(最古 1535 年〜最新 1916 年)。

  • 近世3
  • 近代1
  • 現代1

起源説の確度起源説の固さ(A=構造的必然〜D=要検証)の内訳。C/D は諸説・反証ありの料理。

  • C C=諸説・通説3
  • B B=学術定説2

所属する料理 5

  • 定番 ピスコサワー ペルー(リマ) 1916–1930 時A説B

    リマのバーで生まれたブドウ蒸留酒のカクテル、ピスコサワー。ペルーとチリがその発祥を競い合うが、チリに古くから伝わる『1872年イキケ考案』の物語は、典拠をたどると別の酒の話だった。

  • セビーチェ ペルー(太平洋岸) 1535–1900 時A説C

    セビーチェはインカ、あるいはそれより前まで遡る——そう語られることは多い。だが、ライムで魚を締めるいまのセビーチェに限れば、その柑橘がスペイン人とともに新大陸へ渡った16世紀より前には生まれようがなかった。

  • アンティクーチョ ペルー(アンデス高地) 1540–1700 時B説C

    ペルーの串焼きアンティクーチョ。串焼きの慣習はインカ以前のアンデスに遡るが、いま屋台で焼かれる牛心臓のアンティクーチョは、植民地期に被奴隷のアフリカ系ペルー人が捨てられた臓物から生み出した、新しい料理である。

  • チチャロン ペルー/中南米 1550–1700 時C説B

    豚を自身の脂で揚げた、中南米でおなじみの一皿。だが豚そのものが新大陸にいなかった時代があり、この料理はスペイン人が豚を連れてきて初めて生まれた。

  • ロモサルタード ペルー(リマ) 1850–1900 時B説C

    ペルーを代表する牛肉炒め、ロモサルタード。この料理の決め手となったのは、旧大陸から来た牛肉そのものではなく、十九世紀後半に中国系移民が持ち込んだ中華鍋の高温の炒め技だった。リマの中華系食堂チーファで生まれた融合の一皿が、やがてクリオージョの家庭料理として根づいた。

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