食材から辿る / その他・調査中
クルミ 素材 時期 C検証済
クルミが、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3つの成立条件(食材・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。
3つの成立条件
- 食材の条件
- 採取・栽培化(セイヨウグルミ Juglans regia/ペルシア〜中央アジア原産。野生採取は更に古く、栽培は前3000年頃)
- 調理技術の条件
- 殻割り・生食/加熱=食材入手と同年
- 場の条件
- 家庭=食材入手と同年
クルミはどこから広がったか
クルミ——セイヨウグルミ(Juglans regia)は、ペルシアから中央アジアにかけての山地の木である。硬い殻の下に脂の多い仁を抱え、秋に落ちる。野生の木から実を拾う暮らしはずっと古くからあり、人が苗を植えて果樹として育てるようになったのは紀元前3000年ごろとされる。ただしこの年代を支える手がかりは多くなく、栽培のはじまりを一点に定めるところまでは至っていない。
クルミの実は、殻のまま置けば冬を越す。割れば生のまま食べられ、すりつぶせば脂がにじみ出て、煮汁に濃さととろみを与える。肉にも菓子にも使え、油を搾ることもできる。山地の木の実が台所の常備品になったのは、この幅の広さによる。
ペルシアの鍋のなかで
イランの高原では、砕いたクルミとザクロの酸味を合わせて鳥や肉を煮る料理が古くから作られてきた。16世紀のサファヴィー朝の料理書には、その原型にあたる煮込みが書きとめられている。クルミは香りづけの木の実であると同時に、汁そのものを組み立てる材料でもあった。
新大陸へ
クルミが大西洋を渡るのは16世紀である。スペイン人はこの木を「カスティーリャのクルミ」と呼んで新大陸へ持ち込んだ。メキシコには1539年ごろ、プエブラ州カルパンのフランシスコ会修道院の果樹園で最初の木が植えられたと伝えられる。山で拾われていた実は、こうして海の向こうの果樹園にも根を下ろした。
各地への伝来 2
各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。
- 前3000頃 イラン 在来
- 1521〜1600年 メキシコ 新大陸交換
クルミの到来が成立を縛った料理 3
クルミが届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の成り立ちうる最も早い年になります。
成立年不明 3
クルミを使う料理 14
- ゼイトゥーン・パルヴァルデ イラン前1年ごろ
- カタイフ レバント・エジプト800年ごろ
- クーチャ ウクライナ988年ごろ
- バクラヴァ オスマン帝国1450年ごろ
- ロビオ ジョージア1493年ごろ
- マアムール シリア1516年ごろ
- マクドゥース シリア1540年ごろ
- マコヴィエツ ポーランド1600年ごろ
- ムハンマラ シリア・アレッポ1600年ごろ
- チェルケスタヴク トルコ(オスマン宮廷)/コーカサス1865年ごろ
- ウォルドーフサラダ 米国・ニューヨーク1890年ごろ
- グンデル・パラチンタ ハンガリー1910年ごろ
- ショムローイ・ガルシュカ ハンガリー1956年ごろ
成立年不明 1
- コゾナック ルーマニア・モルドバ 遅くとも 1841 年までに