食文化圏 / 中東・北アフリカ
イラン・ペルシア料理の成立史
中東・北アフリカの食文化圏「イラン・ペルシア」に属する料理 26 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。
この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)
この圏に特徴的な食材全圏平均より偏って多く現れる律速食材(=この圏に特徴的な素材)。汎用食材は突出しないので外れます。
成立年代の分布成立年代の分布(最古 前300 年〜最新 1925 年)。
食材は在来か外来か律速食材が在来(もとから現地にあった)か、外来(交易・開国・植民地交易などで届いた)かの比率。
在来 3 外来 10
所属する料理 26
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定番 ゴルメ・サブジ
イラン 1600–1900
時C説B
パセリやフェヌグリークをたっぷり炒めた濃い緑のシチュー、ゴルメ・サブジはイランの食卓を代表する一皿だ。数千年前の古代王朝から受け継いだ料理と語られることもあるが、いまの定番の姿は、新大陸から腎臓豆が海を渡って届いたあとにようやくかたちになった。
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ホレシュ・キャラフス
イラン ?–1964
時C説B
ホレシュ・キャラフスは、セロリと肉を弱火で長く煮込むペルシアの家庭料理である。名の知れた考案者も、有名な発祥伝説もない。1964年の料理書に載るよりずっと前から、イランの家庭の食卓で作られてきた一皿である。
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ホレシュ・ゲイメ
イラン ?–?
時C説B
黄割りエンドウと賽の目肉を干しライムで煮込むこのペルシアの家庭料理は、名前からしてテュルク語の「刻み肉」に由来する。今おなじみの赤いトマト色は、近代に加わった新しい装いにすぎない。
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ホレシュ・バーデムジャーン
イラン ?–?
時C説B
ナスと肉を未熟ブドウ果汁や干しライムの酸味で煮込むこのペルシアの家庭料理は、赤いトマト味が定番の今の姿からは意外なほど古い。主役のナスは中世のペルシアにすでに根づいた食材で、料理の芯はトマトが伝わるはるか前にできあがっていた。
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キャテ
イラン -300–1883
時C説B
手の込んだチェロウやポロウを略した簡易版がキャテ——そう思われがちだが、順序はむしろ逆だった。米を水ごと鍋で炊き上げるだけのキャテこそが土台で、そこに蒸し直しの一手間を加えたのがチェロウである。
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ゼイトゥーン・パルヴァルデ
イラン -1–?
時C説B
カスピ海に面したイラン北部ギーラーンの前菜。塩蔵したオリーブを、ザクロ蜜とくだいたくるみ、ニンニク、土地のハーブで和える一皿だ。素材はどれも古くからこの土地にあったのに、料理としての最も古い記録は近代にまで下る——その時間の開きが、いつ生まれたのかを見えにくくしている。
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ファルーデ
イラン 400–900
時C説D
細い米でんぷんの麺をローズウォーターのシロップと削り氷に合わせた、ペルシアの冷たい菓子。「世界最古のアイス」と謳われがちだが、確かな足跡が残るのは古代ではなく中世である。
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アーシュ・レシュテ
イラン 1000–1600
時B説C
豆と香草を煮込んだ濃いスープに手延べの平打ち麺を沈めた、イランの縁起料理。麺が『運命の糸』を象徴しノウルーズに始まったという言い伝えは民俗の意味づけで、料理そのものの成立年を語る史料ではない。
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ポロウ(ペルシア)
イラン 1000–1600
時B説C
米を一度茹でてから蒸し上げ、一粒一粒をふっくらと立たせるペルシアのポロウ。この炊飯法こそ、のちに世界へ広がるピラフ一族の祖型である。だが「天才の医師が一夜で発明した」という有名な逸話は、後世の言い伝えにすぎない。
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アルバル・ポロ
イラン 1500–?
時C説C
甘く炊いた米に真っ赤なサワーチェリーの酸味を効かせるアルバル・ポロは、古代ペルシアの昔から食べられてきた料理としてしばしば語られてきた。だが、今のかたちが整うのは16世紀、サファヴィー朝の宮廷でのことである。
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サブジ・ポロ
イラン 1500–?
時C説C
ノウルーズ(春分の新年)の食卓に欠かせない香草米飯サブジ・ポロを、神話の王ジャムシードの時代に遡らせる言い伝えがある。だがこれは習慣の古さを飾る作り話で、成立史ではない。実際の姿はサファヴィー朝のペルシア米飯文化のなかにある。
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ターチン
イラン 1500–1881
時C説B
ターチンは、サフランで金色に染めたヨーグルト漬けの米を型に押し焼きし、皿に返すと黄金のケーキのように立ち上がるペルシアの米料理である。鍋底のおこげ「タディグ」としばしば混同されるが、これは宮廷の米料理が磨かれるなかで生まれた、別の一皿だ。
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ターディーグ
イラン 1500–1800
時C説C
鍋底で黄金色に焼き付いた米のおこげ、ターディーグ。「カージャール朝の宮廷で偶然の残り物から生まれた」という物語がよく語られるが、おこげは米を油脂で炊けば必ず生じる副産物であり、単一の発明時点を持たない。
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バガリ・ポロ
イラン 1500–?
時C説C
バガリ・ポロは、米にソラマメとディルを重ねて蒸し上げるイランの祝いご飯。サファヴィー朝の宮廷で生まれたともいわれるが、その由緒を伝える当時の料理書は見つかっておらず、中東からコーカサスに広く分布する同系の米料理の一つでもある。
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フェセンジャン
イラン 1500–1700
時C説D
ザクロとクルミを煮詰めた濃く甘酸っぱいソースに鶏を沈めた、イランの祝祭の煮込み。「古代アケメネス朝から続く料理」とよく語られるが、その名と姿が文献に確かめられるのは、ずっと後の時代である。
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モラサ・ポロ
イラン 1500–1700
時B説B
モラサ・ポロ(「宝石で飾られたポロウ」の意)は、婚礼や祝祭の宴を彩るイランの色鮮やかな米料理である。その成立は特定の逸話に由来するのではなく、サファヴィー朝(16〜17世紀)の宮廷厨房で華やかな蒸しポロウの技法が磨き上げられていった過程そのものにあり、現存最古のペルシャ料理書が当時の宮廷料理群を今に伝えている。
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アダス・ポロ
イラン 1501–1600
時B説B
レンズ豆を米と一緒に炊き込むアダス・ポロを「13世紀のペルシア人がすでに食べていた」とする料理サイトの説明は、材料が古くから手元にあったことと、ポロという炊き方が生まれた時期とを取り違えている。
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シリン・ポロ
イラン 1501–1600
時B説B
サフランで黄金に染め、砂糖漬けのオレンジ皮とピスタチオを散らした甘い炊き込み米、シリン・ポロ。イランの婚礼を彩るこの一皿を古代ササン朝の王の好物とする語りが広まっているが、いま食卓に並ぶ姿を形づくる層状の蒸し米は、はるかに新しい時代の産物である。
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ゼレシュク・ポロ
イラン 1501–?
時B説B
サフランで黄金に染めた米に、真紅のバーベリー(ゼレシュク)を散らし、鶏肉を添えたゼレシュク・ポロ。イランの祝いの食卓を彩るこの一皿を古代ペルシア以来の完成した料理とみる語りは根強いが、いま供される層状に蒸した炊き込み米が形をとったのは、はるかに新しい時代の厨房である。
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ルビア・ポロ
Iran 1600–?
時C説C
緑インゲンの莢と米、挽肉を炊き合わせるイランの家庭料理。「古代から王侯に愛された由緒ある一皿」という触れ込みをよく見かけるが、主役の緑インゲンは新大陸生まれで、大航海時代より前の旧世界には一粒も存在しなかった。
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ジュージェ・キャバーブ
イラン 1789–?
時C説C
ジュージェ・キャバーブ(サフランに漬けた若鶏の炭火串焼き)を「古代ペルシア以来の料理」とする言い伝えは、串焼きという技法の古さと、この名物料理が形をとった時期を取り違えたものである。名物としてまとまるのは19世紀の都市の料理店文化のなかだった。
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アブグーシュ(ディジ)
イラン 1800–1900
時B説C
羊肉とヒヨコ豆をことこと煮た素朴な肉汁は、14世紀の詩にもう「アブグーシュ」の名で顔を出す。だが今日イラン中のチャイハネで供される、ジャガイモとトマトの溶けこんだ壺煮込みのディジは、それよりずっと若い19世紀の一皿である。
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キャバーブ・バルグ
イラン 1800–1900
時C説C
羊や牛の薄切りフィレを玉ねぎ汁とサフランでマリネし、平串で炭火にかけるイランのキャバーブ。19世紀のカージャール宮廷が「発明した」という有名な起源話は、近代の外食のなかで様式が整ったことを、料理そのものの発明にまで押し広げた誇張である。
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キャバーブ・クービデ
イラン 1850–?
時C説C
叩いた挽き肉を平串に握りつけ、炭火で焼くイランの国民的キャバーブ。「2500年前のアケメネス朝の兵士が盾で焼いた」という古代起源説も、「カージャール朝の王が外遊先で着想して発明した」という近代起源説も、名を持つ現行の料理が定まった時期を取り違えている。
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チェロウ・キャバブ
イラン 1850–1925
時B説B
サフランの香る白い米に、炭火で焼いた串肉を添えるイランの国民食チェロウ・キャバブ。いかにも古来の伝統料理に見えるが、この一皿は19世紀テヘランの外食のなかで形をとった、意外に新しい組み合わせである。
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バスタニ
イラン 1925–?
時B説C
バスタニ・ソンナティは、サフランとローズウォーター、ピスタチオを効かせたイランのクリーム系アイスクリーム。「起源は古代ペルシャ、前500年にさかのぼる」という説がよく語られるが、それは別系統の古い氷菓を近代のアイスクリームに重ねた混同で、今日のバスタニが生まれたのは20世紀のテヘランである。