食文化圏 / 東南アジア
インドネシア料理の成立史
東南アジアの食文化圏「インドネシア」に属する料理 7 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。
この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)
律速になりがちな食材成立を決めた律速食材として現れた回数(料理数)。
食材が届いた経路律速食材の到来経路(channel)の傾向。在来=もとから現地にあった食材。
成立年代の分布成立年代の分布(最古 1540 年〜最新 1700 年)。
起源説の確度起源説の固さ(A=構造的必然〜D=要検証)の内訳。C/D は諸説・反証ありの料理。
所属する料理 7
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定番 ナシゴレン
インドネシア(ジャワ) 1600–1900
時C説C
インドネシアの代表的な炒飯「ナシゴレン」を、10世紀のジャワ宮廷で生まれたと語る話がある。だが確かな文献にたどれる最古の姿は1814年のもので、それも今日とは形が違う。甘い醤油とサンバルを核とするいまのナシゴレンが成り立つのは、唐辛子が届いた16世紀より後のことだ。
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ルンダン
インドネシア(ミナンカバウ/西スマトラ) 1540–1800
時B説C
深紅のルンダンが今の姿になったのは、新大陸の唐辛子がスマトラに渡ってきてからのことだ。けれども、水分が飛ぶまで煮詰めていくあの調理そのものは、唐辛子よりずっと古い。だからルンダンの始まりは、古い技と新しい辛みのどちらに置くかで、語りが分かれる。
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サテー
ジャワ(インドネシア) 1600–1850
時B説C
サテーは「ジャワ生まれの土着料理」とも「ケバブのアジア版」とも語られるが、串焼き肉の起源も語源も諸説が併存して決着せず、ピーナッツソースという現行の顔は新大陸食材が東南アジアへ届いた後にようやく加わった。
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サンバル
インドネシア(マレー諸島) 1600–1700
時B説C
インドネシアの食卓に欠かせない、唐辛子の常備調味料サンバル。「サンバルは新大陸の唐辛子が伝わって生まれた料理だ」という通俗的な理解は、史料と食い違う。唐辛子が来る前から、すり潰した香味のペーストはこの地にあった。唐辛子はそれを生んだのではなく、置き換えて作り変えたのである。
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ソトアヤム
インドネシア(ジャワ) 1600–1900
時C説C
ジャワ島の屋台で湯気を上げる、ターメリックで黄色く染まった鶏のスープ、ソトアヤム。誰がいつこの一杯を生み出したのかは一つに定まらず、その出自じたいが、海を越えて交わった人びとの混じり合いを映している。
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ミーゴレン
インドネシア 1600–1900
時B説C
インドネシアの食堂や屋台に欠かせない、甘い醤油をまとった炒め揚げ麺。中国南部から海を渡ってきた華人移民の炒め麺が、この土地の味で作り変えられて生まれた。ただ、それがいつ・どのように根づいたのかは、はっきりとは分かっていない。
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ガドガド
インドネシア(ジャワ) 1700–1900
時B説C
ジャワの茹で野菜に、こっくりとしたピーナッツソースをからめたサラダ、ガドガド。だがこのソースの主役である落花生もまた、はるか大西洋の向こうから渡ってきた新顔だった。