食材から辿る / 旧大陸
ライム 素材 時期 C検証済
ライムが、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。
ライム(Citrus × aurantiifolia/メキシカン・ライム、キーライム)=インド・マレー地域(ヒマラヤ南東麓〜東南アジア)原産の柑橘。柑橘属自体がアッサム東部・北ミャンマー・雲南西部の南東ヒマラヤ麓で約800万年前に分化し(Wu et al. 2018, Nature)、ライムはその系統のパペダ(C. micrantha)×シトロン(C. medica)系の交雑種として原産地で成立した。原産地での採取・栽培・食用の開始年は先史にさかのぼり不詳。年代を固定できる最古の手がかりは西方への伝播で、イスラーム期の交易によりサワーオレンジ・ポメロとともに10世紀に地中海へ到来(Langgut 2017『The Citrus Route Revealed』)=遅くとも10世紀には栽培柑橘として成立していた(遅くとも900年ごろ)。キリスト教圏ヨーロッパでは十字軍以前は未知で、13世紀半ばにイタリアで栽培・周知(Morton)。新大陸へは16世紀にスペイン・ポルトガル人が移入(ハイチ1520年ごろ、ブラジル1550年ごろ、ペルー1540年ごろ)
3ゲート
- 食材入手ゲート
- 在来(原産地インド・マレー地域=ヒマラヤ南東麓〜東南アジアの在地栽培): パペダ×シトロン系の交雑種として原産地で成立した柑橘で、原産地では自明に入手可能。利用開始年は先史で不詳、文献上の最古の記録は10世紀(イスラーム期交易で地中海へ到来した時点で既に栽培柑橘として確立)。地中海には900年ごろ(幅900–1250)、新大陸には16世紀に到来=原産地外では在来でなく到来食材
- 調理技術ゲート
- 果実を搾って果汁を酸味料にする/果皮・果汁を生食・調味に用いる(原産地在来の自明な用法)。乾燥ライム(ロウミ)など保存加工も後代に派生するが、素材としての成立には不要
- 場ゲート
- 原産地での食用は在地栽培・採取による入手と同時に成立(栽培地=食卓)。場ゲートは退化
ライムはどこから広がったか
ライム(Citrus × aurantiifolia)は、インドから東南アジアにかけての熱帯を故郷とする柑橘である。柑橘の仲間そのものが、ヒマラヤの南東の麓——アッサム東部から北ミャンマー、雲南西部にかけての一帯で、およそ八百万年前に分かれていったことが分かっており(ウーらの2018年の研究)、ライムはその系統のなかで、パペダとシトロンの系が掛かり合って生まれた交雑の柑橘である。
原産地でいつから人がこの実を採り、育てるようになったのかは分からない。先史のことで、記録がない。分かるのは、遅くともいつまでに栽培される果樹として確立していたか、という側だけである。
十字軍より前の西方には無かった
その手がかりは、西へ広がった記録にある。イスラーム期の交易が柑橘の栽培を地中海に広げるなかで、サワーオレンジやポメロと並んで、10世紀にはライムが地中海に到来している。この時点で栽培柑橘として確立していた以上、原産地ではそれ以前に成立していたことになる。
一方、キリスト教圏のヨーロッパにライムは長いあいだ知られていなかった。十字軍以前の西欧に、この果実は存在しない。イタリアで栽培され、名の知られる果物になるのは13世紀の半ばである。地中海の南岸と東岸を先に回り、そこから北のヨーロッパへ入るというこの順序は、柑橘に共通する道筋だった。
アメリカ大陸にライムはなかった
大西洋を渡ったのは16世紀で、運んだのはスペイン人とポルトガル人である。ブラジルへは1550年ごろポルトガル人が持ち込み、ペルーへは1540年前後にスペイン人が持ち込んだ。
このことは、当事者の証言として残っている。インカの王女とスペイン人の子であるインカ・ガルシラーソ・デ・ラ・ベガは、1609年に刊行した『インカ皇統記』のなかで、スペイン人が来る前のペルーに何が無かったかを一つひとつ数え上げた。いちじくも、ざくろも、シトロンも、オレンジも、甘いライムも酸いライムも無かった、と彼は書いている。征服前のアンデスを知る者が、後から入ってきた作物を名指しで並べたこの記述は、新大陸の柑橘が外から持ち込まれたものであることを示す同時代の証言である。
そして、持ち込まれたライムは新しい土地に根を下ろした。熱帯の低地で、この木はもとの故郷と変わらずよく実った。いまではメキシコやカリブ海、ブラジル、ペルーの料理の酸味は、ほとんどこの果実が担っている。四百年あまりのあいだに、外から来た果実は、その土地の味そのものになったのである。
各地への伝来 4
各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。
- 900〜1250頃 地中海 交易路流通
- 1500〜1600頃 ブラジル 新大陸交換在地栽培
- 1532〜1560頃 ペルー 植民地交易
- 時期不明 東南アジア 在来在地栽培
ライムの到来が成立を縛った料理 1
ライムが届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。
- カウサ・リメーニャ ペルー1532年ごろ
ライムを使う料理 13
- ヤムヌア タイ1511年ごろ
- カルドゥ セネガル1600年ごろ
- カルネ・アサダ メキシコ北部1700年ごろ
- キャバーブ・バルグ イラン1800年ごろ
- ロックラック カンボジア1880年ごろ
- トムカーガイ タイ1890年ごろ
- コクテル・デ・ランゴスタ コロンビア1900年ごろ
- ホッケンミー マレーシア・シンガポール1900年ごろ
- ピスコサワー ペルー1916年ごろ
- エスキーテス メキシコ1947年ごろ
- エローテ メキシコ1947年ごろ
成立年不明 2
成立の下限(いつ以降か)が史料から決まらない料理。年代順には置けないのでここへ分けた ── いちばん古いという意味ではない。 「遅くとも◯年までに」はその年までに存在したことが押さえられているという意味で、その年に成立したという意味ではない。