食文化圏 / 北米

カナダ料理の成立史

北米の食文化圏「カナダ」に属する料理 21 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。

この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)

成立年代の分布成立年代の分布(最古 1500 年〜最新 1990 年)。

  • 近世 6
  • 近代 5
  • 現代 10

食材は在来か外来か律速食材が在来(もとから現地にあった)か、外来(交易・開国・植民地交易などで届いた)かの比率。

在来 0 外来 6

所属する料理 21

  • 定番 モントリオール式スモークミート カナダ・ケベック州 1894–1930 時B説D

    モントリオール名物のスモークミートを『1928年創業のシュワルツが生んだ』とする有名な話は、それより古い史料の前に崩れる。発祥は一つの店ではなく、東欧系ユダヤ移民の街全体で育った一皿である。

  • 定番 ナナイモバー カナダ(ブリティッシュコロンビア州) 1950–1960 時B説C

    焼かない三層のチョコレート菓子は、ナナイモという町の名を冠して全国に広まった。だが「ナナイモのメイベルさんが考案した」という有名な発祥譚を支える同時代の記録は、どこにも残っていない。

  • フィッシュ・アンド・ブルーイス カナダ・ニューファンドランド 1500–1700 時B説B

    塩ダラと乾パンを一晩水に戻し、それぞれ茹でてひとつの皿に合わせる。フィッシュ・アンド・ブルーイスは誰かの発明品ではなく、北大西洋のタラ漁に生きた人々の暮らしのなかから立ち上がってきた保存食である。

  • ペミカン カナダ 1500–1791 時C説B

    ペミカンは、赤身肉を乾かして叩き、溶かした脂で練り固めた北米先住民の携行食である。毛皮交易の携行食として語られることが多いが、その製法はヨーロッパ人が書き留めるよりはるか前、接触以前の先住民の暮らしに根ざしている。

  • スプリット・ピー・スープ カナダ 1608–1700 時B説B

    ケベックを代表するスプリット・ピー・スープ(ソープ・オ・ポワ)は、400年前、探検家シャンプランのヌーベルフランスに始まる「カナダ生まれの料理」としてしばしば語られてきた。だがその実体は、ヨーロッパ中世の農民が食べてきた豆と塩漬け豚のスープが大西洋を渡り、フランス系カナダの国民食へと育った一皿である。

  • トゥルティエール カナダ・ケベック州 1700–1850 時B説C

    ケベックのクリスマスに欠かせない肉のパイ。『絶滅した渡り鳥を詰めたから』という有名な語源譚は、言語学者が退ける俗説である。

  • メープルタフィー Canada 1700–? 時C説C

    メープルタフィーは、樹液を煮詰めた糖液を雪の上に流し固めて食べるカナダ・ケベックの菓子である。糖化の技法そのものは先住民に起源をもつことがはっきりしている一方、雪に流して即席の飴に仕立てるという今の形がいつどこで生まれたかは、先住民の暮らしと入植者期の記録のあいだで見方が分かれ、なお定まっていない。

  • シュガーパイ カナダ・ケベック州 1800–1900 時C説C

    ケベックの砂糖パイは「フランスからそのまま渡ってきた菓子」と語られがちだが、今の褐色砂糖(ヴェルジョワーズ)で作る形は本国でも入植期より後にできた後発形で、直輸入の物語は史料の裏付けを欠く。原初のケベックの砂糖パイは、土地のメープルで甘みをつけた一皿だった。

  • ピーミール・ベーコン カナダ 1860–1900 時C説B

    コーンミールをまとったカナダの豚ロースベーコン。「英国の親族へ送る肉をエンドウ豆に詰めて保存したのが始まり」という愛らしい語りは裏付けを欠くが、19世紀トロントの英国向けベーコン輸出という商いから生まれたことは揺れない。

  • サスカトゥーンベリー・パイ カナダ 1870–1920 時B説B

    都市サスカトゥーンの名の由来にもなったプレーリー在来のベリーを、入植者のパイ生地で包んだ菓子。特定の発明者も派手な発祥伝説も持たず、名も無い家庭と共同料理本のなかで、いつしか地域の定番になった。

  • バタータルト カナダ(オンタリオ州) 1880–1915 時B説B

    カナダを代表する焼き菓子。フランス系の入植女性『王の娘たち』が伝えたという有名な起源譚は、食物史家が退ける裏づけのない物語で、たどれる最古の記録は1900年のオンタリオにある。

  • モントリオール・ベーグル Canada 1900–1919 時B説B

    モントリオールという街に固有のベーグル――蜂蜜を溶いた湯で茹で、薪窯で焼き上げる、小ぶりで穴の大きい生地――を、東欧系ユダヤ移民が20世紀初頭のこの地で確立したことは広く知られている。だが、その担い手のうち「誰が最初の一皿を焼いたか」は、街の二つの老舗が今も相譲らない未解決の争いのままである。

  • プーティン カナダ・ケベック州 1950–1970 時B説C

    フライドポテトに新鮮なチーズカードと熱いグレービーをかけたケベックの一皿、プーティン。『誰が最初に作ったか』はワーウィックとドラモンドヴィルが互いに名乗りを上げて決着せず、食物史はむしろ『単一の発明者には帰せない』ことを結論としている。

  • シーザー(ブラッディ・シーザー) カナダ(アルバータ州) 1969–1970 時B説B

    トマトジュースにウォッカとアサリの出汁を合わせたカナダのカクテル、シーザー。1969年にカルガリーのある支配人が一杯を組み立てたのは確かだが、「彼が無から発明した唯一無二の飲み物」という語りは、その少し前から続くクラム系カクテルの系譜を見落としている。

  • ビーバーテイルズ カナダ 1978–1978 時A説A

    平たく伸ばして揚げ、砂糖とシナモンをまぶすカナダの菓子ビーバーテイルズは、1978年に一組の夫婦が家庭の揚げパンを屋台に持ち出して生まれた商標菓子である。名前は、細長い揚げ生地を見た娘の「ビーバーの尾みたい」という一言に由来する。

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