食文化圏 / 東南アジア
ラオス料理の成立史
東南アジアの食文化圏「ラオス」に属する料理 13 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。
この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)
この圏に特徴的な食材全圏平均より偏って多く現れる律速食材(=この圏に特徴的な素材)。汎用食材は突出しないので外れます。
成立年代の分布成立年代の分布(最古 前1000 年〜最新 1800 年)。
食材は在来か外来か律速食材が在来(もとから現地にあった)か、外来(交易・開国・植民地交易などで届いた)かの比率。
在来 1 外来 7
所属する料理 13
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定番 ラープ
ラオス・イサーン地方 1511–1900
時C説C
挽き肉を香草で和えるラープは、ラオスとイサーンの古い料理である。ただし、舌を刺すあの辛さは、見た目ほど古くはない。
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カオニャオ(もち米)
ラオス 前1000–?
時B説C
ラオスの人々が自らを「もち米の子(ルーク・カオニャオ)」と呼ぶほど、蒸したもち米カオニャオはこの国の食の芯にある。だが、その粘る米がどこで生まれ主食になったのかは、いまも一つに定まっていない。
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カオプン
ラオス 1350–1800
時C説C
ラオスの祝いの席をにぎわす、つるりとした発酵米麺のカレー麺。その麺は大陸の各地に兄弟をもち、「中国渡来」という古い言い伝えのほうは名前の聞き違いから生まれていた。
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サイウア(ラオス)
1353–1967
時C説C
ラオスの祭礼につきものの豚肉ソーセージ「サイウア」は、レモングラスやガランガルの香りが立つ焼き腸詰めである。ラーオ王室が伝えた料理でありながら、北タイのランナーも発祥を名乗り、どの土地で生まれたかは今も一つに絞れない。
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モックパー
ラオス 1500–1900
時B説C
ラオスの川魚をバナナの葉で包んで蒸すモックパーには、ランサーン王朝の宮廷が生んだという由緒書きがつきまとう。だがそれを支える史料は無く、実像はメコン流域の村々に古くから根づいた日々の一皿である。
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ジェオ
ラオス 1511–?
時C説B
ラオスの食卓に欠かせない搗き潰しのディップ、ジェオ。唐辛子の赤い辛味が主役に見えるが、その基層をなす発酵魚醤や炭火焼きの技はもっと古く、唐辛子はのちに加わった一要素にすぎない。
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ナムカオ
ラオス 1511–1950
時C説C
揚げた飯の団子を崩し、発酵させた豚肉や香草と和えるラオスのサラダ、ナムカオ。ビエンチャン近郊のタデュア村で生まれたと広く語られるが、その由来を確かめられる史料は乏しく、どの村が最初かはなお定かでない。
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オーラム
ラオス(ルアンパバーン) 1600–?
時C説B
オーラムは、ラオス北部の古都ルアンパバーンで食べ継がれてきた、水牛や獣肉と野菜をとろりと炊き込む苦味の煮込みである。舌をしびれさせるほろ苦い持ち味は土地の蔓に由来する古いものだが、いま鍋にまわす唐辛子は海を越えて遅れて届いた食材で、私たちが知る一皿はその到来ののちに整った姿である。
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タムマークフン
ラオス 1700–1900
時B説C
青パパイヤを臼で叩き、魚醤と唐辛子に和えるラオスの食卓の主役。タイのソムタムとほぼ同じ一皿で、どちらが先に生まれたかは食物史でいまも決着していない。
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カオピアックセン
ラオス(ビエンチャン) 1750–1950
時B説C
ラオスの首都ビエンチャンで親しまれる、米粉にタピオカを混ぜたもちもちの生麺を鶏ガラのスープで煮た朝食の麺料理。「歴史は数千年に遡る」とよく語られるが、その古さは米を煮た別の料理のもので、タピオカの生麺としての今の姿は南米生まれのキャッサバが東南アジアに広まったあとの近代に生まれた。
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カオソーイ(ラオス・ルアンパバーン)
1800–1920
時C説B
ラオス・ルアンパバーンの、手で切り出した米麺にトマトと豚挽肉の赤いソースをからめた一椀。この麺が町の日常になったのは、雲南から馬を連ねて山を越えてきたチンホー(雲南系ムスリム)の隊商が、19世紀末から20世紀初頭にかけて北部ラオスに腰を落ち着けてからのことだった。
成立年不明 2
成立の下限(いつ以降か)が史料から決まらない料理。年代順には置けないのでここへ分けた ── いちばん古いという意味ではない。