食材から辿る / 旧大陸

ササゲ豆 素材 時期 B検証済

成立年代 -2000–-1500

ササゲ豆が、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。

西アフリカ・サバンナでの栽培化(前2000年頃)=原産地での食材入手と食用成立が同年

3ゲート

食材入手ゲート
栽培化=食材入手。西アフリカのサバンナで野生近縁種(Vigna)から豆として栽培化(Herniter et al. 2020)。到来台帳: 在来@西アフリカ -2000(幅-2000〜-1500)
調理技術ゲート
乾燥豆の水戻し・煮る調理。豆の栽培化と同時に成立(可食化に特殊技術を要さない)
場ゲート
在地の食として成立=食材入手と同年。栽培化=食用が自明の豆で場ゲートは退化(捏造しない)

ササゲ豆はどこから広がったか

ササゲ豆(Vigna unguiculata)は、アフリカに生まれた豆である。白い豆に黒い目のような斑のある品種はブラックアイピーの名でも知られ、いまでは南北アメリカやアジアの各地で食べられているが、そのふるさとは西アフリカのサバンナにあった。

アフリカに始まった豆

ササゲ豆は、西アフリカで野生の近縁種から栽培化された、アフリカ起源の作物である。その始まりは古く、およそ4000年前——紀元前2000年ごろ——までには、この地で豆として育てられていたと見られている(ハーニターらの2020年の研究)。乾いた土地と暑さによく耐えるこの豆は、雨の乏しいサバンナの農業によく合い、アフリカの人々の暮らしを古くから支えてきた。

古代の旧大陸へ

アフリカで作物になったササゲ豆は、早くから大陸の外へと運び出されていった。古代には、アラビア半島南部——いまのイエメン——を結ぶ古い交易の道(「サバ人の道」と呼ばれる香料交易路)を経てインドへと伝わり、およそ3500年前(紀元前1500年ごろ)までにはインドに達していた。そこからさらに東南アジアへと広がり、紀元前400年ごろまでには、サヘル地帯・地中海沿岸・インド・東南アジアという旧大陸の主だった産地に、ササゲ豆は根を下ろしていた(ハーニター2020)。

奴隷交易とともに新大陸へ

ササゲ豆が大西洋を越えて新大陸に渡るのは、近世の大西洋奴隷交易とともにであった。アフリカから連れてこられた人々の食とともに種が運ばれ、南北アメリカの暖かい土地にササゲ豆の畑が生まれた。南アメリカのブラジルには17世紀ごろに伝わり、北アメリカの南部へは、カリブ海のジャマイカ(およそ1675年)を足がかりに、フロリダ(1700年ごろ)、ノースカロライナ(1738年)、バージニア(1775年)へと、年を追って北へ広がっていった。アメリカが独立を宣言するころには、南部の各地でこの豆はすっかり土地の作物になっていた(ハーニター2020ほか)。同じアフリカに始まり、同じ奴隷交易の道をたどって新大陸南部の食卓に入ったオクラと、ササゲ豆はよく似た歩みをもつ。

アフリカのサバンナに生まれたこの豆は、古代のうちに交易路を通って旧大陸の各地へ、近世には人の移動とともに大西洋を越えて、世界の暖かい地域へと広がっていった。ブラックアイピーがアメリカ南部の名物になったその背景には、一粒の豆がたどった、この長い道のりがある。

各地への伝来 6

各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。

  • 前2000〜前400頃 東アフリカ 在来
  • 前2000〜前1500頃 西アフリカ 在来在地栽培
  • 前1500〜前400頃 インド 交易路
  • 前1460頃 ガーナ 在来在地栽培
  • 1550〜1700頃 ブラジル 植民地交易
  • 1675〜1775頃 米国南部 植民地交易

ササゲ豆の到来が成立を縛った料理 7

ササゲ豆が届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。

ササゲ豆を使う料理 2

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