食材から辿る / 旧大陸
レモン 素材 時期 C検証済
レモンが、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。
レモン(Citrus limon)はシトロン(C. medica)×ダイダイ(C. aurantium)の交雑に由来する栽培品種(cultigen)で、対応する野生原種は存在しない。起源地はヒマラヤ南東麓の柑橘多様性中心(アッサム東部=北東インド・北ミャンマー・雲南西部)とされ、交雑成立の精確な年は不詳。物証上の上限=ローマ・フォロ遺跡出土の最古のレモン遺存(前1世紀末〜後1世紀初、Langgut 2017)で、この時点で既に東方から地中海へ運ばれる奢侈品として存在した。ゆえに原産地での成立は遅くとも前1世紀=lower_year=-50 は交雑年ではなく存在の上限からの保守的下限(実際の交雑成立はこれより早い)。地中海で日常の食材として広まるのは10世紀ごろのアラブ交易以降(食材ゲート台帳: 地中海・レバント 900年)で、ローマ期の存在は稀少な奢侈品にとどまった
3ゲート
- 食材入手ゲート
- 在来(在地栽培): 原産地=北東インド〜北ミャンマー・雲南西部の柑橘多様性中心では、レモンは在来のcultigenとして在地栽培で入手可能。外来到来の律速はない。交雑成立年は不詳で、ローマ・前1世紀末の遺存から、遅くとも前1世紀には原産地に存在。到来台帳: 在来@インド -50年(在地栽培・Wu et al. 2018)/西方伝播は 交易路@レバント・地中海 900年(幅700–1000・Langgut 2017)
- 調理技術ゲート
- —
- 場ゲート
- 原産地での食用は在地栽培による入手と同時に成立(栽培地=食卓)。場ゲートは退化。ただし西方(ローマ期地中海)へ運ばれた段階では宮廷・富裕層の奢侈品で、大衆化はイスラーム期の柑橘栽培拡大(10世紀ごろ)以降
レモンはどこから広がったか
レモンには野生の原種がない。この果実はシトロンとダイダイの交雑から生まれた栽培品種で、山や森を探しても野生のレモンは見つからない。柑橘の仲間が生まれた土地はヒマラヤの南東の麓——いまの北東インドのアッサム東部から北ミャンマー、雲南西部にかけての一帯で、ゲノムの研究がこの範囲を柑橘の故郷と定めている(ウーらの2018年の研究)。レモンもここで、人の手の届く場所で二つの柑橘が掛かり合って生まれた。
交雑がいつ起きたのかは分かっていない。栽培品種の成立は文字の記録の手前にあり、年を打てる手がかりが残っていないためである。分かるのは、遅くともいつまでに存在していたか、という側のほうだ。
ローマに運ばれた贅沢品
その手がかりは、原産地から数千キロ離れたローマにある。フォロ・ロマーノの遺跡から、紀元前1世紀末から紀元1世紀初めのレモンの遺存が見つかっている(ラングートの2017年の研究)。植物考古学が確認したレモンとしては世界でも最も古い部類にあたる。地中海の都まで運ばれていた以上、原産地ではそれ以前にレモンが実っていたことになる。
ただしこの時点のレモンは、料理の材料ではない。はるばる東方から運ばれてくる稀少な果実で、宮廷や富裕層の手元にとどまる贅沢品だった。
台所に降りてくるまで
レモンが日々の食材になるのは、それから千年近く後である。イスラーム期の交易が柑橘の栽培を地中海の各地へ広げ、10世紀までにレバントから南イタリア、エジプトにかけてレモンが根づいた。ここではじめて、レモンは搾って料理にかけるものになる。
アラブの交易が10世紀ごろに地中海へレモンをもたらした、という言い方は、この普及の側について言えば正しい。ローマ期の遺存が示す到達と食い違うようにも見えるが、両者は矛盾していない。前者は宮廷に届いた稀な果実の話であり、後者は市場で手に入る果実の話で、行き渡った層が違う。同じ果実が、千年をかけて上の階から下の階へ降りてきたのである。原産地の北東インドでは、その千年のあいだもずっと、レモンは在地で育つ普通の果実だった。
各地への伝来 3
各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。
- 前50頃 インド 在来在地栽培
- 700〜1000頃 レバント 交易路流通
- 700〜1000頃 地中海 交易路
レモンの到来が成立を縛った料理 1
レモンが届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。
- シシュ・タウーク レバノン700年ごろ
レモンを使う料理 22
- パイダキア(ラムチョップ) ギリシャ前800年ごろ
- フール・メダメス エジプト1000年ごろ
- フムス レバント1200年ごろ
- アヴゴレモノ ギリシャ1300年ごろ
- ボルマ レバント1300年ごろ
- フリトゥレ クロアチア1400年ごろ
- サガナキ ギリシャ1453年ごろ
- クレフティコ ギリシャ・キプロス1500年ごろ
- チョルバ(ルーマニア・モルドバ) ルーマニア・モルドバ1500年ごろ
- ドルマデス ギリシャ1500年ごろ
- ババ・ガヌーシュ レバント1500年ごろ
- タッブーレ レバント1694年ごろ
- バックヘンドル オーストリア1719年ごろ
- ケーニヒスベルガー・クロプセ ドイツ1750年ごろ
- チキンヤッサ セネガル1850年ごろ
- ブリャオン・パト風アサリ ポルトガル・リスボン1860年ごろ
- ミューズリー スイス1900年ごろ
- カスタードスクエア ニュージーランド1918年ごろ
- マチャス・ア・ラ・パルメサーナ チリ1950年ごろ
- トースト・スカーゲン スウェーデン1956年ごろ
成立年不明 2
成立の下限(いつ以降か)が史料から決まらない料理。年代順には置けないのでここへ分けた ── いちばん古いという意味ではない。 「遅くとも◯年までに」はその年までに存在したことが押さえられているという意味で、その年に成立したという意味ではない。
- ヴァイスヴルスト ドイツ 遅くとも 1814 年までに
- ホレシュ・キャラフス イラン 遅くとも 1964 年までに