食材から辿る / 旧大陸

ゴマ 素材 時期 B検証済

成立年代 前3500〜

ゴマが、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。

3ゲート

食材入手ゲート
ゴマ(Sesamum indicum)の栽培化(入手)=インド亜大陸(インダス文明)・前3500~前3000年
調理技術ゲート
搾油・焙煎による種子の利用
場ゲート
南アジア・近東での食用/採油成立

ゴマはどこから広がったか

ゴマ(Sesamum indicum)はインド亜大陸の作物である。栽培化はインダス文明の時代、紀元前3500年から紀元前3000年ごろの南アジアにさかのぼる。ハラッパーの遺跡から出た炭化した種子と、栽培種と野生の近縁種の関係を洗い直した研究(ベディジアンの2003年の報告)が、この一帯を故郷として指している。

小さな種だが、搾れば油が採れ、炒れば香りが立つ。搾油と焙煎——この二つが、ゴマという種子の使い道だった。

西へ——メソポタミアと地中海の東岸

南アジアの外へゴマが出るのは紀元前2千年紀のことである。青銅器時代以降、メソポタミアやインド亜大陸とを結ぶ交易路を介して、地中海東岸のレバント一帯には紀元前2000年から紀元前1000年ごろのあいだにゴマが届いた(ベディジアンとハーランの研究)。

東へ——オアシスの道を通って

中国へ入る時期は、一点では押さえられていない。新疆の遺跡から出土したゴマの種子を調べた研究(チウ・チャンらの2012年の報告)は、紀元前1世紀から7世紀ごろまでのあいだに、中央アジアのオアシスの道を通ってゴマが中国へもたらされたことを示している。唐の時代のアスターナ遺跡——いまの新疆トゥルファンにあたる——からは、ゴマ油そのものが出ている。遅くとも唐までには、中国にゴマは確かにあった。

大西洋を越えて

新大陸へ渡るのは16世紀である。スペインの征服のあと、1521年以降のメキシコにゴマが持ち込まれた。焙煎したゴマを他の種子や木の実、唐辛子とともにすりつぶして濃いソースを作る使い方は、旧大陸から来たこの種子が新大陸の食材と混ざり合った先にある(食物史家ラシェル・ローダンの整理)。インダスの畑で選び出された小さな種は、西は地中海の東岸へ、東はオアシスの道を越えて中国へ、やがて海を渡ってメキシコへと届いた。

各地への伝来 5

各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。

  • 前3500〜前3000頃 南アジア 在来在地栽培
  • 前2400〜前2000頃 イラク 交易路
  • 前2000〜前1000頃 レバント 交易路
  • 前100〜640頃 中国 交易路
  • 1521頃 メキシコ 植民地交易

ゴマを使う料理 12

成立年不明 4

成立の下限(いつ以降か)が史料から決まらない料理。年代順には置けないのでここへ分けた ── いちばん古いという意味ではない。 「遅くとも◯年までに」はその年までに存在したことが押さえられているという意味で、その年に成立したという意味ではない。

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