食文化圏 / 北米
米国西部・カリフォルニア料理の成立史
北米の食文化圏「米国西部・カリフォルニア」に属する料理 14 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。
この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)
成立年代の分布成立年代の分布(最古 1850 年〜最新 2017 年)。
食材は在来か外来か律速食材が在来(もとから現地にあった)か、外来(交易・開国・植民地交易などで届いた)かの比率。
在来 0 外来 7
所属する料理 14
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定番 フォーチュンクッキー
米国カリフォルニア 1900–1920
時B説C
おみくじ入りのフォーチュンクッキー。中華料理の締めくくりに添えられるあの菓子は、じつは中国に伝統を持たない。たどり着くのは京都の辻占煎餅と、20世紀初頭サンフランシスコの日系移民である。
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定番 クラブ・ラングーン
米国・サンフランシスコ(カリフォルニア州) 1950–1960
時B説B
アメリカの中華料理店でおなじみの揚げワンタン、クラブ・ラングーン。名は「ラングーン(ヤンゴン)」を名乗り中国の伝統料理と思われがちだが、その正体はアメリカ生まれの一皿である。
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定番 カリフォルニアロール
米国・ロサンゼルス(カリフォルニア州) 1963–1979
時B説C
アボカドとカニかまを米と海苔で裏巻きにした、米国生まれの寿司。「誰が最初に作ったか」をめぐって複数の人物が名乗りを上げてきたが、いま最も証言と史料の支えが厚いのは、ロサンゼルスの寿司店で1960年代に生まれたという見方である。
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サーモンキャンディ
米国(アラスカ州) 1850–?
時C説C
サケを甘く艶やかに燻したアラスカと太平洋岸北西部の保存食、サーモンキャンディ。その甘い姿は誰か一人の発明ではなく、土地全体が長い時間をかけて育てた味である。
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スモークサーモンチャウダー
米国(ワシントン州) 1890–?
時C説B
「貝を使わないクラムチャウダー」——太平洋岸北西部では、ハマグリの代わりに川と海に群れるサケをスープの主役に据える。その始まりは特定の考案者ではなく、サケを缶詰と燻製で蓄えるようになった保存産業の隆盛にあった。
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フレンチディップ・サンドイッチ
米国・ロサンゼルス(カリフォルニア州) 1908–1920
時B説C
肉汁に浸したローストビーフのサンドイッチ、フレンチディップ。パンがうっかり肉汁の鍋に落ちたのが始まり、という有名な発祥譚は、当の創業者が1951年に語った説明とことごとく食い違う、後から作られた物語である。
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コブサラダ
米国(ロサンゼルス) 1920–1940
時A説C
ハリウッド黄金期のロサンゼルスで生まれた、色とりどりの具を細かく刻んで列に並べる豪華なサラダ。オーナーが深夜に一人でひらめいて作ったという、いかにもドラマチックな逸話が伝わるが、その筋書きは同時代の記録に支えられておらず、考案者も年もいくつかの話が食い違ったまま決着していない。
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ステッグス(ステーキ&エッグ)
米国ネバダ(ラスベガス) 1950–?
時C説C
「ステーキと卵の朝食はオーストラリアで生まれ、第二次世界大戦で駐留した米海兵隊が本国へ持ち帰った」——広く語られるこの起源話は、食の読み物どうしが互いを引用し合ううちに形を得たもので、行き着く先の年表自身が「十九世紀半ばには豪州・英国・米国の新聞に朝食として並んで載っていた」と記している。
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マリオンベリー・パイ
米国(オレゴン州) 1956–?
時B説B
木苺を敷き詰めた素朴なパイは、いかにも古くからの田舎料理に見える。だがマリオンベリーという実は自然界にはもともと存在せず、1956年にオレゴンの育種計画から世に出た品種で、このパイは戦後に生まれた新しい郷土菓子である。
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ミッションブリトー
米国・サンフランシスコ(カリフォルニア州) 1960–1969
時B説C
大判のトルティーヤに米や豆、肉をたっぷり詰めてアルミ箔で巻く、ずしりと重い特大ブリトー。サンフランシスコのミッション地区で生まれたこの形が、いまや全米のブリトー像の原型になった。だが「誰が最初に作ったか」は二つの店が譲らず、そもそも「ミッション様式」という呼び名自体が後付けの売り文句だったという疑いも残る。
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カリフォルニアブリトー
米国カリフォルニア 1970–1990
時B説C
牛肉ブリトーにフライドポテトを封じ込めた一皿。「うちが最初に作った」と名乗る店はいくつもあるが、どこが本当の元祖かは食物史家すら決着をつけられずにいる。
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アイダホ・ナチョス
米国(アイダホ州) 1980–2010
時C説C
アイダホ・ナチョスは、トルティーヤチップスの代わりに揚げたジャガイモを土台に、チーズやハラペーニョをのせて焼くナチョスである。だが名前が掲げるアイダホは発祥の地ではなく、この一皿はテキサス州のパブで「アイリッシュ・ナチョス」として世に出たとされる。
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ビリアラーメン
米国(ロサンゼルス) 2017–2019
時B説C
「ロサンゼルス発の新感覚」という枕とともに紹介されることの多い一皿だが、この組み合わせはその2年半前のメキシコシティで birriamen の名を与えられ、汁物専門店の看板として供されていた。ロサンゼルスは、この料理が生まれた街ではなく、渡ってきた料理を全米へ押し出した街である。
成立年不明 1
成立の下限(いつ以降か)が史料から決まらない料理。年代順には置けないのでここへ分けた ── いちばん古いという意味ではない。
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フューネラルポテト
米国(ユタ州) 遅くとも 1957 年までに
時C説B
「葬儀のポテト」という名が弔いの席に由来することは、ほぼ争いがない。争われるのは年代のほうで、19世紀後半のユタで生まれたという通説には史料の裏づけがなく、この一皿の文献上の足跡は缶詰のスープが出回った20世紀半ばから始まる。