食材から辿る / 在来

プランテン 素材 時期 C検証済

成立年代 -4700〜

プランテンが、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。

ニューギニア高地クック湿地でバナナ栽培化 前4700年ごろ(プラントオパール、Denham 2003/2011)。栽培地での主食利用=食材入手と同年

3ゲート

食材入手ゲート
栽培化(料理用バナナ Musa、アクミナータ×バルビシアナ雑種群)=ニューギニア高地クック湿地 前4700年ごろ(Denham)
調理技術ゲート
加熱調理(焼く・煮る・蒸す)=デンプン質で生食困難のため必須
場ゲート
原産地での主食利用。食材入手と同年

プランテンはどこから広がったか

プランテン(料理用バナナ Musa)は、生では食べにくく、焼いたり煮たりして主食にするバナナの仲間である。甘くそのまま食べるバナナと同じ植物のグループに属するが、デンプンが多くて糖が少なく、火を通してこそおいしくなる点で区別される。そのふるさとは、ニューギニアの高地から島嶼部の東南アジアにかけての一帯にあった。

栽培バナナの母体となった野生種の一つ、ムーサ・アクミナータ(Musa acuminata)は、この地域で人の手にかけられて栽培作物になった。ニューギニア高地のクック湿地では、バナナの細胞がつくる微小なガラス質の粒——プラント・オパールと呼ばれる——が、いまから一万年ほど前の地層から見つかっている。さらにおよそ七千年前ごろになると、人が手を入れて開いた草地のなかでこの粒が数を増し、バナナが栽培されていた指標とされる(デンハムらの2003年・2011年の研究、クック遺跡)。ただし、こうしたごく微小な痕跡から読み取る年代には幅があり、細部には議論も残る。

料理用のプランテンそのものは、もう一つの野生種ムーサ・バルビシアナ(Musa balbisiana)の分布域に、ムーサ・アクミナータが西へと広がって重なるなかで、両者が交雑して生まれた雑種の一群である。こうしてアジアの東の端に、火を通して主食にするバナナが姿を現した。

インド洋を越え、アフリカの主食になる

このバナナは、やがてインド洋を越えてアフリカ大陸に渡った。ただし、いつ、どの経路でアフリカに達したのかは、いまも学術的な議論が続いている。海を渡った時期をめぐる年代づけは定まっておらず、決着はついていない。

確かな手がかりとして押さえられるのは、中央アフリカでの古い痕跡である。カメルーン南部のンカン(Nkang)遺跡の廃棄土坑からは、バナナのプラント・オパールが見つかっており、その年代はおよそ紀元前八百年から四百年ごろ——いまから二千数百年前——と測られている(ムビダらの2000年・2001年の研究)。これはアフリカ大陸でバナナ栽培が年代とともに確かめられた最古級の証拠であり、遅くともこのころにはバナナがアフリカに根づいていたことを示す。ウガンダのムンサ遺跡では紀元前四千年紀という、さらにはるかに古い年代を主張する報告もあるが、これは地層の重なりの解釈に問題があるとされ、確かなものとは扱われていない。

アフリカに渡ったバナナは、コンゴ盆地の熱帯雨林でとりわけ多くの在来の品種に枝分かれし、人々の主食へと育っていった。すりつぶして練ったフフや、蒸して食べるマトケのように、中部・東部アフリカの食卓を支える柱の一つになったのである。東南アジアの高地で生まれた一本のバナナが、遠いアフリカの大地で腹を満たす主食になった。

大西洋を越えて新大陸へ

バナナが大西洋を越えて新大陸に渡るのは、大航海時代のことである。スペインの記録者オビエドが1535年に著した『西インド諸島の博物誌』(Historia General y Natural de las Indias)によれば、修道士トマス・デ・ベルランガが1516年に、カナリア諸島から西インド諸島のイスパニョーラ島(サント・ドミンゴ)へバナナ/プランテン(banano/plátano)を持ち込んだという。これが新大陸で文献のうえに確認できる最初のバナナ・プランテンの導入で、ここを起点にカリブ海の島々——プエルトリコをはじめとする西インド諸島——から中南米の熱帯へと広がっていった。

新大陸に根づいたプランテンは、カリブ海や中南米の料理に欠かせない食材になった。揚げてつぶすモフォンゴのように、土地の主食として定着したのである。

東南アジアの高地に生まれたプランテンは、こうしてインド洋を越えてアフリカへ、大西洋を越えて新大陸へと渡り、三つの大陸の熱帯で人々の主食を支える作物になった。原産地と、それぞれの土地に伝わった時期とは大きく隔たっており、とりわけアフリカへ渡った時期と経路にはなお議論が残るが、東南アジア生まれのこのバナナが世界の熱帯を結んだ歩みは確かである。

各地への伝来 6

各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。

  • 前5000〜前4400頃 ニューギニア 在来在地栽培
  • 前1500〜前500頃 西アフリカ 交易路
  • 前800〜前100頃 中央アフリカ 交易路在地栽培
  • 1〜1000頃 東アフリカ 交易路
  • 1516〜1600頃 コロンビア・ベネズエラ 植民地交易
  • 1516〜1550頃 プエルトリコ 植民地交易

プランテンの到来が成立を縛った料理 12

プランテンが届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。

プランテンを使う料理 7

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