食文化圏 / 南アジア
スリランカ料理の成立史
南アジアの食文化圏「スリランカ」に属する料理 15 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。
この食文化圏は拡充中です。掲載はまだ一部で、これから料理を追加していきます。
この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)
この圏に特徴的な食材全圏平均より偏って多く現れる律速食材(=この圏に特徴的な素材)。汎用食材は突出しないので外れます。
成立年代の分布成立年代の分布(最古 前800 年〜最新 1950 年)。
食材は在来か外来か律速食材が在来(もとから現地にあった)か、外来(交易・開国・植民地交易などで届いた)かの比率。
在来 2 外来 4
所属する料理 15
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マスフニ
モルディブ ?–?
時C説B
モルディブの朝食の定番マスフニには、王侯の命名譚も劇的な発祥の逸話もない。削ったカツオの燻乾保存食とココナッツを和えただけの、島の暮らしがそのまま料理になった一皿である。
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ライス&カレー
スリランカ -800–?
時C説B
スリランカのライス&カレーを特徴づける燃えるような辛さは、ポルトガル到来(1505年)ののち島へ入った唐辛子がもたらしたものだ。だが米に幾種ものカレーを添えるこの食事様式そのものは、それよりはるかに古い島の主食である。
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ストリングホッパー
スリランカ 1–?
時C説B
米粉の生地を髪のように細い麺へ押し出し、円く編んで蒸し上げたスリランカの日常食。「ストリングホッパー」という英語名は植民地期に付いた翻訳の呼び名にすぎず、その正体は南インド・タミルにさかのぼる古い蒸し麺である。
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ホッパー
スリランカ 100–?
時C説C
ホッパーは発酵させた米粉生地をお椀型の鍋で焼いた、スリランカの縁の薄いクレープである。南インドのアッパムと同じ発酵米食の伝統を分かち合い、どちらが先かを一つに絞ることは難しい。
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アッパ(ホッパー)
スリランカ 1000–1700
時C説C
椀のように縁の立ったアッパ(ホッパー)は、スリランカの朝食の顔だ。だが「スリランカ独自の発明」という土地の自負は史料が支えず、その素性は海を越えてきた南インドの料理にさかのぼる。
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キリバット
スリランカ 1000–1500
時C説D
スリランカの祝いに欠かせない、米をココナッツミルクで炊き固めた一皿。釈迦に乳粥を捧げた仏伝の女性スジャータに起源を求める言い伝えは、史料の裏づけを欠く後付けの帰属である。
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パリップ(ダル・カレー)
スリランカ 1000–1700
時C説C
レンズ豆を煮て香辛料で仕立てたパリップは、米に添えるスリランカの日常菜である。南アジアで数千年の歴史を持つレンズ豆料理の古い系譜を引きながら、ココナッツミルクと油で香りを立てる技によって、この島ならではの一皿になった。
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フィッシュアンブルティヤル
スリランカ 1400–1900
時C説B
スリランカ南部の魚料理でありながら、この一皿に真っ赤な辛さはない。酸っぱさと、黒く煮つめられた魚のもちの良さを支えているのは、島に古くからある酸味果実ゴラカと、土地の黒胡椒である。冷蔵のない時代に魚を長く保たせるための、乾いて黒い保存食だ。
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ワンバトゥモジュ
Sri Lanka 1550–?
時C説C
揚げたナスを酢と砂糖で甘酸っぱく漬けたスリランカの常備菜。ポルトガルが伝えた甘酢漬けの技と唐辛子、そしてマレー社会がもたらした漬物文化と「モジュ」という名――その二つの糸が重なって生まれた、植民地期のハイブリッド料理である。
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ポル・サンボル
スリランカ 1600–1800
時B説B
ポル・サンボルは削りたてのココナッツに唐辛子を和えたスリランカの副菜。その辛さをオランダがインドネシアから持ち込んだという話があるが、ことばの来歴も辛味の伝来も、それより古くポルトガルと島の在来の台所を指している。
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パティス
スリランカ 1610–1800
時C説C
生地で具を包み、半月形にして油で揚げる手のひらサイズの軽食。スリランカの街頭や茶店を彩るショートイーツの一つで、植民地の食が土地に溶けた跡をとどめる。
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ランプライス
スリランカ 1658–1800
時C説C
米と何種類ものカレー、サンボル、肉団子を一枚のバナナ葉に包んで蒸し焼きにする祝祭料理。オランダ領セイロンに生きた混血の人々、バーガー人が生み出した一皿である。
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ワタラッパン
スリランカ 1700–1800
時C説B
キトゥル椰子の糖蜜が黒く香る、スリランカの蒸しプリン。海を渡ってきた菓子だという出自はおおむね定まり、いま語り継がれているのはむしろ、この島で授かった名前のほうの物語である。
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イソワデ
スリランカ 1800–?
時C説B
スリランカの海辺で売られる揚げ物イソワデは、しばしば「スリランカ生まれのドーナツ」と紹介される。だが小エビをのせる前の生地そのもの、挽き割り豆を揚げるワダという技法は、南インドで千年以上も前から知られていた。スリランカならではの発明は生地ではなく、そこに小エビをのせるという一工夫だった。
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コットゥ(コットゥ・ロティ)
スリランカ 1950–1980
時B説C
スリランカ国民食コットゥ・ロティは、東部の町バティカロアでタミル系ムスリムが生んだ——そう広く語られてきた。だがこの『発祥地』の物語は、一本の報道記事の伝聞から広まったもので、それを確かめる史料は無い。