食文化圏 / 東アジア

中国・北方料理の成立史

東アジアの食文化圏「中国・北方」に属する料理 20 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。

この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)

この圏に特徴的な食材全圏平均より偏って多く現れる律速食材(=この圏に特徴的な素材)。汎用食材は突出しないので外れます。

  • 全圏平均の約 57.63 倍・2 品で律速(=この圏で偏って多く使われる食材)。
  • 全圏平均の約 15.13 倍・7 品で律速(=この圏で偏って多く使われる食材)。

成立年代の分布成立年代の分布(最古 前1000 年〜最新 1875 年)。

  • 先史・古代 4
  • 中世 11
  • 近世 2
  • 近代 2

食材は在来か外来か律速食材が在来(もとから現地にあった)か、外来(交易・開国・植民地交易などで届いた)かの比率。

在来 0 外来 11

所属する料理 20

  • 定番 お粥 中国 -1000–? 時B説B

    お粥は穀物を多くの水で長い時間かけて煮た粥で、周代の『礼記』に高齢者や病人の食として記された、記録に残る人類最古級の料理の一つである。英語名 congee は外来語だが、粥そのものは古代中国に根をもつ。

  • 定番 ワンタン China 100–227 時B説B

    ワンタン(餛飩)の名は、匈奴の憎き将軍にちなむとも、春秋の美女・西施が呉王のために創作したものともいわれる。だがどちらも同時代の史料を欠く後付けの由来話で、名が確かに現れる最古の文献は、この食べ物をただ「餅(粉食)」と記すのみである。

  • 定番 ロー・メン China 200–1900 時C説B

    ロー・メン(撈麵)に、劇的な発祥譚はない。英雄も年号もなく、茹でた麺を湯から掬い上げてたれと和えるだけの、広東の日常の一皿である。アメリカの中華料理店で広まった炒めスタイルの lo mein は、この広東の麺から後に枝分かれした派生にすぎない。

  • 定番 餃子 中国 200–1300 時B説C

    冬至や春節に餃子を食べる習わしは、後漢の名医・張仲景が凍傷に苦しむ人々のために耳の形の包み物を作ったのが始まり——そう語り継がれてきた。だがその逸話には新大陸の唐辛子が紛れ込んでおり、餃子の歴史は一人の発明者の物語よりもはるかに長く、ゆっくりとした積み重ねのなかにある。

  • 定番 醤油 中国 544–1279 時C説C

    醤油は南宋(12〜13世紀)に生まれた、という話がある。「醬油」という語が文献に現れる最初の例が南宋の料理書だからだが、大豆を醸した醬から液を採って味つけに使う実体は、その700年ほど前の華北の台所にすでにあった。

  • 定番 チャーハン 中国 618–? 時C説B

    残った飯を高温の鍋で炒め直す、中国生まれの倹約料理。隋代の文献にはすでに姿を見せているが、それは「遅くともその頃には存在した」という記録であって、始まりはさらに古くさかのぼるかもしれない。

  • 定番 中国春巻き 中国 1000–1400 時B説C

    春巻きが特定の王朝や特定の年に発明されたという話は、成立の実像を取り違えている。この一皿は、立春に「春を食べる」縁起物として生野菜を巻いた古い習俗から、数百年をかけて揚げ物へと姿を変えていった長い変遷の産物である。

  • 定番 月餅 中国 1274–? 時B説B

    月餅に蜂起の密書を隠して元朝を倒したという痛快な起源伝説は、後世に作られた物語である。月餅はその蜂起より前、南宋の市場ですでに売られていた点心だった。

  • 定番 北京ダック 中国(北京) 1416–1900 時B説C

    北京ダックの起源は南北朝、千五百年も昔——そんな話が中国のグルメ記事に広く出回っている。だが、その根拠とされる古い料理書を開いても、肝心の一語はどこにも見当たらない。

  • 定番 小籠包 上海(中国・南翔) 1850–1900 時B説C

    「乾隆帝が無錫で湯包を賞賛し、籠を龍に通わせた」という小籠包の名の由来は、史料に裏づけのない後付けの言い伝えである。スープを内に含むこの薄皮の蒸し饅頭が今の姿に整ったのは、19世紀後半、上海近郊の南翔という町、点心店・日華軒でのことだった。

  • 定番 炸醤麺 中国(山東) 1875–1908 時B説C

    茹でた小麦麺に、油で炒めた濃い肉味噌をのせて和える——華北の食卓と屋台に根づいた家庭の一杯である。慈禧太后が西安で見つけて宮廷に持ち帰り広めたという起源譚がよく語られるが、これは著名な統治者へ料理を結びつける後世の作り話で、同時代の史料の裏づけを欠く。

  • 煎餅(ジェンビン) 中国(北京) ?–550 時B説B

    華北の街角で、円い焼き板の上に紙のように薄く広げて焼かれる穀物の生地。三国時代に諸葛亮が陣中で銅鑼を火にかけて焼いたのが始まり、という有名な起源話が語り継がれているが、この食べ物を最初に書き留めた6世紀の年中行事の書は、その由来を「どこから出たものか分からない」と記している。

  • 包子 中国 960–1279 時C説C

    発酵させた小麦生地で肉や野菜の餡を包み、蒸籠で蒸す中国の点心。三国時代に諸葛亮が考え出したという有名な伝説があるが、その話は出来事からおよそ九百年も後に書かれた後付けの伝承である。

  • 糖葫芦 中国(北京) 1154–1900 時C説C

    糖葫芦は南宋の皇帝が寵妃の病のために民間から集めた薬の処方から生まれた、という話が広く語られる。だが十二世紀の宮廷に結びつける出どころは示されておらず、竹串の果実に飴をかけた菓子が確かにたどれるのは、七百年ほど下った清末の北京の冬の街である。

  • 刀削麺 中国(山西) 1200–1700 時B説C

    中国・山西の麺。「元のモンゴル支配下で刃物を取り上げられ、薄い鉄片で生地を削いだのが始まり」という有名な起源話が広く語られるが、これは同時代の史料に裏づけのない後世の作り話で、いつ誰が削りはじめたのかは今もわかっていない。

  • 鍋貼(グオティエ) 中国 1200–1911 時C説B

    宋の太祖が建隆三年(962)の正月に御膳房で余った餃子を煎らせ、「鍋貼」と名づけた——よく知られたこの命名譚を伝える同時代の記録は見当たらない。鍋貼という名がはっきり文献に現れるのは、そこから約九百五十年後、清末の料理書である。

  • 紅焼肉(豚の角煮) 中国 1240–1792 時C説B

    蘇東坡が西湖の工事の返礼に贈られた豚と酒から生み出した——紅焼肉の由来としてよく語られるこの話は、蘇軾在世のころの史料に跡がない後世の付会である。醤油で豚を紅く煮しめるこの一皿を最初に鍋にかけた人の名は、いまも誰も知らない。

  • 北方稍麦 中国(フフホト) 1300–1368 時B説B

    口を開けたまま蒸す薄皮の点心、稍麦(シャオマイ)。その源流は広東の茶楼ではなく、元代のフフホト周辺で羊肉を包んだ北方の一皿にあった。フフホトの兄弟が『ついでに売った』から名がついたという物語は、料理そのものより三百年ほど遅れて生まれた後付けの言い伝えである。

  • 中国拉麺 中国・蘭州 1504–1915 時B説C

    生地を撚り、伸ばし、折り畳んで一本の麺を引き出す——この手延べの拉麺技法こそが中国拉麺の中核であり、のちに海を渡って日本のラーメンへとつながる祖型でもある。

  • 涮羊肉 中国(北京) 1700–1900 時B説B

    薄切りの羊肉を銅の火鍋でくぐらせる北京の涮羊肉。「フビライ・ハンの軍が兜で羊肉を煮たのが始まり」という名高い起源譚は、それを伝える同時代の記録を欠く創られた伝統である。

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