食文化圏 / サブサハラ

南部アフリカ料理の成立史

サブサハラの食文化圏「南部アフリカ」に属する料理 4 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。

この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)

律速になりがちな食材成立を決めた律速食材として現れた回数(料理数)。

  • カレー粉(香辛料)1
  • トマト1
  • 唐辛子1

食材が届いた経路律速食材の到来経路(channel)の傾向。在来=もとから現地にあった食材。

  • 植民地交易2

成立年代の分布成立年代の分布(最古 1500 年〜最新 1950 年)。

  • 近世2
  • 近代1
  • 現代1

起源説の確度起源説の固さ(A=構造的必然〜D=要検証)の内訳。C/D は諸説・反証ありの料理。

  • C C=諸説・通説4

所属する料理 4

  • ピリピリチキン モザンビーク(ポルトガル植民地圏) 1500–? 時C説C

    ピリピリチキンは、小さく辛いアフリカン・バーズアイ唐辛子で焼いた鶏料理。アフリカ生まれの辛さを宿しながら、ポルトガルと植民地のあいだを行き来する歴史のなかで形づくられた一皿である。

  • ボボティ 南アフリカ・ケープ 1652–1800 時B説C

    ボボティを「南アフリカ生まれの料理」とだけ呼ぶと、その成立史は半分しか見えない。肉に卵カスタードを重ねて焼く形式はローマ以来の欧州の古層に連なり、それをカレー色の現行形へ変えたのは、ケープに連れてこられたジャワ系奴隷とVOC交易が運んだアジア香辛料だった。

  • バニーチャウ 南アフリカ・ダーバン 1860–1940 時B説C

    バニーチャウは料理そのものより、それを成り立たせた人の移動が物語の核にある。くり抜いたパンにカレーを詰めるこの携行食は、1860年以降にインドからナタールへ渡った年季労働者コミュニティが生んだ。発祥の経緯には三つの説があり、どれが起源かは決着していない。

  • チャカラカ 南アフリカ 1950–1970 時B説C

    チャカラカは、トマトとインゲン豆を唐辛子で煮込んだ南アフリカの野菜料理。鉱山と移民、そしてアパルトヘイト下の窮乏のなかから、ありあわせの缶詰でこしらえられた即興の一皿が始まりである。

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