コロッケ 時期 B起源説 B検証済
確度は2軸: 時期=成立時期の固さ/起源説=発祥譚(説)の固さ(A〜Dの4段階・別々に持つ)。確度とは?→
暴かれた通説あり出典で反証された通説を抱える料理です(真の起源は未確定のことが多い)。
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コロッケは銀座の洋食店・煉瓦亭が明治の終わりに始めた、という話がよく知られている。だが潰したジャガイモに肉を混ぜ、衣をつけて揚げる作り方は、それより30年あまり早い1872年(明治5年)の料理書にすでに載っている。
史料が示すこと 起源・発祥は?
俗説「銀座の洋食店・煉瓦亭が1905年頃にコロッケをメニューに載せたのが始まりとする話。百科事典の記述によると、煉瓦亭が載せたのは白いソースを包むクリ…」は、史料の検証で退けられている。
ジャガイモを使うコロッケは、明治初めに西洋料理の一品として伝わった。1872年の料理書『西洋料理指南』に、すったジャガイモに牛肉を混ぜ、三重の衣をつけて揚げる作り方がある(名前は無く、がんもどきのようなものと書く)。『コロツケ』の名は1887年の『滋味之饗奏』と1888年の『軽便西洋料理法指南』に出る。誰が最初に作ったかは分からない。 なお「精肉店の惣菜から始まった説」という通説は一次史料・学術文献で退けられている。
3ゲート
- 食材入手ゲート
- ジャガイモ・豚肉・玉ねぎ・パン粉を使う。どれが成立年を縛るかは確かめていない
- 調理技術ゲート
- ゆでて潰したジャガイモに具を混ぜて丸め、衣をつけて油で揚げる
- 場ゲート
- 今は家庭のほか、精肉店などの惣菜、洋食店、定食屋、冷凍食品で売られる
成立年代と成立ゲート
食材入手と調理技術の各ゲートを同じ時間軸に並べた(流通は独立ゲートでなく食材入手の経路として内包し、場ゲートは年に乗らない構造ゲートなので図には出さない)。最も遅い食材入手ゲート(1872年・在地/到来・豚肉)が最後に揃った条件で、成り立ちうる最も早い年はこの条件が揃った年になる。この条件を太線で示す。それより早い要因はその時点で既に充足していた(細線)。成立年代の帯は、その条件が揃った年以降にある。
- 食材入手(流通/在地/加工の経路を内包)
- 太線=最後に揃った条件(最も遅い=成立を縛る)
- 細線=既に充足
- 場ゲートは年に乗らない構造ゲート(図外)
検証メモ: ジャガイモを使う日本のコロッケ。1872年の料理書『西洋料理指南』に、すったジャガイモに牛肉を混ぜ、三重の衣をつけて牛脂で揚げる作り方がある(名前は無い)。『コロツケ』の名は1887年と1888年の料理書に出る。銀座の煉瓦亭が始めたという話は、百科事典によればクリームコロッケのこと。大正から昭和初めに精肉店の惣菜として安く売られて広まった。今も家庭・惣菜店・外食で広く食べられている。
起源説
定説
★主 明治初めに西洋料理書を通じて伝わった B
ジャガイモを使うコロッケは、明治初めに西洋料理の一品として伝わった。1872年の料理書『西洋料理指南』に、すったジャガイモに牛肉を混ぜ、三重の衣をつけて揚げる作り方がある(名前は無く、がんもどきのようなものと書く)。『コロツケ』の名は1887年の『滋味之饗奏』と1888年の『軽便西洋料理法指南』に出る。誰が最初に作ったかは分からない。
反証
銀座の洋食店・煉瓦亭が明治後期に始めた説 D
銀座の洋食店・煉瓦亭が1905年頃にコロッケをメニューに載せたのが始まりとする話。百科事典の記述によると、煉瓦亭が載せたのは白いソースを包むクリームコロッケで、ジャガイモのコロッケではない。ジャガイモを使う作り方は1872年と1887年の料理書に既にある。
精肉店の惣菜から始まった説 D
大正から昭和初めの東京で、洋食店の長楽軒(1917年)や精肉店チョウシ屋(1927年)が安いコロッケを売り出したのが始まりとする話。これは惣菜として広まったきっかけで、料理が生まれた時ではない。コロッケの作り方は明治の料理書に既にある。
解説
ここでいうコロッケは、ゆでて潰したジャガイモにひき肉や玉ねぎを混ぜて丸め、小麦粉・卵・パン粉の衣をつけて油で揚げる日本の料理である。いまは家庭で作られるほか、精肉店などの惣菜、洋食店や定食屋の献立、冷凍食品として広く売られている。
この料理は明治の初めに、西洋料理の一品として日本に伝わった。1872年の料理書『西洋料理指南』には、ジャガイモで俗にいう「がんもどき」のようなものを作る法として、大きなジャガイモ十個をすり、細かくした生の牛肉半斤を混ぜ、小麦粉、卵の黄身、「焙麦粉」と書かれた粉の三重の衣をつけて牛の脂で揚げる作り方が出てくる。この本はまだ料理に名前を付けておらず、なじみのある精進の揚げものになぞらえて説明している。
1887年の料理書『日本・西洋・支那三風料理滋味之饗奏』には「コロツケ製法」という項があり、炙った肉と細かく刻んだ葱、胡椒を潰したジャガイモに混ぜ、ほどよく丸めて油で揚げると書かれている。翌1888年の『軽便西洋料理法指南』の「コロツケ」の項では、一度焼いた肉を刻んで塩胡椒で味をつけ、玉葱とゆでたジャガイモを裏ごししたものに混ぜ、メリケン粉とパン粉をつけて揚げる。牛肉と牛脂で揚げた1872年の作り方から十数年のうちに、玉ねぎやパン粉を使う、いまのコロッケに近い作り方が料理書に並んだ。
大正から昭和の初めにかけて、コロッケは東京の洋食店や精肉店で安い惣菜として売られるようになり、町に広まったと伝えられる。
検証ストーリー
コロッケの始まりとして語られる話は二つある。ひとつは、銀座の洋食店・煉瓦亭が1905年ごろにコロッケを献立に載せたのが最初だという話である。もうひとつは、東京の洋食店・長楽軒が1917年に、精肉店のチョウシ屋が1927年に安いコロッケを売り出したのが始まりだという話である。
だが、ジャガイモのコロッケは、どちらの年よりも前に、名前と作り方をそろえて料理書に載っている。1887年の『日本・西洋・支那三風料理滋味之饗奏』の「コロツケ製法」は、炙った肉と葱を潰したジャガイモに混ぜて丸め、油で揚げる料理である。煉瓦亭の話について、日本語版ウィキペディアは、この店が献立に載せたのは白いソースを包むクリームコロッケだったと書いている。長楽軒やチョウシ屋の安いコロッケは、明治の料理書にすでにあった料理を惣菜として町に広めたきっかけであり、料理が生まれた時ではない。
では、日本で最初のコロッケはいつ、誰が作ったのか。1872年の『西洋料理指南』は、名前もないまま「がんもどきのようなもの」としてこの料理を紹介している。この本からわかるのは、遅くとも明治5年には作り方が日本語で書かれていたということで、その年に日本で初めて作られたと示されているわけではない。誰が最初の一皿を揚げたのかは分かっていない。
検証ログ 追記専用の監査証跡
| 日付 | 結果 | 確度 | 主張 / 出典 | 更新者 |
|---|---|---|---|---|
| 2026-10-31 | 支持 | C→B |
1872年の料理書に、すったジャガイモに牛肉を混ぜ、三重の衣をつけて牛脂で揚げる作り方がある。名前は無い
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研磨係 |
| 2026-10-31 | 支持 | B→B |
1887年の料理書に『コロツケ製法』の項があり、炙った肉と刻んだ葱を潰したジャガイモに混ぜて丸め、油で揚げる
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研磨係 |
| 2026-10-31 | 支持 | B→B |
1888年の料理書の『コロツケ』の項に、刻んだ肉を玉葱・ゆでたジャガイモと混ぜ、メリケン粉とパン粉をつけて揚げる作り方がある
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研磨係 |
| 2026-10-31 | 反証 | D→D |
煉瓦亭が1905年頃に始めたとする話は、ジャガイモのコロッケの始まりではない。名前も作り方も1887年の料理書に既にある
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研磨係 |
| 2026-10-31 | 反証 | D→D |
長楽軒(1917年)や精肉店チョウシ屋(1927年)は惣菜として広めたきっかけで、料理の始まりではない。名前も作り方も1887年の料理書に既にある
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研磨係 |
| 2026-10-31 | 支持 | —→— |
地域の確認: 日本→日本(変えない)。明治の料理書は全国向けの本で、作り方を土地と結びつけていない。百科事典が挙げる煉瓦亭(銀座)の話はクリームコロッケ、長楽軒・チョウシ屋(東京)の話は広まり方の話なので、始まりの土地として東京に絞る根拠にならない。1893年には高知の学校の調理実習の記録にも出るという。 出典:
日本語版ウィキペディア「コロッケ」(2026-10-31閲覧) 重み1
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研磨係 |
構成素材
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