食文化圏 / 西欧
北イタリア料理の成立史
西欧の食文化圏「北イタリア」に属する料理 3 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。
この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)
律速になりがちな食材成立を決めた律速食材として現れた回数(料理数)。
食材が届いた経路律速食材の到来経路(channel)の傾向。在来=もとから現地にあった食材。
成立年代の分布成立年代の分布(最古 1100 年〜最新 1960 年)。
起源説の確度起源説の固さ(A=構造的必然〜D=要検証)の内訳。C/D は諸説・反証ありの料理。
所属する料理 3
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定番 ティラミス
イタリア・トレヴィーゾ(ヴェネト) 1960–1990
時B説C
ティラミスは「いつからあるとも知れない古い伝統菓子」ではない。エスプレッソとマスカルポーネを冷たく層に重ねるこの現代の菓子は、おおむね1960年代から80年代にかけて、北イタリア・トレヴィーゾの店で形になった。しかも、どの店が最初だったかは、いまも争われている。
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コトレッタ・アッラ・ミラネーゼ
ミラノ(伊・ロンバルディア) 1100–1900
時C説C
ミラノの仔牛のパン粉衣カツレツ。「ラデツキー将軍がミラノから持ち帰り、ウィーンのシュニッツェルになった」という有名な逸話は、後世にこしらえられた作り話だとされている。どちらが先かは、いまも史料では決着していない。
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リゾット・アッラ・ミラネーゼ
ミラノ(伊・ロンバルディア) 1500–1809
時B説C
サフランで黄金色に染めた、ミラノの米料理リゾット・アッラ・ミラネーゼ。一五七四年、ステンドグラス職人の娘の婚礼でこの料理が生まれたという有名な逸話があるが、肝心の料理を指す記録は十九世紀まで一切現れない。これは後から作られた伝説である。