食文化圏 / 北米

米国北東部料理の成立史

北米の食文化圏「米国北東部」に属する料理 9 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。

この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)

律速になりがちな食材成立を決めた律速食材として現れた回数(料理数)。

  • ハマグリ類(二枚貝)1
  • ブルークラブ(青ガニ)1
  • 唐辛子1
  • 牛肉1
  • 玉ねぎ1

食材が届いた経路律速食材の到来経路(channel)の傾向。在来=もとから現地にあった食材。

  • 在来1
  • 植民地交易1

成立年代の分布成立年代の分布(最古 1830 年〜最新 1970 年)。

  • 近代5
  • 現代4

起源説の確度起源説の固さ(A=構造的必然〜D=要検証)の内訳。C/D は諸説・反証ありの料理。

  • C C=諸説・通説7
  • B B=学術定説2

所属する料理 9

  • 定番 クラムチャウダー 米国ニューイングランド 1830–1860 時B説C

    ニューイングランドの食卓を代表する、乳の白い貝のスープ、クラムチャウダー。その名 chowder の由来には英方言で「魚売り」を指す jowter からだとする説もあるが、辞書学が信頼できる説として採るのは、フランス語で鍋を意味する chaudière からの訛りのほうである。

  • 定番 エッグベネディクト 米国(ニューヨーク) 1860–1900 時B説C

    イングリッシュマフィンにハム、ポーチドエッグ、とろりとしたオランデーズソース――ブランチの王様エッグベネディクト。誰が考えたかをめぐっては、二日酔いの逸話まで含めて複数の説が今も並び立つ。

  • 定番 ホットドッグ 米国・ニューヨーク 1860–1900 時B説B

    ホットドッグには「コニーアイランドのフェルトマンが初めて屋台で売った」「フォイヒトヴァンガーがバンを発明した」「ドーガンの漫画が命名した」といった発祥譚が付きまとうが、フード史家はそのいずれにも証拠がないと退けた。残るのは、ドイツ系移民がソーセージをパンに挟む形を19世紀の都市で漸進的に広めたという、単一の発明者のいない経緯である。

  • 定番 ロブスターロール 米国メイン/ニューイングランド 1920–1940 時B説C

    バターか、それともマヨネーズか。ニューイングランドの夏を象徴するこのサンドは、温製と冷製という二つの様式が別々の土地で育ち、いまも仲よく並び立っている。

  • クラブケーキ 米国メリーランド(チェサピーク湾岸) 1850–1950 時B説C

    メリーランドの名物クラブケーキは、チェサピーク湾の青ガニの身をほぐし、パン粉やクラッカーでつないで成形した地方料理だ。カニを食べる暮らしは先住民まで遡るが、「クラブケーキ」という名と今の形が定まったのは、十九世紀の終わり以降のことである。

  • チャプスイ(雑砕) 米国(広東系移民・中国広東) 1890–1910 時B説C
  • フィリーチーズステーキ 米国フィラデルフィア 1930–1960 時B説B

    薄切りの牛肉を鉄板で焼き、ロールパンに挟んだフィラデルフィアの名物。1930年頃にひとつの屋台から始まったことははっきりしているが、これを「チーズステーキ」にした一切れのチーズが、いつ・誰の手で・どんな種類で載ったのかは、いまも決着していない。

  • バッファローウィング 米国・バッファロー(NY) 1964–1970 時B説C

    「1964年、バッファローのアンカー・バーで生まれた」——バッファローウィングの発祥はそう語られる。だが「最初に出した一軒」を名指すことは、誰にもできていない。

  • ジェネラルツォチキン(左宗棠鶏) 米国ニューヨーク 1970–1980 時B説C

    アメリカ中華の象徴ともいえる甘酸っぱい揚げ鶏ジェネラルツォチキン。その名を冠する清の将軍・左宗棠は、この料理を一度も口にしていない。料理が生まれたのは、将軍の死から70年近くを経た台湾とニューヨークだった。

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