食材から辿る / 在来
ヒヨコ豆 素材 時期 B検証済
ヒヨコ豆が、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。
3ゲート
- 食材入手ゲート
- ヒヨコ豆(Cicer arietinum)の栽培化(入手)=肥沃な三日月地帯・南東アナトリア(+隣接シリア)・約前8000年(新石器)
- 調理技術ゲート
- 加熱調理(煮る)による豆の可食化
- 場ゲート
- 近東(肥沃な三日月地帯)での食用成立
各地への伝来 5
各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。
- 前8000〜前7000頃 アナトリア 在来在地栽培
- 前2500頃 南アジア 在来在地栽培
- 前1500頃 エチオピア 在来
- 前200〜100頃 スペイン 在来
- 1845〜1917頃 トリニダード・トバゴ 植民地交易
ヒヨコ豆の到来が成立を縛った料理 4
ヒヨコ豆が届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。
ヒヨコ豆を使う料理 11
- ブティチャ エチオピア
- ファッテ シリア900年ごろ
- アーシュ・レシュテ イラン1000年ごろ
- ロパ・ビエハ(イベリア祖型) スペイン・カナリア諸島1400年ごろ
- シロ エチオピア高原1600年ごろ
- チャナマサラ 北インド1600年ごろ
- アブグーシュ(ディジ) イラン1800年ごろ
- コシード・マドリレーニョ スペイン1800年ごろ
- ハルワ・プリ パキスタン1800年ごろ
- パニプリ 北インド1850年ごろ
- ファラフェル レバント・エジプト1850年ごろ