食文化圏 / 東南アジア

タイ料理の成立史

東南アジアの食文化圏「タイ」に属する料理 23 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。

この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)

この圏に特徴的な食材全圏平均より偏って多く現れる律速食材(=この圏に特徴的な素材)。汎用食材は突出しないので外れます。

  • 全圏平均の約 6.48 倍・5 品で律速(=この圏で偏って多く使われる食材)。

成立年代の分布成立年代の分布(最古 1350 年〜最新 1950 年)。

  • 中世 1
  • 近世 8
  • 近代 3
  • 現代 9

食材は在来か外来か律速食材が在来(もとから現地にあった)か、外来(交易・開国・植民地交易などで届いた)かの比率。

在来 1 外来 10

所属する料理 23

  • 定番 カオニャオマムアン タイ ?–1932 時C説B

    ココナッツミルクで炊いたもち米に、よく熟したマンゴーを添えるタイの菓子。古さの証しに引かれる19世紀初頭の王の詩に二つを合わせた菓子は現れず、次の拠りどころとされてきたラーマ5世期の宮廷の逸話も、ずっと後年に書かれた回想が伝えるものであって、年代を確かに押さえられる最も古い記録は1932年のバンコクの菓子屋まで下る。

  • 定番 トムヤムクン タイ 1550–1900 時B説C

    タイ料理を世界に印象づけるトムヤムクンの、あの鋭い辛さ。その辛味を担う唐辛子は、もとからタイにあった食材ではない。十六世紀にポルトガル人が新大陸から運んできた新参の作物が海を渡って届くまで、いまの辛いトムヤムクンは生まれようがなかった。

  • 定番 マッサマンカレー タイ 1600–? 時B説B

    タイ料理の代表格に数えられるマッサマンカレーだが、その名『マッサマン』は『ムスリム』に由来する。17世紀アユタヤ王朝の国際的な宮廷で、ムスリム・ペルシャ系商人がもたらした乾いた香辛料とタイのカレーが出会って生まれた一皿である。

  • 定番 ソムタム タイ 1700–1900 時B説C

    唐辛子の効いた青パパイヤのサラダ、ソムタム。いまやタイを代表するこの一皿は、新大陸からはるばる旅してきた果実と、ラオの臼の文化が出会って生まれた。

  • 定番 カオパット タイ 1730–? 時B説B

    「タイのチャーハン」と一括りにされがちなカオパットは、中国の炒飯が華僑の移民とともにタイへ渡り、ジャスミン米とナンプラーの味へ移し替えられて生まれた一皿である。特定の発案者や発祥店を掲げる起源譚はなく、成立の道筋そのものが研究の見解として落ち着いている。

  • 定番 トムカーガイ タイ 1890–? 時C説C

    ガランガルとココナッツミルクが香るタイの鶏スープ、トムカーガイ。「北タイ発祥」とよく語られるが、その裏づけは意外なほど乏しく、誰がどの町で最初に作ったのかは、いまも突き止められていない。

  • 定番 パッシーユー タイ 1900–1940 時C説B

    パッシーユーは、幅広の米麺を濃い醤油で香ばしく焦がしながら炒め上げるタイの屋台料理である。その名の「シーユー」は、潮州語で醤油を指す言葉そのものにさかのぼる。

  • 定番 グリーンカレー タイ 1908–1935 時B説B

    国民食のように親しまれるタイのグリーンカレーは、古くからある味に見えて、成立は20世紀初頭にさかのぼる比較的新しい料理である。鮮やかな緑を生む青唐辛子は、もともと新大陸の作物だった。

  • 定番 カオマンガイ タイ 1920–1950 時C説B

    つやのある鶏肉に、鶏の脂で炊いた香り高い飯――タイの定番カオマンガイ。『500年の歴史』を語る起源伝説もあるが、史料が指すのはもっと近い時代、海南島から渡った移民が運んだ調理法だ。

  • 定番 ガパオ タイ 1920–1960 時B説C

    「古くからのタイの伝統料理」というガパオの顔は、20世紀に華人移民の食堂で生まれた近代の一皿を、古来の郷土食と取り違えたものである。

  • 定番 フルーツスムージー タイ(チェンマイ) 1930–? 時C説B

    冷たい果実のピュレを飲むスムージーは、熱帯で昔から親しまれてきた飲み物のように見える。だが電動ブレンダーが広まるまで、この飲み物は生まれようがなかった。

  • ホイトート(ムール貝のお好み焼き) タイ(バンコク) ?–? 時C説B

    バンコクの屋台に並ぶムール貝の卵焼きホイトートは、潮州・福建系の中国移民が伝えた牡蠣オムレツを、タイ湾でとれる緑イガイに置き換えて根づかせた一皿である。

  • サイウア(タイ・チェンマイ) 1350–1967 時C説C

    北タイ・チェンマイの名物ソーセージ「サイウア」には、村の祭礼で余った豚肉を保存するために生まれた、という由来がよく語られる。もっともらしい話だが、それを確かめられる古い記録は見当たらない。

  • ムーナムトック タイ(イサーン) 1550–? 時C説B

    名前に「滝」とつくムーナムトックは、実は滝のほとりで生まれた料理ではなく、炭火で焼いた肉から滴る肉汁に由来する呼び名を持つ、タイ東北部イサーン地方の焼き豚サラダである。挽き肉のハーブ和え「ラープ」の姉妹料理として同じ味の骨格を受け継ぎながら、唐辛子の効いた現行の辛い型が成立したのは、16世紀半ばより古くはさかのぼれない。

  • ヤムヌア タイ 1550–? 時C説B

    タイの牛肉サラダ「ヤムヌア」には、誰がいつ考え出したという華やかな発祥の物語がない。それでいて、いつごろ生まれた料理かについては、確かな手がかりが残っている。

  • パネーンカレー タイ 1600–? 時C説C

    タイのパネーンカレーが、名前の似たマレーシアのペナン島に由来するという話がある。だが、これは音が通じるだけの後付けで、史料の裏づけはない。

  • クイッティアオ・ガイ タイ 1782–1898 時C説B

    17世紀、アユタヤのナーラーイ王の時代に中国商人が船で運んできた——バンコクの屋台でよく見かける鶏の米麺スープ、クイッティアオ・ガイの由来としてよく語られるこの話は、年代のわかる記録をひとつも伴わない言い伝えである。文献のうえに米麺クイッティアオそのものが姿を現すのは、1898年のバンコクの路上だ。

  • カオソーイ(タイ・チェンマイ) 1850–1950 時B説B

    北タイ・チェンマイの、卵麺をカレーとココナッツミルクで仕立て揚げ麺をのせる一皿。雲南からビルマを越えて運ばれてきたカレー麺の文化が、19世紀の北タイで根づいたものである。同じ名で呼ばれるラオスの米麺料理(トマトと豚挽肉)とは、別系統の料理だ。

  • タプティムクロープ タイ 1868–1910 時C説C

    赤く輝く実をルビーやザクロの粒に見立てた、タイの氷菓タプティムクロープ。宮廷で妃が生み出したという華やかな逸話が語り継がれてきたが、いつ誰の手で現行の形になったかを名指せる確かな記録は残っていない。

  • クイッティアオ・ルア タイ 1900–? 時B説B

    運河の小舟から一杯ずつ売られる血入りスープの米麺、ボートヌードル。アユタヤ王朝の昔から続く古い料理だという話には、それを支える史料が乏しく、文献で辿れるのは20世紀前半、バンコクの水路に浮かぶ小舟のにぎわいである。

  • パッタイ タイ 1938–1962 時C説C

    パッタイは18世紀のアユタヤ王朝に華人がもたらした古来のタイ料理だ、と土産物店や観光記事は語る。だがその名が文献に現れるのは1962年が最初で、史料はむしろ20世紀半ばに国家が作り出した近代料理であることを示している。

  • ガイヤーン タイ(イサーン) 1950–? 時C説B

    今ではタイを代表する定番料理として知られるガイヤーンだが、その起源は中部タイの都で生まれた宮廷料理ではない。メコン川流域、ラオ・イサーンの村で日々焼かれてきた炭火焼き鶏こそが、この一皿の出発点である。

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