食材から辿る / 旧大陸
黒胡椒 素材 時期 B検証済
黒胡椒が、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。
前1000年ごろ南インドで栽培化・香辛料利用成立
3ゲート
- 食材入手ゲート
- 栽培化(南インド原産=マラバル海岸〜西ガーツの森で Piper nigrum を栽培化、前1000ごろ=入手)
- 調理技術ゲート
- 乾燥(未熟果を乾かし黒胡椒に)=可食化
- 場ゲート
- 食材入手と同年=南インドで栽培化とともに香辛料として食用成立
黒胡椒はどこから広がったか
黒胡椒(Piper nigrum)は南インドの原産である。系統ゲノムの研究は、この蔓性植物の故郷を、インド半島南西部のマラバル海岸から西ガーツ山脈にかけての湿った森に定めている。栽培のはじまりは紀元前1000年ごろにさかのぼるとされ、胡椒はもともと、このモンスーンの雨に潤う一帯だけに実る土地の産物だった。
ローマへ流れた胡椒
胡椒を世界の商品へ押し上げたのは、古代の海の交易だった。ローマ帝国は季節風を利用して紅海からインド洋を渡る航路を握り、南インドの港——とりわけムジリス——とのあいだで活発な胡椒交易を営んだ。1世紀の航海案内書『エリュトラー海案内記』は南インドからの胡椒の積み出しを記し、博物学者プリニウスは、ローマ人がこの黒い粒に大金を注ぎ込むことを嘆いてみせた。この交易は文献だけの話ではない。エジプトの紅海沿岸の港町ベレニケの発掘では、1世紀ごろの層から三千粒を超える黒胡椒が出土しており、インドから運ばれた胡椒が確かにこの港を経てローマ世界へ流れ込んでいたことを、考古学が裏づけている(キャッパーズらの植物考古学の研究)。南インドの森でしか採れなかった香辛料が、地中海の食卓を彩っていたのである。
東南アジアへの広がり
胡椒はやがて栽培地そのものを東へ広げた。原産地の南インドから海を渡って、スマトラやジャワの島々でも胡椒が育てられるようになる。15世紀の初め、明の鄭和の大艦隊がインド洋を航海したころには、スマトラ島の西部で胡椒が在地の作物として栽培されていた記録が残る(1405年ごろ)。こうして黒胡椒は、南インドという一つの故郷を出て、インド洋を囲む各地の畑へと根を広げていった。土地の産物にすぎなかった一粒が、古代から近世にかけて、世界の交易を動かす香辛料になったのである。
各地への伝来 8
各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。
- 前1000頃 南インド 在来在地栽培
- 1〜100頃 エジプト 交易路
- 1〜100頃 ローマ 交易路
- 1405頃 西スマトラ 交易路在地栽培
- 1521頃 メキシコ 植民地交易
- 1650〜1750頃 カンブリア 交易路流通
- 時期不明 チェコ 交易路流通
- 時期不明 ハンガリー 交易路流通
黒胡椒の到来が成立を縛った料理 2
黒胡椒が届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。
- ラサム 南インド1500年ごろ
- カンバーランドソーセージ 英国・カンブリア1700年ごろ
黒胡椒を使う料理 5
- フィッシュアンブルティヤル スリランカ1400年ごろ
- アドボ フィリピン1500年ごろ
- カチョ・エ・ペペ ローマ1880年ごろ
- ステーキ・オ・ポワブル フランス1900年ごろ
- エルサレム・ミックスグリル イスラエル1960年ごろ