食文化圏 / 東南アジア

フィリピン料理の成立史

東南アジアの食文化圏「フィリピン」に属する料理 16 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。

この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)

この圏に特徴的な食材全圏平均より偏って多く現れる律速食材(=この圏に特徴的な素材)。汎用食材は突出しないので外れます。

  • 全圏平均の約 4.32 倍・2 品で律速(=この圏で偏って多く使われる食材)。

成立年代の分布成立年代の分布(最古 前1500 年〜最新 1980 年)。

  • 先史・古代 1
  • 中世 1
  • 近世 9
  • 近代 1
  • 現代 3

食材は在来か外来か律速食材が在来(もとから現地にあった)か、外来(交易・開国・植民地交易などで届いた)かの比率。

在来 3 外来 8

所属する料理 16

  • 定番 メヌード(フィリピン) 1571–1898 時C説C

    フィリピンのメヌードは、豚肉と豚レバーをトマトで煮込む祝祭料理。名前が同じことから、メキシコのメヌード(牛の胃を煮たスープ)の現地版だと思われがちだが、両者は主役の食材も調理も別系統の、たまたま名を同じくする別料理である。

  • 定番 パンシット フィリピン(マニラ) 1594–1800 時C説B

    フィリピンの食卓に欠かせない麺料理パンシット。その名の由来には二つの福建語説があり、いまも決着していない——だが料理そのものの出自は、スペイン植民地期マニラの華人街ではっきりと辿れる。

  • 定番 ハロハロ フィリピン 1902–1935 時B説B

    フィリピンの国民的かき氷ハロハロのルーツは、戦前のマニラで日本人移民が営んだ氷菓店『モンゴヤ』にある。よく知られていないが、これは俗説ではなく一次証言に裏づけられた史実である。

  • ルンピア フィリピン ?–1924 時C説B

    フィリピンの食卓に欠かせない巻き物ルンピアは、その名前そのものが出自を明かしている。中国・福建からの華人移民が伝えた薄い皮の巻き物で、英語の文献に初めて姿を見せるのは1924年だが、それは料理の誕生日ではなく、あくまで最初に記録された年にすぎない。

  • プト フィリピン -1500–1600 時C説C

    フィリピンの蒸し米菓子プトは、その名がタミル語の蒸し米料理プットゥ(puttu)に遡るという説がよく引かれる。だが名の一致がインドからの直接の伝来を意味するかは確かでなく、名はインド系・形は中国系という重層の可能性も残り、由来は一つに定まっていない。

  • シニガン フィリピン 1000–1500 時B説B

    フィリピンの酸っぱいスープ、シニガン。その正体は特定の食材ではなく「酸味で煮る」という作り方そのものにある。スペインが来るより前から、この地にあった在来の味だ。

  • アドボ フィリピン(ルソン) 1500–1700 時B説C

    酢でじっくり煮込む、フィリピンの国民食アドボ。スペイン語で「漬ける」を意味する名を持つが、その調理そのものはスペイン人が来るより前からの土地の技だった。名は植民地が与え、料理は先住の人々が育てた——二つの層からなる一皿である。

  • レチョン フィリピン(セブ等) 1565–1700 時B説C

    フィリピンの祝祭に欠かせない子豚の丸焼きレチョン。スペインが持ち込んだ料理と思われがちだが、豚を丸ごと焼く習わしは、マゼランの一行が島に着いた1521年にはすでにそこにあった。

  • ロンガニーサ Philippines 1565–? 時C説B

    フィリピンの食卓に欠かせない甘塩っぱい腸詰め、ロンガニーサ。その名はスペイン語 longaniza の借用で、さらにさかのぼるとラテン語 lucanica——南イタリアのルカニア地方の腸詰めに行き着く。名前そのものが、この一皿が海を越えて渡ってきた道のりを明かしている。

  • ビコールエクスプレス フィリピン 1600–? 時C説C

    マニラを走る列車「ビコール急行」にちなんで名づけられた、という有名な由来。だがこの命名譚が語るのは名づけであって、料理そのものは命名以前からビコール地方にあった。

  • ブラロ フィリピン 1600–1900 時C説C

    ブラロを、スペインが来る前からのフィリピンの古い料理とする話は成り立たない。この牛スネの煮込みを支える牛は、スペインが海を越えて持ち込んだ家畜だからである。

  • カレカレ フィリピン 1620–1800 時C説C

    牛テールとピーナッツソースの濃厚な煮込み、カレカレ。名前がカレー(curry)に似ていることから「英軍のインド兵がカレーを伝えた」という語源譚が広く語られてきたが、この魅力的な説は決め手となる史料を欠く。本当の起源は、いまも分かっていない。

  • チキン・イナサル フィリピン 1895–1970 時B説B

    炭火の香ばしさと、アチュエテの油が生む鮮やかな橙色。フィリピン・ネグロス島バコロドの名物チキン・イナサルは、ビサヤの家庭で焼かれてきた鶏に、二十世紀のある人物の一手が重なって、地域の顔となった一皿である。

  • シシグ フィリピン 1970–1990 時B説C

    豚の頭や耳を刻んで鉄板の上でじゅうじゅうと焼くフィリピン・パンパンガの一皿。「アリン・ルシンという一人の女性が一九七四年にゼロから発明した」と語り継がれてきたが、史料はその物語を作り替えた——彼女は無からの考案者ではなく、二世紀以上前から続く名と味を豚肉の刻み焼きへ作り直した再発明者だった。

  • タプシログ フィリピン 1980–1989 時B説C

    味付け牛肉のタパ、ニンニク炒飯のシナンガグ、目玉焼きを一皿に盛る、フィリピンの定番プレート「タプシログ」。ひとりの食堂主が名付けたという有名な話が広まっているが、その根拠は本人の申告に頼り、同時代の独立した記録を欠く。

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