食文化圏 / 北米
米国中西部料理の成立史
北米の食文化圏「米国中西部」に属する料理 18 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。
この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)
成立年代の分布成立年代の分布(最古 1853 年〜最新 1956 年)。
食材は在来か外来か律速食材が在来(もとから現地にあった)か、外来(交易・開国・植民地交易などで届いた)かの比率。
在来 0 外来 4
所属する料理 18
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定番 ブラウニー
米国・シカゴ 1899–1910
時B説D
濃密でしっとりしたチョコレート菓子ブラウニー。シカゴのパーマーハウス・ホテルが1893年の万博向けに考案したという有名な話には、当時の裏付けが一つも見つからない。
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ブレッド・ポーク・テンダーロイン・サンドイッチ
米国中西部 ?–1908
時B説C
アメリカ中西部の食堂を象徴する巨大なカツサンド。1908年にインディアナ州の小さな食堂で「発明された」という語り草は、店の看板を彩る愛すべき伝説であって、そのとおりに一人の手柄と決めきれるものではない。
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ブーヤ
米国中西部 1853–1906
時B説B
1906年、ウィスコンシンの記者がフランス語の「ブイヨン」を聞き取れずに booyah と綴った——ブーヤという名の由来としてよく語られるこの逸話は、後から付けられた民間語源の色が濃い。大鍋の煮込みそのものは、その半世紀前に北東ウィスコンシンへ入植したベルギー・ワロン系移民が郷里から持ち込んだ味である。
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チスリック
米国(サウスダコタ州) 1874–1900
時B説B
サウスダコタのバーで木の串に刺して出される、一口大の揚げ羊肉チスリック。英語にもドイツ語にも聞こえないこの名は、黒海沿岸の草原で羊を串に刺して焼いた料理シャシリクにさかのぼる。
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クネプラ・スープ
米国(ノースダコタ州) 1885–1920
時C説B
ノースダコタの冬を代表するスープ、クネプラ。その担い手を「エカチェリーナ2世が黒海沿岸へ招いたドイツ人農民の子孫」と説明する記事が広く出回っているが、黒海沿岸へ農民を招いたのは孫のアレクサンドル1世であり、二つの招致が取り違えられている。
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シカゴ・イタリアンビーフ
米国・シカゴ 1900–1940
時B説C
シカゴの薄切り牛肉サンド。「結婚式で大人数に肉を行き渡らせた移民の節約料理」という起源譚は語り継がれてきたが、一次史料では裏づけられない。最初の一軒は、今も突き止められないままだ。
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ランザ
米国中西部 1900–1950
時B説B
ネブラスカの州公認サンドイッチ「ランザ」は、ヴォルガ・ドイツ人移民が伝えたパン料理が新大陸で商標を得て生まれた——料理としての成立史ははっきりしているのに、その名前だけがどこから来たのかわかっていない。
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コニードッグ
米国(ミシガン州) 1914–?
時B説B
「コニーアイランド」の名を冠しながら、コニードッグはニューヨークではなくミシガンで生まれた一皿である。「どの店が最初に作ったか」という発祥争いは百年たっても決着せず、そもそも一人の発明者を名指すことができない。
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シンシナティチリ
米国オハイオ(シンシナティ) 1922–1922
時B説B
スパゲッティにスパイスの効いた挽肉ソースをかけ、細切りチェダーを山盛りにするシンシナティチリは、その名から想像されるテキサス風のチリとは似て非なる一皿だ。シナモンやクローブが香るこのソースは、1920年代にオハイオへ渡ったマケドニア系移民が、故郷の煮込みをイタリア麺に載せて生み出したものである。
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スリーウェイ・チリ
米国オハイオ(シンシナティ) 1922–1935
時B説B
茹でたスパゲッティに香辛料の効いた肉ソースを掛け、細く削ったチェダーを雪のように山盛りにする——シンシナティの「スリーウェイ」は、テキサスやメキシコのチリを思わせる名を持ちながら、実際にはギリシャ/マケドニア系移民がシナモンや地中海の香りで仕立てた別系統の一皿である。
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ルースミート・サンドイッチ
米国(アイオワ州) 1924–1926
時B説C
牛挽き肉をパティに固めず、崩したままバンズに挟むアイオワの廉価サンドイッチ。「メイドライトが生んだ」という有名な話が広まっているが、その店が売り出すより二年前に、同じ州の別の食堂がすでに同じものを出していた。
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ホースシューサンドイッチ
米国(イリノイ州) 1928–1928
時B説B
蹄鉄の形に切ったハムを「蹄鉄」、その上のポテトを「釘」、チーズソースを「接着剤」に見立てた、鍛冶屋仕立てのオープンサンド。イリノイ州スプリングフィールドのホテルの厨房で1928年に生まれたと語り継がれてきたが、その年を記した同時代の紙は残っておらず、この名の一皿が印刷物に現れるのは1940年代の後半、1948年の新聞広告からである。
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ホットディッシュ
米国中西部 1930–1960
時B説C
挽肉と缶詰スープを一皿で焼くアメリカ中西部の家庭料理。誰か一人が発明したのではなく、ミネソタの教会の地下室で持ち寄られるうちに名前と形を得た一品である。
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チリ&シナモンロール
米国(ネブラスカ州) 1946–1962
時B説C
辛いチリコンカーンに、甘いシナモンロールを添える——一見ちぐはぐなこの取り合わせは、第二次大戦後のアメリカ中西部で、学校給食のトレイから広まった一皿である。
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ジューシールーシー
米国・ミネアポリス(ミネソタ州) 1950–1960
時B説C
溶けたチーズを肉で包んで焼くミネアポリスの名物バーガー「ジューシールーシー」。発祥を主張する二軒のバーが半世紀以上も譲らないが、真の発案者は一次史料では決められない。
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バーベキュー・ミートボール
米国中西部 1950–1967
時B説C
バーベキューソースで煮込んだミートボールは、アメリカのパーティやポットラック(持ち寄り)に欠かせない定番だが、誰がいつ最初に作ったのかは一人にも一つの町にも絞れない。
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バーントエンド
米国(ミズーリ州) 1950–?
時B説B
バーントエンドは、丸ごと燻したブリスケットの焦げた端を切り分けたバーベキュー。カンザスシティのBBQ店で行列客にただで配られていた副産物が、一本の雑誌記事をきっかけに全国区の名物へと変わった。
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テイタートット・ホットディッシュ
米国・ミネアポリス(ミネソタ州) 1956–1965
時B説B
テイタートット・ホットディッシュは大恐慌期から続くミネソタの古典料理——そう語られることが多い。だが主役の冷凍テイタートットが世に出るのは1953年で、この一皿が形になったのは早くても1950年代の末である。