ジャワの茹で野菜にこっくりとした落花生のソースをからめたサラダ、ガドガド。その名がポルトガル語の「家畜の餌」に由来するという語呂のよい話は、辞書がたどった語源とすれ違う偶然の空似にすぎない。
検証ハイライト 俗説 → 判定 → 根拠
- 主な説
- ガドガドは、ジャワ西部(ジャカルタのブタウィ、スンダ)の在来の茹で野菜料理(pecel や urap と同じ系統)を母体とし、のちに落花生のたれ…
- 判定
- 諸説あり
- 主な根拠
- 不明Nonna Cornelia『Kokki Bitja atau Kitab masak-masakan India, jang baharoe dan samporna』(第6版・Batavia: Lange & Co., 1864)— インドネシア語版ウィキソースの翻刻(校正済み)一次史料 不明S. Coolsma『Soendaneesch-Hollandsch woordenboek』(Leiden: A.W. Sijthoff, 1913)— インターネット・アーカイブ所蔵のミシガン大学スキャン一次史料
史料が示すこと: 複数の史料が、この通説を支持しない(俗説として退けられる)。 なお「ポルトガル語 gado(家畜)語源説」という通説は一次史料・学術文献で退けられている。
3つの成立条件
- 食材の条件
- 落花生は新大陸の作物で、ポルトガル・スペインや華人の交易で東南アジアへ伝わった。落花生のたれは落花生が入ってからでないと作れない。1864年から1913年までの料理書と辞典に見えるガドガドには落花生が入っておらず、その古い形はこの料理の前の形として別に扱う。
- 調理技術の条件
- 落花生を炒ってすりつぶし、たれにする
- 場の条件
- ジャワの市場・屋台・家庭で食べる、野菜を混ぜる料理
成立年代と食材の条件
食材入手(1511〜1540年・在地/到来)が最後に揃った条件で、成り立ちうる最も早い年はその条件が揃った年になる。成立年代の帯は、その年以降にある。場の条件(料理が成立し広まった場)は年で表せないので、図には出さない。
- 食材入手(流通/在地/加工の経路を内包)
- 太線=最後に揃った条件(最も遅い=成立を縛る)
- 細線=既に充足
- 場の条件(年で表せないので図には出さない)
検証メモ: 落花生はもともと新大陸の作物で、インドネシアへは17世紀初めに交易で入ったとされる(入った年を示す当時の記録はまだ確かめられていない)。今のガドガドの核である落花生のたれは、落花生が入ってからでないと作れない。一方、ガドガドの名は遅くとも1864年にバタヴィアの料理書『Kokki Bitja』に出るが、そのガドガドは茹でた野菜にココナツミルクで煮た香辛料のたれを掛ける料理で、落花生は入っていない。1898年にジョグジャカルタで出た料理書、1902年の蘭領東インドの料理書、1913年のスンダ語・オランダ語辞典のガドガドにも落花生のたれは出てこない。1902年の料理書は別の項に落花生のサンバルを載せており、落花生そのものは使われていた。落花生のたれのガドガドは、1967年に国が出した料理書『Mustikarasa』に載る。それより前の、落花生のたれが加わった時期は分かっていない。起源には、ブタウィ・スンダの在来の野菜料理から来たとする説と、華人による pecel の作り替え説/トゥグ村のポルトガル系の人々の影響説があり、定まらない。
起源説
諸説併記
ブタウィ/スンダ在来サラダ+落花生ソース説(pecel/urap派生) C
ガドガドは、ジャワ西部(ジャカルタのブタウィ、スンダ)の在来の茹で野菜料理(pecel や urap と同じ系統)を母体とし、のちに落花生のたれを取り込んで今の形になったとする説。落花生は新大陸の作物で、インドネシアへは17世紀初めに華人・スペイン人・ポルトガ…続きを読む
ガドガドは、ジャワ西部(ジャカルタのブタウィ、スンダ)の在来の茹で野菜料理(pecel や urap と同じ系統)を母体とし、のちに落花生のたれを取り込んで今の形になったとする説。落花生は新大陸の作物で、インドネシアへは17世紀初めに華人・スペイン人・ポルトガル人の交易で入り、17世紀には華人がジャワ沿岸とバタヴィア周辺で栽培したとされる(Mardiana・Naisali 2023 が引く先行研究)。ただし、名が文献に出る1864年の料理書『Kokki Bitja』のガドガドは、茹でた野菜に、香辛料・トラシ・炒ったココナツをすりつぶしてココナツミルクで煮たたれを掛ける料理で、落花生は入っていない。1898年にジョグジャカルタで出た料理書と1902年の蘭領東インドの料理書のガドガドも、キャンドルナッツやココナツ、タマリンドのたれで、落花生は入らない。1902年の料理書は同じ本の別の項に落花生のサンバルを載せており、落花生そのものは台所にあった。1913年のスンダ語・オランダ語辞典の説明にも落花生のたれは出てこない。落花生のたれのガドガドは1967年の国の料理書『Mustikarasa』に載るが、それより前のいつ加わったかは確かめられていない。名はブタウィ語・ジャワ語の gado を重ねた語とされる。
- 支持 J. M. J. Catenius-van der Meijden『Nieuw volledig Oost-Indisch kookboek』G. C. T. van Dorp & Co.(Semarang・Soerabaia)、序文の日付 1902年1月。Project Gutenberg 電子書籍 #64339(HTML 版・原本の頁番号つき)一次史料
- 言及 Nonna Cornelia『Kokki Bitja atau Kitab masak-masakan India, jang baharoe dan samporna』(第6版・Batavia: Lange & Co., 1864)— インドネシア語版ウィキソースの翻刻(校正済み)一次史料
- 言及 S. Coolsma『Soendaneesch-Hollandsch woordenboek』(Leiden: A.W. Sijthoff, 1913)— インターネット・アーカイブ所蔵のミシガン大学スキャン一次史料
- 言及 『Boekoe masak-masakan roepa-roepa』(第5版・Djokjakarta: Firma H. Buning, 1898)— インドネシア語版ウィキソースの翻刻一次史料
- 支持 『Mustikarasa: Buku Masakan Indonesia』(Djakarta: Departemen Pertanian, 1967)— インドネシア語版ウィキソースの翻刻 刷り頁880一次史料
- 支持 Untari, D.T., Avenzora, R., Darusman, D., Prihatno, J. & Arief, H., 'Betawi Traditional Culinary; Reflection The History Of Jakarta (Formerly Known As Batavia)', Journal of Economic Development, Environment and People 6(4) (2017) 64-76学術二次文献
- 支持 Mardiana, N.A. & Naisali, H., 'Exploring the Rich Heritage of Indonesian Cuisine through the Versatile Peanut Ingredient: A Review', G-Tech: Jurnal Teknologi Terapan 7(4) (2023) 1424-1432学術二次文献
- 支持 gado-gado, n. — Oxford English Dictionary (OED): 初出1924年, Mededeelingen van den Dienst der Volksgezondheid in Nederlandsch-Indië; 語源 Betawi/Javanese gado(reduplication)専門事典・公的機関
- 支持 Gado-gado — Wikipedia (Sundanese/Betawi origin; name from menggado 'eat without rice'; theories: Tugu village Portuguese ~1700s, Chinese-modified pecel; peanuts introduced by Portuguese, shares roots with urap/pecel)ブログ・百科本文
- 支持 gado-gado — Wiktionary: 語源 From Betawi gado-gado, reduplication of gado, from Javanese gado(ポルトガル語起源説への言及なし=Austronesian系統の語)ブログ・百科本文
華人改変説(pecelの改作)/トゥグ村ポルトガル説 C
ブタウィに住む華人が、ジャワの pecel を自分たちの好みに合わせて作り替えてガドガドが生まれたとする説。別に、1700年代初めにトゥグ村(ジャカルタ近郊にあった、ポルトガル系の解放民マルディカの集落)の食が影響したとする説もある。どちらも在来の野菜料理を母体とし、担い手を誰とみるかが違う。どちらも、それを示す史料はまだ確かめられていない。なお、名をポルトガル語の gado(家畜)から説明する話は、辞書が語源をブタウィ語・ジャワ語の gado とすることから退けられ、別の説として扱う。名が文献に出るのは、遅くとも1864年の料理書『Kokki Bitja』である。
- 言及 Nonna Cornelia『Kokki Bitja atau Kitab masak-masakan India, jang baharoe dan samporna』(第6版・Batavia: Lange & Co., 1864)— インドネシア語版ウィキソースの翻刻(校正済み)一次史料
- 支持 Untari, D.T., Avenzora, R., Darusman, D., Prihatno, J. & Arief, H., 'Betawi Traditional Culinary; Reflection The History Of Jakarta (Formerly Known As Batavia)', Journal of Economic Development, Environment and People 6(4) (2017) 64-76学術二次文献
- 反証 gado-gado, n. — Oxford English Dictionary (OED): 初出1924年, Mededeelingen van den Dienst der Volksgezondheid in Nederlandsch-Indië; 語源 Betawi/Javanese gado(reduplication)専門事典・公的機関
- 支持 Gado-gado — Wikipedia (Sundanese/Betawi origin; name from menggado 'eat without rice'; theories: Tugu village Portuguese ~1700s, Chinese-modified pecel; peanuts introduced by Portuguese, shares roots with urap/pecel)ブログ・百科本文
反証
ポルトガル語 gado(家畜)語源説 D
gado-gado という名を、ポルトガル語の gado(家畜)に由来するとし、ジャカルタ近郊トゥグ村のポルトガル系の人々が、家畜の餌のような寄せ集めの野菜料理を作ったことに始まるとする語源説。インドネシアの報道記事にも、名をポルトガル語から説明する形が見える(綴りや意味の説明は記事によって揺れる)。しかしオックスフォード英語辞典もウィクショナリーも、語源をブタウィ語・ジャワ語の gado の畳語(「飯なしで食べる」の意)とし、ポルトガル語には触れない。形の似たポルトガル語 gado とは系統がつながらない偶然の同形とみられ、語源の説としては退けられる。トゥグ村のポルトガル系の人々の食が料理に影響したかという起源の問いは、この語源とは別の問題である。
- 反証 gado-gado, n. — Oxford English Dictionary (OED): 初出1924年, Mededeelingen van den Dienst der Volksgezondheid in Nederlandsch-Indië; 語源 Betawi/Javanese gado(reduplication)専門事典・公的機関
- 言及 VIVA.co.id『Sejarah Makanan Betawi Gado-gado dan Cara Membuatnya』(Trisya Frida、2022年11月3日)一般書・報道
- 反証 gado-gado — Wiktionary: 語源 From Betawi gado-gado, reduplication of gado, from Javanese gado(ポルトガル語起源説への言及なし=Austronesian系統の語)ブログ・百科本文
解説
ガドガドは、茹でたり蒸したりした野菜にゆで卵やテンペを添え、甘辛い落花生のソースで和えたインドネシアの料理である。ジャカルタ周辺やジャワ西部の市場、屋台、家庭で親しまれてきた。さまざまな具を一皿に混ぜ合わせるその姿は、名前にもあらわれている。ブタウィの言葉で「飯なしで食べる」を意味する語が、この料理の名の由来とされる。
今のガドガドの核をなす落花生は、もとはアメリカ大陸の作物である。インドネシアの料理と落花生の関わりをまとめた研究によれば、落花生がこの国に入ったのは17世紀の初めで、華人やスペイン人、ポルトガル人の商人が持ち込み、同じ世紀のうちには華人がジャワの沿岸やバタヴィアの周りで育てていたという。入った年そのものを書き留めた当時の記録は、まだ確かめられていない。落花生を炒ってすりつぶした濃いたれで和える今日のガドガドの姿は、この豆がジャワの畑に根づいてから後のものである。
もっとも、ガドガドという名の料理は、落花生のたれより前から書き留められている。遅くとも1864年には、バタヴィアで出た料理書『Kokki Bitja』に「Sajoer Gado-gado」が載る。茹でた野菜に、コリアンダー、クミン、胡椒、炒ったココナツ、トラシ(小エビの発酵調味料)、唐辛子、キャンドルナッツなどをすりつぶしてココナツミルクで煮たたれを掛ける料理で、落花生は入っていない。1898年にジョグジャカルタで出た料理書と、1902年に出た蘭領東インドの料理書でも、ガドガドはココナツやキャンドルナッツ、タマリンドなどのたれで和えるもので、落花生は使わない。1902年の本は別の項に落花生のサンバル(すりつぶして作る辛い薬味)や揚げた落花生を載せている。落花生そのものは台所にあったが、ガドガドのたれには入っていなかった。
野菜を茹でて和える食べ方は、pecelやurapと呼ばれる在来の茹で野菜サラダとして、ジャワの日々の食卓に古くからあった。1902年の本は、鶏のpecelのたれを茹でた野菜に掛けたものを「pètjèl-sajoran」とも「gado-gado」とも呼んでいる。ガドガドをこうした在来の野菜料理から来た一皿とみる見方と、よく合う書き方である。
落花生のたれで和えるガドガドは、1967年に国が出した料理書『Mustikarasa』に載っている。揚げた落花生を唐辛子や椰子糖、トラシ、ニンニクとすりつぶし、ココナツミルクで煮てたれにし、茹でた野菜と生の野菜、豆腐やテンペ、ゆで卵などに掛ける。それより前のどの時点で落花生のたれがこの料理に加わったのかは、まだ分かっていない。
検証ストーリー
ガドガドという名の由来をめぐっては、よくできた一つの話が広く語られてきた。ジャカルタ近郊のトゥグ村に住みついたポルトガル系の解放奴隷たちが、ありあわせの野菜を寄せ集めた——それはまるで家畜の餌のようだった、だから名はポルトガル語で家畜を指す gado に由来する、という筋立てである。
だが辞書がたどった語の道筋は、この話と重ならない。オックスフォード英語辞典もウィクショナリーも、gado-gado の語源をブタウィ語・ジャワ語の gado の畳語、すなわち「飯なしで食べる」を意味する nggadho に置く。形がよく似たポルトガル語の gado とは系統がつながらず、たまたま音が重なっただけの空似である。家畜の餌という物語は、その偶然の一致に後から意味を読み込んだものだった。
名の由来とは別に、料理そのものの出どころにもいくつかの語りがある。共通するのは、ジャワ西部の在来の茹で野菜料理、pecel や urap と同じ系統の一皿を元にしているという点までだ。分かれるのは、在来の料理をガドガドへ育てた担い手を誰とみるかである。土地の人々が古くから食べてきたものが自然に育ったと見る語りもあれば、ブタウィに暮らした華人が pecel を自分たちの口に合うよう作り替えたと見る語りもあり、トゥグ村のポルトガル系移民の食が影を落としたと語る筋もある。後の二つは、それを示す史料がまだ確かめられていない。
名そのものは、遅くとも1864年には文献に出ている。その年にバタヴィアで出た料理書『Kokki Bitja』の第6版に「Sajoer Gado-gado」が載り、それより前の版に名があるかどうかはまだ確かめられていない。オックスフォード英語辞典は1924年の蘭領東インドの保健局報告を用例に引くが、名はその60年前の料理書にすでにある。ただし1864年のガドガドは、ココナツミルクで煮た香辛料のたれを掛ける料理で、同じ本に載るもう一つのガドガドも、すりおろしたココナツで和えるものだった。どちらにも落花生は入っていない。1913年のスンダ語・オランダ語辞典も、ガドガドをキャベツや芋、卵、もやしなどに汁を掛けたものと説明し、落花生のたれには触れない。名の古さと、落花生のたれで和える今の一皿の古さは、別々に問う必要がある。
検証ログ 17 件・押すと開く
| 日付 | 結果 | 確からしさの変化 | 主張 / 出典 |
|---|---|---|---|
| 2026-06-26 | 支持 | C→C |
ガドガドはジャワ西部(ブタウィ/スンダ)の在来茹で野菜サラダ(pecel/urap)を母体とし、ポルトガル経由で東南アジアへ定着した落花生のソースを取り込んで成立
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| 2026-06-26 | 不明 | C→C |
ブタウィ在住華人がpecelを改作しガドガドが成立(別系:1700年代トゥグ村ポルトガル系移民の影響説)
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| 2026-06-26 | 支持 | B→B |
🚫 この記述は後の検証で訂正された(→ 該当行へ) 落花生のジャワ(インドネシア)到来年=物理的下限。料理下限年1700は到来幅(1570–1650)以降で整合、ゲート矛盾なし
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| 2026-06-26 | 支持 | C→C |
ガドガドはバタヴィア(港湾都市ジャカルタ/ブタウィ)の多文化的食環境で在来茹で野菜を母体に成立、ブタウィ料理の代表として記録される
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| 2026-06-26 | 支持 | C→C |
🚫 この記述は後の検証で訂正された(→ 該当行へ) 落花生(新大陸)はポルトガル/華人交易でジャワへ定着し、インドネシア料理のピーナッツソース(ガドガド/ペチェル等)の基盤となった
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| 2026-06-26 | 支持 | C→C |
ポルトガル系移民/華人がバタヴィアの在来食を改作した(ガドガドのポルトガル語源・華人pecel改作説)
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| 2026-06-29 | 支持 | C→C |
🚫 この記述は後の検証で訂正された(→ 該当行へ) ガドガドの文献初出=1924年(蘭領東インド保健局報告 Mededeelingen van den Dienst der Volksgezondheid in Nederlandsch-Indië, OED引用)。語源はBetawi/Javanese gado(reduplication)=nggadho『飯なしで食べる』でOED/Wiktionary一致。初出≠発祥で成立は落花生定着後の17-18Cと矛盾せず1924は初出年上限
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| 2026-06-29 | 反証 | C→C |
俗説『gado-gadoの名はポルトガル語 gado(家畜/家畜の餌)に由来し、トゥグ村のマルディカ(解放ポルトガル人)が家畜の餌のような寄せ集めサラダを作った』を反証。OED/Wiktionaryとも語源をBetawi/Javanese gado(reduplication, nggadho=飯なしで食べる)とし、ポルトガル語起源には一切言及しない。言語学的にポルトガル語gado(<ラテン語)とジャワ語gadoは偶然の同形=false cognate
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| 2026-10-08 | 反証 | C→D |
gado-gado の名をポルトガル語 gado(家畜)に由来するとする通説は、辞書が語源をブタウィ語・ジャワ語の gado の畳語とし、ポルトガル語に触れないことから、語源の説として退けられる |
| 2026-10-19 | 不明 | B→B |
落花生がインドネシア(ジャワ)へ入った年の幅1570〜1650年は、到来の記録の典拠の論文に無かった(論文が落花生について書くのはフィリピンだけ)。その年を空にしたので、ガドガドの成立下限1700年が落花生の到来より後で矛盾しない、という照合はいまはできない。下限1700年そのものはこの到来の年から取った値ではない。
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| 2026-10-19 | 不明 | C→C |
ガドガドの名は、遅くとも1864年にバタヴィアで出た料理書『Kokki Bitja』に「Sajoer Gado-gado」として出る。作り方は、茹でた野菜に、コリアンダー・クミン・胡椒・炒ったココナツ・トラシ・赤玉ねぎ・ケンチュール・ガランガル・唐辛子・キャンドルナッツをすりつぶしてココナツミルクで煮たたれを掛けるもので、落花生のたれは出てこない。したがって名が文献に出る年は1924年より前で、1864年のガドガドは今の落花生のたれの形ではない
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| 2026-10-19 | 支持 | C→C |
Mardiana・Naisali(2023)は、落花生がインドネシアへ入ったのは17世紀初めで、17世紀には華人がジャワ沿岸とバタヴィア周辺で栽培したと書く(いずれも先行研究からの引用)。ガドガドについては、1864年の Kokki Bitja のレシピ(コリアンダー・クミン・胡椒・赤玉ねぎ・ニンニク・ガランガル・生姜)にさかのぼるとし、高価なゴマや白いキャンドルナッツに代えて落花生を使うようになったことがスンダ語・オランダ語辞典に記録されている、と書く。落花生のたれは、在来の野菜料理にあとから加わったという筋になる
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| 2026-10-19 | 不明 | C→C |
1913年のスンダ語・オランダ語辞典は、ガドガドをルジャックの一種とし、キャベツ・芋・クリピック・卵・豆の一種(katjang gadjih)・もやしに汁を掛けたものと説明する。落花生のたれも、ゴマやキャンドルナッツを落花生に代えたという記述もこの項には無い
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| 2026-10-19 | 支持 | C→C |
落花生のたれのガドガドは、1967年の国の料理書『Mustikarasa』に載る。揚げた落花生を唐辛子・椰子糖・トラシ・ニンニクとすりつぶし、ココナツミルクで煮て落花生のたれ(saos katjang)にし、茹でた野菜と生野菜、豆腐・テンペ・クルプック・エンピン・ゆで卵に掛ける。落花生のたれの形は遅くとも1967年にはある
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| 2026-10-19 | 支持 | C→C |
1902年の蘭領東インドの料理書のガドガドは2つともキャンドルナッツやココナツのたれで、落花生は入らない。同じ本は鶏の pecel のたれを茹でた野菜に掛けたものを『pètjèl-sajoran』または『gado-gado』と呼ぶ。別の項には落花生のサンバルや揚げ落花生が出るので、1902年の時点で落花生は台所にあったが、この本のガドガドのたれには使われていない。在来の茹で野菜料理にあとから落花生のたれが加わったという筋と合う
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| 2026-10-19 | 不明 | C→C |
1898年にジョグジャカルタで出た料理書(第5版)のガドガド2つ(No.195・No.198)にも落花生は入らない(たれはココナツミルクで煮た香辛料、タマリンド、ココナツ、キャンドルナッツ)。落花生のたれの形が1900年までにあったことを示す史料は、この研磨で当たった範囲には無い
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| 2026-10-19 | 不明 | B→C |
料理156(落花生のたれのガドガド)の成立時期を研磨し直した。上限は1900年から1967年へ動かした(根拠は落花生のたれのガドガドが載る1967年の Mustikarasa=その年までには在った、という上限)。1900年を支える史料は無く、1898年・1902年の料理書のガドガドは落花生なしだった。下限1700年は動かしていない(落花生のたれが加わった年は確かめられず、1700年の出所はトゥグ村説を書く Wikipedia 本文で、下限を支える逐語はまだ無い)。時期の確度は、下限の根拠が無く上限が史料の見えた年にとどまるので B から C へ下げた
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構成素材
この料理を構成する素材の成立史へ。
関連する料理
系統 家族・前史・変種
同じ食材を共有(落花生)
- サテージャワ(インドネシア)
- ンドレカメルーン(中央アフリカ)
- スヤナイジェリア(ハウサ圏)
- カシャータ東アフリカ(スワヒリ海岸)
- 割包台湾
- キリシナイジェリア
- ムアンバ・ンススコンゴ共和国(中央アフリカ)
- クリクリベナン
- マアフェセネガル
- ンガラックセネガル
ほか 4 品。 落花生の食材ページで一覧を見る →