食材から辿る / 新大陸(コロンブス交換)
パプリカ 素材 時期 B検証済
パプリカが、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。
3ゲート
- 食材入手ゲート
- トウガラシ(Capsicum annuum)の栽培化(入手)約前4000年・メキシコ/メソアメリカ(野生採取は前6000年以前)
- 調理技術ゲート
- 果実の乾燥・製粉(パプリカ粉)/甘味・非辛味品種の選抜
- 場ゲート
- メソアメリカでの食用栽培成立(甘味粉パプリカ文化はオスマン経由ハンガリー等16~19世紀の派生)
各地への伝来 7
各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。
- 前6000〜前4000頃 メソアメリカ 在来在地栽培
- 1493〜1600頃 スペイン 新大陸交換在地栽培
- 1500〜1600頃 ポルトガル 新大陸交換
- 1526〜1700頃 ハンガリー 交易路
- 1526〜1600頃 バルカン半島 交易路
- 1540〜1650頃 レバント 新大陸交換(オスマン経由)
- 1700〜1790頃 プロヴァンス 新大陸交換
パプリカの到来が成立を縛った料理 15
パプリカが届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。
- アリェイラ ポルトガル1500年ごろ
- タコのガリシア風 スペイン1550年ごろ
- パプリカの肉詰め セルビア1569年ごろ
- チョバナツ クロアチア1600年ごろ
- アイヴァル バルカン半島1700年ごろ
- レチョ(lecsó) ハンガリー1700年ごろ
- グヤーシュ ハンガリー1750年ごろ
- ハラースレー ハンガリー1750年ごろ
- ペルケルト ハンガリー1750年ごろ
- リブリャ・チョルバ セルビア1750年ごろ
- ラタトゥイユ フランス・プロヴァンス1790年ごろ
- チキンパプリカ(パプリカーシュ・チルケ) ハンガリー1800年ごろ
- フィシュ・パプリカシュ クロアチア1800年ごろ
- プレスカヴィツァ バルカン半島1850年ごろ
- カルネ・デ・ポルコ・ア・アレンテジャーナ ポルトガル1899年ごろ